第3話 毬萌と嘘つき
「コウちゃん! 来たよーっ!!」
毎日のように毬萌が俺の部屋に入り浸っていると思われるのは甚だしく心外である。
ただの幼馴染が連日お部屋訪問なんてしてたまるか。
昨日は来ていない。
一昨日は来た。
ほら、二日に一回じゃないか。毎日じゃなかった。
「ねね、コウちゃん、実は今日、わたし誕生日なんだよ!」
「おう。そうか。おめでとう」
「もうっ! なんでそんなリアクションなの!? 私の好きな出●哲朗はもっと良いリアクション取ってくれるのに!!」
「だって、お前の誕生日、冬じゃん!!」
昨日から、毬萌のヤツが嘘をついてくる。
原因は分かり切っている。
今年のエイプリルフールで嘘をつき損ねたからである。
毎年のようにありそうでなさそうでほんのちょっとありそうな嘘と言う、どこかのラー油みたいな嘘をつく毬萌。
実際にその嘘は巧妙であり、俺は割と騙される。
去年は「ねね、パンダとアライグマって親戚だって知ってたー?」とか言ってきたから、「んなことあるか」と答えたら、「にははっ、バレちゃったー。パンダとレッサーパンダだよね、親戚なの!」と言われ、俺は二週間ほど信じていた。
実際のところ、パンダとレッサーパンダは名前が似ているだけで、近縁ではないらしい。
あきらかな嘘のあとにそれっぽい嘘を重ねると言う、天才らしい嘘だった。
とりあえず、得意面で友人に「おい知ってるか」とトリビアを披露した俺は、その後始末に多大な労力と羞恥心を支払った。
ちくしょう。
だが、そんな天才詐欺師のような真似をする毬萌はアホの子である。
今年のエイプリルフールは、その存在そのものを忘れていたようで、数日経ってから慌てて嘘をつき始めた。
とりあえず、エイプリルフールじゃない日に嘘をつくんじゃないよ。
ただの嘘つきじゃねぇか、それ。
まあ、とにかくだ。
タネの分かったマジックほど滑稽なものはなく、毬萌の嘘も「嘘ついてコウちゃんを騙さなきゃ!」と言う訳の分からん情熱がチラ見えしている以上、引っ掛かるものか。
なにより、慌てるあまりに嘘のクオリティが低い。
アホの子モードが発動しっぱなしなのだ。
「コウちゃん、コウちゃん! 実はね、わたし、昨日小人さんを見たよっ!」
「ふーん。で、そいつなんか言ってたか?」
「みゃっ!? あ、えっと、うん! スマホの画面割れちゃったって!」
「俺ぁ小人用のスマホが発売されてた事の方に驚くわ」
毬萌は釣りあげられたフグになり、俺の部屋に備蓄してある菓子置き場からマーブルチョコを取り出して、バリバリと食べる。
俺の部屋に毬萌用の菓子置き場がある事に関しては触れないでくれると助かる。
毬萌はチョコを食い終わると、「よしっ!」と気合を入れる。
嘘つく前に気合を入れるヤツがあるか。
「コウちゃん! 消費税が15パーセントに上がるらしいよ!」
「……嫌な世の中になったな」
「なぁんでぇー!? 冷静に受け止めないでよぉーっ!!」
「いや、まあ。将来的にはそうなるのかもなって」
「今年のコウちゃんはいじわるだっ! ひどいっ! ひどーいっ!!」
「お前なぁ。嘘ついて人を騙そうってヤツの方がひでぇと思わんのか?」
すると毬萌はしゅんと落ち込む。
遊んでもらえないと分かった時の柴犬のようである。
……仕方がないので、次の嘘には騙されてやろう。
勘違いしないで欲しいのは、俺は柴犬が好きだから、落ち込む柴犬を想起させる毬萌の現状を見て、愛犬家的な心が痛んだのだ。
別に、決して、全然、しょぼくれる毬萌のために骨を折る訳ではない。
「……コウちゃん」
よし、来た。
なんだ、どんな嘘をつく? 仕方がないので完璧に対応してやる。
「……なんで昨日来てくれなかったの?」
「えっ!?」
ちょっと待て。
昨日、なんか約束してたっけか!?
まさか、こいつ、どっかで待ちぼうけ食ってたのか!?
「わ、悪ぃ!! 何の約束してたっけ!? どれくらい待ってた!? すまん!!」
大罪を背負った俺を見て、毬萌がにんまりと顔をほころばせる。
「にっへへー! 嘘だよ、コウちゃん!!」
「お前、ヤメろよ! そういう悪質な嘘は!!」
なんでいきなりそんな天才的な騙し方思い付くんだよ。
もう、完全に罪悪感でいっぱいになったじゃないか。
俺は決意した。
ここは、心を鬼にして説教をしなければならぬ、と。
「あのな、毬萌。世の中にゃ、ついて良い嘘と悪ぃ嘘ってのがある」
「うんっ! コウちゃんにしか嘘つかないよ!」
「おう。そうか、なら安心だ。……って、そうじゃねぇよ!! 人を不安にさせる嘘をつくなって言ってんだよ!!」
「むっふっふー。コウちゃん、わたしのとの約束破ったかもって不安になったんだ?」
「なってねぇよ!!」
——なってないからな!?
「とにかく、嘘ついたら閻魔様に舌引っこ抜かれるって言うだろ? だから、不必要な嘘はつくんじゃありません。エイプリルフールだけにしなさい」
俺の神妙なトーンの説教が毬萌の心に響いたらしい。
彼女はひとつ頷くと、手のひらをグーにして言った。
「分かった! わたし、明日から保健室の先生のこと、お姉さんって呼ぶの、ヤメるね!!」
「……すまん。俺の負けだ。それはヤメないであげて」
そういう嘘には閻魔様も寛容だから。
優しい嘘はヤメないであげて。
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