第335話 トリック・オア・トリート 地獄編
体育館は、例によって異空間のようになっていた。
異文化交流会の時も思ったが、
どう考えても俺の知っている先輩二人のセッティングだと思われるが、あの人たちは一体どんなツテを持っているのだろうか。
「おう。ジュリアさん。久しぶりだなぁ」
受付に立っていたのは、ジュリア・ウィーさん。
異文化交流会ではハンバーガーを振舞ってもらった。
クラスは違うが、同級生なのでたまに廊下などで出くわす事があり、俺のつたない英語をにこやかに聞いてくれるステキガール。
「アー! コウスケさん! それに、ミナサンも! ウェルカム!!」
「それ、不思議の国のアリスかな? 良く似合ってんなぁ!」
ジュリアさんのコスプレの完成度の高さたるや。
まるで絵本の表紙から飛び出して来たかのようである。
地毛の金髪に、自前の青い瞳。うむ、素晴らしい。
「これ、招待状ね。それにしても、日本語上手くなったね!」
「アー! まだまだデスよ! コウスケさんによくお話してくれるからかもデス!」
彼女の日本語の上達は、お世辞抜きでタケノコレベルである。
話をする度にその努力の成果を如実に感じる。
ところで、一つだけ訂正しないといけないね。
ゴッドは分かる? ああ、気付いてた?
「ところでね、ジュリアさん。俺ぁ公平だよ?」
「アー! セッスクさんが、キリシマさんの事はコウスケって呼べ、言ってたデス!!」
またあいつか! あんの、セックス野郎!!
もうぜってぇ俺が作ったぬか漬け分けてやんねぇからな!!
俺は「違うよ? 俺の事は公平って呼んでね?」と優しく告げて、体育館へ入場。
「コウスケさん、ミナサンも、エンジョイね!」と可愛らしく手を振る彼女。
どうやら俺の名前の誤用は留学生たちに深く根付いている旨を悟り、俺はこのパーティー会場でイギリス人の
「兄さま、兄さま!」
うん。可愛い。カボチャ可愛い。全集中、尊いの呼吸。
「どうしたのかな?」
「パーティーって、何をすればいいです?」
こいつは俺としたことが。
天使のエスコートを
「別に、緊張する事はないよ。その辺にある料理を適当に食べてもいいし、お兄さんやお姉さんとお話しててもいいし。でも、一人で居たらダメだからね?」
「はいなのです! 美空ちゃん、あっち見に行くのです!」
「待ってえな、心菜ちゃん! 走ると危ないでー!」
いかん。言ってるそばから天使が単独行動を。
そりゃあそうだ。
楽しみにしていたんだから、舞い上がる気持ちはよく分かる。
「こいつぁ、いけねぇ。おう?」
すぐに後を追おうとした俺を制するのは、フランケンくん。
間違えた、鬼瓦くん。
「ここは僕と真奈さんに任せて下さい。先輩には御用があるみたいですし」
「ま、任せて、下さい! 桐島先輩!」
「おう。そう? なら、任せちゃおうかしら」
鬼瓦くんと勅使河原さんならば、天使たちの安全も保障されるだろう。
俺は彼らに重大な責任を預けることにした。
と言うか、俺も天使と一緒に行きたいのに。
何だね、御用って。俺ぁ特に何の予定もないよ?
「コウちゃん! わたしにイタズラしたい?」
「はぺぇっ」
「あたしにだったらイタズラしたいですか? せーんぱい!」
「しゃんっ」
素っ頓狂なセリフの連続攻撃。
俺は続けざまに鼻水を噴き出した。
「何を言っとるんだ、お前らは!」
「にははっ! イタズラしたくないならね、これあげるーっ!」
「あたしはイタズラされる方向でも構わなかったんですけど。はい、どうぞ!」
「おう? これは?」
俺の両手には、可愛らしいラッピングの施された包みが2つ。
「にへへっ、コウちゃんにハロウィンのお菓子のプレゼントなのだっ!」
「衣装を用意する時に、一緒に作ったんですよね! どうぞ、どうぞー!」
天才美少女と可愛い後輩。
その両方から菓子を
なるほど、これはとんでもない栄誉である。
もちろん、むちゃくちゃ嬉しい。
気持ちは。気持ちだけは。
もはや語るまでもないと思うが、彼女たちの料理スキルのパラメーターはゼロを飛び越え、マイナスの域へ到達している。
なにをどうしたらそうなったのか、原因は未だ不明。
ただ、過去に何度も苦汁を飲まされてきた。
いやさ、ただの苦い汁だったらどんなに良かった事か。
「ねーねー、コウちゃん! 早く食べてみせてーっ! ねーえーっ!!」
「ゔぁ……。あ、後で、そう、後でゆっくり食おうかな!」
「大丈夫ですよ、先輩! あたしたちも、お料理の邪魔にならないように、一口サイズのお菓子にしましたから! だから平気です!!」
「ゔぁあぁぁ。そうかー。一口サイズかー。なら、問題ねぇなー」
逃げ場が早々になくなり、俺は「いっその事イタズラするか!?」と悩んだ。
その悩みは真剣そのものであり、もう一歩踏み出せば、アレがナニして、色々とアレで状況説明は〇と●で埋め尽くされる、そんな寸前まで行ったのだ。
覚悟はいいか? 俺はできてない。
それでも、彼女たちの愛情をかっ食らうのは俺の役目であり、責任。
鬼瓦くん、これは確かに御用だね。
俺にしかできない御用だよ。
「じゃあ、毬萌のヤツから貰おうかな。……ネコミミ、可愛いぞ?」
「みゃっ!? もうっ! コウちゃんってば、いきなりそう言う事を言わないでっ!」
命の危険に際しては、万が一に備えて悔いを残さぬのが俺の流儀。
「逝ってきます……。はぐっ」
俺は、ここで毬萌の料理スキルが、かすかな成長を見せ始めている事を知る。
思えば、合宿の時のカレーは、この世の苦しいものの集合体のような悪夢だった。
それが、どうだ。
普通に食べられるものを作れるようになるなんて!
「これは、チョコだよな?」
「うんっ! そだよーっ」
「……中身、黒豆と海苔の佃煮は分かった。あとは?」
「ピータンだよっ! 花梨ちゃんの家のね、コックさんがくれたのっ!」
磯部シェフぅぅぅぅぅぅっ!! 余計な事を!!
「おう。とにかく、ありがな」
「にっひひ! 美味しかったっ?」
俺に頭を撫でられ、見えない尻尾をパタパタしながら毬萌が聞く。
普通にまずかったよ。
「次はあたしの番ですよ! さあさあ、グイっといっちゃってくださーい!!」
「花梨のは、何だろうか。小瓶の中に液体が入ってんな」
「えへへ。チョコレートドリンクです! 毬萌先輩と、今回はチョコ縛りにしようねってお話になりましてー!」
「そうか……。花梨も、今日は反則的に可愛いな……」
「も、もぉー! 子ども扱いしてません!?」
「ははは、してないさ。……逝ってきます」
ゴクリと勢いよく飲み込んだ。
「ふばっ……。おう、結構なお手前で……えふっ」
飲めない事はなかった。
しかし、よく飲み込めたねと自分を高い高いしてあげたい。
多分、
「……なんつーか、体に良さそうな味がしたよ」
「わぁー! 先輩、すごい! えっとですね、ガラナとイカ墨と、
「よ、よくそんだけの材料があったなぁ」
「磯部さんが厨房の冷蔵庫の中身使っても良いって言ってくれましたから!!」
磯部シェフぅぅぅぅぅぅっ!! 何してますのん!?
「おう。元気が出たよ。ありがとな、花梨」
「えへへー。美味しかったですかぁ?」
俺に頭を撫でられ、ご満悦の花梨さんが聞く。
普通にまずかったよ。
「俺ぁちょっと、トイレ行ってくるから、二人は先行っててくれよ」
そう言い残して、俺は会場の隅へ。
「ご自由に」と書かれた飲み物を片手に、
こんな事もあろうかと、持って来ておいて正解だった。
「やっと見つけたわよ! 桐島公平!」
「おう、氷野さん。俺に何か用だったか?」
「わ、私にイタズラしたいんだったら、別にしてもいいんだけど!?」
ツンデレヒロイン、よもやの継続。
誰かー。助けてー。
これは想定してなかったからー。誰かー。
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よりぬき毬萌さん 毬萌と境界線
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