第4話 毬萌と境界線
毬萌は博識である。
俺が知らない事をこいつは10個知っているし、俺が知っている事ならこいつは100個知っている。
しかし、毬萌はアホの子である。
普通の人間が知っている事を間違って覚えていたりするし、普通の人間の日常がこいつにとって非日常だったりする。
今日は、そんな毬萌の境界線について考察してみようと思う。
「毬萌よ。ちょいと良いか?」
「うんっ。なにーっ?」
「いや、なんだ。ちょっと知らねぇ単語があるからよ、教えてくれねぇか?」
「にははーっ。仕方がないコウちゃんだなぁ! いいよっ!」
さて、準備は整った。
あとは、実証実験をスタートするのみ。
「フィラデルフィア」
「アメリカの都市の名前だねーっ。ペンシルベニア州にあって、その中でも一番大きな街だよっ! 有名な大学とかもたくさんあるんだー」
「賃上げ」
「文字通り、労働者の賃金を引き上げる事だよっ! 春闘って呼ばれる労働時間や賃金の改善を求める運動の時によく聞く言葉だねー」
「センターバック」
「み、みゃっ!? こ、コウちゃんの変態っ! い、いきなり何言ってるの!?」
お前が何を言っとるんだ。
センターバックとは、サッカーのおけるディフェンダーの種類の一つだ。
詳しい事はグーグル先生かサッカー部の友人にでも聞いて欲しい。
「マンゴスチン」
「暖かい地方に多く育つフクギ属の木から採れる果実の事を指す場合が多いよっ! 果物の女王って呼ばれるくらい有名なトロピカルフルーツなのだ!」
「バージンオイル」
「みゃっ、こ、コウちゃん! どこでそんな言葉覚えてきたの!? エッチ!!」
お前こそどこでこの言葉覚えて来たんだよ。
オリーブオイルの事だろうが。
オリーブの果実からそのまま絞ったヤツの事だよ。
「ビンチョウマグロ」
「へ、変態っ! 変態っ!! 可愛い幼馴染にそんな言葉投げつけるなんて、コウちゃんの事、見損なっちゃうんだから!」
お前、こないだ一緒に行った回転寿司で食ってたじゃねぇか。
ビントロの名称でお馴染み、淡白な味を生かして、カルパッチョなんかでも活躍する。
おう。ウィキペディアにはビンナガで記載されているようだ。
興味があるヤツは調べてみてくれ。
さて、目指せ3枚抜き。
「フェライト」
「酸化鉄が主成分のセラミックス。それの総称だよーっ! 軟磁性を示すものがソフトフェライト、硬磁性を示すものはハードフェライトって言うんだっ!」
なんでフェライトは普通に知ってるんだよ!
ソフトとかハードとか、いかにもな響きじゃないか!!
「マラカス」
「し、知ってるもん……! けど、言わない! コウちゃんのバカっ!!」
カラオケに行くたびにお前がノリノリで振ってるヤツ!!
少なくても頬を赤らめるものじゃない!!
「ピンクノイズ」
「みゃっ!? それ、エッチな方!? それとも、エッチじゃない方!?」
嘘だろ、お前。2つも意味があんの!?
「え、エッチじゃない方だ」
「パワーが周波数に反比例する雑音の事だよ! んっとね、同じ周波数成分を持つ光がピンク色に見えるから、ピンクノイズって言われるようになったんだよ!」
「……エッチな方は?」
「…………っ!! コウちゃん、いい加減にしないと、わたし、怒るよっ!!」
お、怒られるくらいエッチなのか。
「パプアニューギニア」
「にゅ、ニューギニア島は、太平洋の南の方にある島のことだよ!」
「いや、パプアニューギニア」
「…………。コウちゃん」
急に真剣な顔をする毬萌。
普段のモフっとした空気はどこにやったんだ。
「おう。どうした」
「パプアって言葉がね、多分、わたしの推測だと、かなり重要なものだと思うんだ」
「ん? お、おう。それで?」
「ニューギニアとの違いを考えるとね、恐らく、パプアってものを身に付けている人が住んでいる方が、パプアニューギニアだと思うの」
「うん? おう。で、パプアってなんだよ」
「す、すす、すっ」
「す……?」
毬萌が大きく息を吸い込んで、アホな言葉を吐き出した。
「すっごくエッチな下着とか、だねっ! ひ、響き的に、そうとしか思えない!!」
よし、今すぐパプアニューギニアの人に謝ろう!!
「もうっ! なんだったの、さっきから! 普通の言葉にエッチな言葉を混ぜたりしてさっ! そ、そりゃあ、コウちゃんも男の子だから、気持ちは分からなくもないけど」
「言っとくけど、全部、普通の言葉だからな? いやらしい言葉、一つもなかったからな? ここはしっかり名言しとかねぇと怒られっから!」
えー。ここまで毬萌が素っ頓狂な勘違いをした単語の方々。
大変申し訳ありませんでした。
こいつにはあとできつく言い聞かせておきますので、どうかご容赦ください。
「ブルセラ病」
「ブルセラ属菌が原因で起こる人獣共通感染症だね! とっても怖い病気だから、しっかりとした知識を持って覚えておかなくちゃだよ!!」
天才とアホの子の境界線。
終ぞ発見できず。
やっぱりただの凡人である俺如きが、この天才とアホの子を行ったり来たりしている毬萌の生態系に迫ろうと言う事自体に無理があったのだ。
これから先にも同じような事で苦労しそうな気がするけども、それはまた、別のお話なのである。
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