第337話 毬萌とバンパイア
花梨は松井さんを見つけて、「ちょっとお話してきますね!」と駆けて行った。
ならば俺はどうするか。
ようやく胃の方も落ち着いてきたし、美味そうな料理の匂いがあっちこっちから漂ってくるし、さすればする事は一つ。
「みゃーっ!」
「せぇぇんっ」
毬萌に背後を取られて、そのまま抱きつかれた。
当然のように俺の口からこぼれる恥ずかしい声。
それにしても、我がことながら驚くのはそのバリエーション。
これまで結構な数の恥ずかしい声を出して来たが、まだ新種が出るとは。
ちなみに、
しょうもない事を言うな?
それ、普段からしょうもない事を言わない人に言ってくれる? ヘイ、ゴッド。
「なにすんだ、毬萌」
「もうっ! わたし見てたんだからね!」
「何をだよ? ああ、UFOでも見つけたか?」
「コウちゃんが花梨ちゃんのスカートの中を覗いて喜んでたところっ!!」
……Oh.
「ばっ! 違う! ありゃ別に俺が見ようとして見た訳じゃなくてだな! ああ、そうだ! そもそも、アレって見せても良いヤツらしいぞ!?」
「ふーん。だから見たんだっ?」
だって、誰でも簡単に掘れるんだもの。
「見てねぇよ! つーか、会場が暗すぎて、元々黒いものなんか見分け付かねぇよ!!」
「みゃーっ……。コウちゃん、なんで黒って分かってるのかな?」
墓穴ってすごいよね。
だって、一人でいくつでも自由に掘れるんだもの。
ここで俺は考えた。
乙女心の学習成果を見せる時である、と。
男子、女子の服装には常に気を配るべし。
それを置いても、花梨を褒めたのに毬萌を褒めないのは勘定が合わない。
「毬萌。……毬萌さん?」
「なぁに? 言っとくけど、わたし、別に怒ってないからっ!」
「怒ってんじゃねぇかよ。……お前も良く似合ってるよ。それ、ドラキュラだろ?」
「違うもんっ! バンパイアだもんっ!! コウちゃんのバカっ!!」
「えっ? えっ!? ……あー、毬萌さん。それ、一緒じゃねぇの?」
毬萌は「みゃーっ……」とため息をつきながら、ジト目で俺を見る。
パチンコで小遣い使い果たして、金の無心をするダメな亭主を見る目である。
それでも見捨てずに、小遣いと言う名の知識を与えてくれるのが毬萌の長所。
「ドラキュラって言うのは、小説に出てきた男の吸血鬼の事だよっ! バンパイアが、英語圏では広義の意味で吸血鬼として一般的に使われてる単語なのーっ!!」
知らんかった……。
えっ? お前知ってた? またまた、そうやって見栄を張るなよ、ヘイ、ゴッド。
「バンパイアな! いやぁ、毬萌はホントに色々知ってんなぁ! それに、バンパイアが良く似合ってる! マジで!!」
「……例えば、どこが? 具体的にだよっ!」
「お、おう。……そうだ、アレだ、毬萌は黒い服ってそもそも普段あんま着ねぇから、それが新鮮なんだよ! 白も似合うけど、黒も似合ってんぞ!!」
「へ、へぇー? わたしが白い服好きなの、コウちゃん知ってたんだ?」
投げたエサに毬萌フィッシュが食いつきそうな気配を察知。
俺は、慎重に釣竿を操る。
「当たり前だろう! それに、今日の毬萌はクールって言うか、アレな! その上着? なんて言うのか知らんけど、レースで大人っぽいぞ!!」
「みゃっ、こ、これね、一生懸命選んだんだよっ!」
「だと思った! もう、胸もとがセクシーだもん! セクシー!!」
「……コウちゃんは花梨ちゃんのおっぱいたくさん見たから満腹でしょー?」
ああ、釣竿を引くのが早かった!
慌てて俺は、再びエサを戻す。撒き餌も忘れない。
「何言ってんだ! 胸のデカい小さいが価値に繋がるんじゃねぇんだぞ! それに、毬萌は、ほれ! 脚がアレだろ! もう、魅力の宝石箱やんけ!!」
「……頑張って、ミニスカート選んだんだもんっ」
「だよな! スカートも黒でレースが綺麗で良いな! ああ、いや、毬萌って言う素材が良いからこそ、コスプレも光を得てるんだぞ!?」
「……にへへっ。そうかな? わたし、可愛い? 大人っぽい? キレイ?」
重要な選択肢である。
普段の毬萌ならば、確実に「可愛い」一択。
しかし、やたらと「大人っぽさ」に反応する今日のワンコ。
ならば、正解の札は……!!
「おう! すっげぇキレイだぞ! 毬萌になら血ぃ吸われても良いな!!」
「みゃっ!? こ、コウちゃん、ちゃんとわたしの事、見ててくれたんだっ!」
おっしゃ、釣れたぁぁぁぁああああああぁぁぁぁっ!!
「本当は一番に感想言ってやりたかったんだけど、周りにみんながいて恥ずかしくてよ。ごめんな? 後回しにしたみたいになっちまって」
「んーん! 良いよ! だって、最後の方が印象に残るでしょ? にひひっ!」
柴犬の耳の代わりに、ネコミミとアホ毛がぴょこぴょこ動く。
どうやら機嫌を直してくれたようで、一安心。
「コウちゃん、コウちゃんっ! ご飯食べた?」
「いや、まだだな」
ようやく食欲が長い旅から戻って来たところだよ。
「じゃあ、一緒に食べよっ! んっとね、あっちのカボチャのグラタンがすっごく美味しいんだって!」
「おう。……ん? なんだよ、お前も食べてないの?」
「うんっ! コウちゃんと一緒に食べようと思って、待ってたのだ!」
ああ、ちくしょう。
不覚にも可愛いと思ってしまった。
健気な柴犬とか、俺のどストライクじゃないか。
「そんじゃ、食いに行くか!」
「うんっ! みゃあっ!?」
クルリと回転する毬萌が、足をもつれさせて体勢を崩す。
「おっと、あぷねぇ! ふぃー。セーフだな」
それを俺が美しくレシーブ。
階段で足を
「にははーっ、ごめんね、コウちゃん。わたし、ヒールが高い靴って履かないから、慣れないんだよぉー」
「ったく、仕方ねぇな。……ほれ」
「みゃーっ?」
「転ばねぇように、手ぇ引いてやるよ。……アレだ! お前に血ぃ吸われたから、俺ぁ毬萌の
すると毬萌は、アホ毛を振り乱しながら、見えない尻尾も振り散らかす。
ネコミミしててもやっぱりこいつ、柴犬だよ。
むちゃくちゃ分かりやすいもん。
「じゃ、じゃあ、今日はわたしがコウちゃんのご主人様なのだ! にへへ、優しくおもてなししてね?」
「へいへい、せいぜい尽くさせて頂きますよ。女王様」
俺は毬萌をエスコートしながら、
確かに情報通り、むちゃくちゃ美味そうな匂いがする。
「にっへへ! いっただきまーす!」
「おい、絶対に熱いから、火傷すんなよ!!」
「はぁーい! あーむっ! んー! おいひーよ、コウひゃん!」
「おう、そうかよ。食べてから喋りなさい。……おっ、確かにうめぇな!」
ちなみに、バンパイア毬萌をエスコートする俺の姿は多くの目撃者がいたものの、「副会長と会長がイチャイチャしていた」という風聞はされなかった。
代わりに、「会長がC‐3POに連行されていた」と言う噂がダッシュした。
誰がスターウォーズに出てくるロボットだ!
俺ぁピコ太郎だよ!!
——違う! 俺ぁ副会長だ! ピコ太郎でもねぇ!!
俺がグラタン片手に自分のアイデンティティをなくし始めた頃、あの男がついに動き出していた。
その魔の手は、真っ直ぐ俺に向かって伸ばされる。
「ハーイ! 金ピカであっちもこっちも固くなってるマイフレンド! こっちに新鮮なフィッシュアンドチップスがあるぜよ! お食べやんせ!!」
ついに出やがったな。
このセックス野郎。
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よりぬき毬萌さん 毬萌と丁寧語
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SS最終話 毬萌といつも一緒
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