第2話 毬萌と将来の夢
「コウちゃん! 来たよーっ!!」
今日も今日とて毬萌が俺の部屋に不法侵入してきた。
言っとくけど、俺の部屋がさる北の国だったら、国境紛争ものだぞ。
だがしかし、悲しいかな、俺は桐島公平。
またの名をバリアフリーマン。
人との間に壁を作らず。
ならば、毬萌との間に壁はあるのか。
何度か建築してみたけど、その度にぶっ壊されるものだから、とうの昔に諦めたよ。
三匹の子豚っておとぎ話がある。
悪い狼が、わらの家、木の家と順序良くぶっ壊していくものの、レンガの家はさすがに壊せねぇわ……と言う、アレである。
うちの毬萌は、まずレンガの家をぶっ壊す。
そののち、鉄筋コンクリートの家をぶっ壊して、最後に核シェルターをぶっ壊す。
そして、どのパターンでも特に悪さをせずに、ニコニコと居座る。
ならば、家を壊されてばかりの豚はどうするか。
諦めて、家のドアを全開にしておくんだよ。
それなら、壊されないだけましだから。
そうとも、俺は哀れな豚である。
「ねーねー、コウちゃん! 将来の話をしようっ!」
「また突拍子もねぇな。ほれ、ココア淹れてやったぞ」
「わぁーい! 甘いねっ! でもさ、ココアがあるとさっ!」
「へいへい。ビスケットならあるぞ。安いヤツだけどよ」
「あーむっ。んー。おいひーっ! コウひゃん、おいひーよ!」
「分かったから、食いながら喋るんじゃないよ」
家を無血開城した豚が次に何をするのか。
決まっている。
お・も・て・な・し。
そうとも、俺は哀れな豚である。
「で? 将来がどうしたって?」
「そうだよ、将来! わたしたちも、もう高校二年生だからさっ! そろそろ将来のビジョンについて考えておくべきだと思うんだよねっ!」
えらく建設的な話である。
家をぶっ壊す悪い狼のくせに、建設的な話をするな。
「おう。分かった。だいたい分かった。おばさんにでも叱られたのか?」
「みゃっ!? ち、違うよー? 別に、お母さんに怒られたんじゃないよー?」
「見事なまでの図星だな。まあ、お前、中学ん時の進路相談でも散々揉めてたもんな。ありゃあ酷かったぞ。何度おばさんに泣きつかれた事か」
中学時代、毬萌の学力は全国模試で普通に一位を取るレベルであり、教師連中はこぞって県内屈指の有名進学校へ入学を勧めた。
しかし、このアホの子は、今通っている、特に勉学に力を入れている訳でも何でもない花祭学園に進学を決めていた。
その理由が——。
「だってぇー。制服が可愛かったんだもんっ!」
これである。
ちなみに、毬萌の母親は、彼女の親だけあって、のほほんとしている。
だから、「あらぁー、そうなの。うふふ」と、あっさり娘の意見を受け入れた。
ならば、何故俺に泣きついて来たのか。
中学の教師連中が、大挙して神野家を訪れ始めたからである。
「この才能を生かさないのは国の損失だ」と息巻く教師連中に、おばさんが音を上げたのだ。
そして、責任もろとも、娘の将来を俺に押し付けた。
「桐島くんが行く高校に入るって言って聞かないんです、うちの子」
とんでもねぇ虚言を吐かれたものである。
その日から、教師連中のターゲットは俺に変更された。
「桐島くん、君は神野くんの何なのだね!?」
鼻息荒い担任教師が俺に詰め寄った。
「ただの幼馴染っす」
「なんでただの幼馴染と同じ学校に固執するのかね!?」
「いや、分かりません」
「君ぃ、分からないじゃ困るんだよ!! 今も神野くんは日本を憂いていると言うのに、何を言ってそそのかしたのかね!?」
とんでもねぇ言い掛かりを吐かれたものである。
ちなみに俺が生徒指導室で圧迫面接を受けている時、毬萌は何をしていたかと言うと、中庭で四葉のクローバーを探していたそうな。
ヘロヘロになって帰り支度をする俺の元に、「五つ葉のクローバーならあったんだけど、四つ葉がないんだよぉ、コウちゃーん」とクレームを付けてきた。
家に帰って調べたら、五つ葉のクローバーが見つかる確率は100万分の1と書いてあり、「ああ、あいつ今日も天才の無駄遣いしてんなぁ」と俺はため息を吐いた。
結局「あそこの制服着れないんだったら、もう高校なんて行かないっ!」と言う毬萌のセリフが決定打になり、俺たちは揃って花祭学園に進学した。
なんで俺も普通に花祭学園に進学する事になったのかと言えば、「コウちゃんも一緒じゃなきゃやだぁーっ!!」と言う毬萌のセリフが決定打となったからである。
決定打ばっかり打つなぁ、お前は。
「ほんで、何になるんだ? 研究職か? それとも医者か? 弁護士か?」
「えーっ? コウちゃんまでお母さんみたいな事言うのー?」
「そりゃ言うよ。だって、近々おばさんに頼み込まれる未来が見えるもん」
「みゃーっ……。んっとね、未来志向に溢れた、幅広い分野を視野にいれるっ!」
「どっかの政治家みてぇな事言うんじゃないよ。なんかねぇの? なりたいもの」
すると毬萌は、首をかしげて「むむむっ」と唸る。
バカな柴犬が自分の尻尾を追いかけているように見えて、少し可愛い。
「あーっ! あったよ、コウちゃん! なりたいものっ!」
「おう、そうか。そいつぁ良かった」
「うんっ! えっとね、にははっ、ちょっと恥ずかしいですなぁー」
そして毬萌は、胸を張って言うのである。
「お嫁さんになるっ!!」
「ああ、そう」
「にへへっ! ねね、コウちゃんのお嫁さんになったげてもいいよ?」
「おう。そうだな」
「わたしね、ウェディングケーキは4段重ねのヤツがいいっ!」
中学時代の教師たちを思い浮かべて、俺は尋ねる。
これは国家の損失ですか?
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