第336話 花梨と魔女っ娘
現在、俺はハロウィンパーティー会場の端にいる。
その原因が、氷野さんの作ったフリスクマシュマロのせいかと聞かれたらば、俺は横に振る首を持ち合わせていない。
あれはマシュマロじゃないよ。
甘いフリスクだよ。
そしてとても食えたものじゃないよ。
とは言え、乙女に恥をかかせるわけにもいかぬ。
氷野さんだって、俺に友愛の念を込めてお菓子を作ってくれた訳であるし、なにより彼女だって乙女。
ならば、「うち、間に合ってるんで」と、新聞の勧誘を断るように
ただし、体調の回復には時間が必要である。
まだ先輩たちに挨拶もしていないし、中二コンビも心配だし、毬萌がアホな事やらかさないか不安で仕方がない。
けれども、こんなコンディションで会場の中心に行ってぶっ倒れたら、それこそ台無しである。
留学生のみんなと、敬愛する先輩、そしてセッス……まあ、あいつは良いか。
とにかく、みんなが頑張って作り上げた空間に足を踏み入れるには、
「せーんぱい!」
地べたに座り込んでいたら、やたらと刺激的な太ももが視界に入った。
今日は上から見ても下から見てもスキだらけな、俺の可愛い後輩登場。
「おう。花梨。みんなのとこ行かねぇで良いのか?」
「公平先輩が一人でいるところが見えたので、ひとり占めに来ました!」
「まったく、花梨は変わった価値観をお持ちだよ」
「えへへー。ところで、先輩は何をされていたんですかぁ?」
まずい。
何がまずいって、「君らのお菓子が不味かったからだよ」と言えないのがまずい。
言い訳を思案する時間もない。
こうなったら、一人を犠牲にするしかない。
「あー。実はな、ここだけの話だぞ?」
内緒話と言うプレミアム感で気を引こうとする姑息な俺。
「えー? なんですか? 気になります!」
まんまと釣られる花梨さん。
「さっき、氷野さんにも菓子を貰ったんだが、その、なんつーか、な。味が結構、独創的で。俺の貧弱な胃が耐えられなくて、今は休憩中なんだ」
ごめんなさい、氷野さん。
君の乙女心を言い訳に使ってしまった。
でも、嘘はついていない。
しかし、この場合、嘘をついていないのが逆に残酷でもある。
重ねて、本当に申し訳ない。
「あはは! 確かに、マルさん先輩の料理って、ひと癖ありそうですもんねー!」
君がそれを言うのか。
「お、おう! そうなんだよ! いやぁ、たまたま胃薬持ってて助かったぜ」
「胃薬飲まないといけないほどだったんですか!? 先輩って優しいんですから。でも、時には気を遣わない事が相手のためになったりするんですよ?」
先に言っておくけど、コピペじゃないぞ。
君がそれを言うのか。
俺の受けたダメージの三分の一を占める、君が言っちゃうのか。
ああ、ちくしょう。
一度花梨に料理のイロハから教え込みてぇなぁ……。
「先輩、先輩! ところで、どうですか!?」
さては、「おう、かなり良くなって来たぜ」と、体調の事と勘違いする俺を想像したな? ヘイ、ゴッド。
愚か者め。俺の乙女心の
コスプレの感想に決まっているだろう。
「おう。花梨によく似合ってるぞ。魔女だよな? 可愛いああああああああいっ!!」
「……へ? ど、どうしました?」
「ばっ! おまっ! ばっ! そんな不用意にしゃがんだら、ばっ!! アレが、ばっ!!」
花梨の魔女っ娘コスプレは、上はチューブトップ、下はミニスカートと、かなり攻めているものである。
そして彼女は、いつまでも地べたで
相手の目線になって話をする事は大切だが、その姿勢はいかん。
「か、かか、花梨! 花梨さん! その、見え! 見えてるんだよ、スカートの!!」
「あー! なんだぁ! ビックリさせないで下さいよぉー!」
いや、その落ち着いたリアクションにビックリだよ!!
それ、思春期の男子高校生に見せたら一番ダメなヤツ!!
すると彼女は事も無げに続ける。
「これ、見えてもいいヤツなんですよ! 見せパンってヤツです!」
「み、見せ!? ちょ、ちょまっ! 一回整理するから、ちょっと時間ちょうだい!」
世の中にそう言うものがある事は知っている。
そして、彼女のそれは、言われてみれば、黒くて短いスパッツの様な形状であり、なるほど、見られることを前提で作られているのは頷けた。
頷けたけども、ここは一言物申さずにはいられない。
「花梨! ダメだ、そんな不用意な事したら! いいか!? 男子にとって、それが、み、みせ、見せパンでも! 欲情する
「もぉー。先輩、考え方が固いですよぉー」
ここで怯んでなるものか。
「ダメだ! 俺ぁ、花梨がよその男どもにいやらしい目で見られるのは我慢ならん!! 頼むから、そんな無防備な姿勢にならんでくれ!!」
「ふふっ、分かってますよー! あたしだって、誰かれ構わずに見せてる訳じゃないんです! ……先輩、鈍感なんですから」
「ほへえ?」
「先輩に対して、ちょっと積極的にアピールしてみただけですよ! だって、先輩、なかなかそう言う事に興味を示してくれないんですもん!」
「ばっ、おまっ」
「でも、安心しましたー! こんなに
「……先輩のエッチ!」
い、言い掛かりだ!!
しかし、反論しようにもスキがない。
花梨のロジックは一見するとむちゃくちゃな様に見えて、その実、絶妙なバランスでネズミ一匹の侵入も許さぬ鉄壁であった。
「……分かった。俺の負けだよ。頼むから、そこの椅子にでも座ろう。な?」
「先輩に勝っちゃいました! じゃあ、お願い聞いて下さい!」
「聞く! 聞くから、とりあえず立って! 花梨はん! もうどこ見てええんか分からんのよ!!」
そして、ようやく腰を上げてくれた花梨。
お前がさっさと立てば良かったんじゃないかって?
ゴッドさぁ、そういう報告は早くしようって約束だったじゃん?
テーブル席に移動した俺と花梨。
「では、先輩! あたしのコスプレをしっかり見て、褒めて下さい! 一生懸命考えて選んだので、先輩にはチェックする義務があると思うんです!!」
今度はちょいと突けばすぐに崩れるジェンガみたいなロジックだったが、そこに「お願いを聞く」と言う約束が芯として登場。
言われるがままとはまさに俺。
しかし、これも致し方ない。
「あー。まず、そのオレンジの上着が可愛いな。あと、マントで胸元が隠れていないのも良いと思うぞ!」
「それって胸が見えるからですか?」
「ばっ! 違うわい!」
「ホントですかー? せんぱーい?」
どうやら、言葉を区切るとダメージを喰らうシステムらしい。
「スカートも、緑とオレンジで鮮やかだな! アレだろ? カボチャをイメージしたんだろ?」
「わぁー! 正解です!」
「さっきは気付かなかったけど、ブーツも気合入ってんな! 花梨はスタイル良いから、ファッション誌にそのまま載っけられそうだぞ!!」
「そ、そうですか? もぉー。先輩、女子の扱いが上手くなってません?」
そりゃあ、毎日のように毬萌と花梨を相手にしているからね。
少しは上達しないと、俺までアホの子の仲間入りだよ。
「おっし! 記念に一枚撮っとくか! ここなら誰の邪魔にもならんし!」
「あ、良いですね! ぜひぜひ!」
そして写真撮影。
本当に見事な魔女っ娘が俺のスマホの画面を乗っ取っていた。
「こいつぁアルバムが映えるだろうなぁ!」
俺がそう言うと、花梨が耳打ちする。
「それは先輩専用にして下さい! あっ、待ち受け画面にしても良いですよー?」
「か、からかうんじゃないよ!!」
必死に絞り出した、先輩としての威厳。
「あはは、すみませーん! あっ、あっちのお料理美味しそうですねー」
魔女の魔法と言うものは、想像以上に厄介である。
俺の心のメモ帳が、また一つ注意事項で埋まるのであった。
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