第5話 毬萌とギャップ萌え
「おい、こら! 足元危ねぇぞ!」
「みゃっ!?」
昨日の夜、結構な量の雨が降ったため、水溜まりさんが大量発生している。
これは早いところ市の道路管理課に連絡するべきだと思うものの、目下、毬萌が不注意で濡れてしまわぬように気を付けるのが先かと思われた。
「にへへっ、セーフだねーっ!」
「ギリギリな! お前、ちゃんと足元確認して歩けよ」
「コウちゃんっ! 足元ばかり見てたら、明るい行き先を見失うよ!!」
「そういう話じゃねぇんだよ!!」
毬萌は足を滑らせるとき、前のめりに行かず、尻から落下するタイプである。
支える身としてはそちらの方が対応し易いのだが、俺の貧相な腕では毬萌の襲い掛かってくる尻を受け止めきれないだろう。
大概の場合、俺が下敷きになって濡れる。
ならば余計な事をしなければ良い?
バカ言ってんじゃないよ。
女子が濡れて体冷やすくらいなら、俺が濡れるよ。
普段から体は冷やし慣れているし、風邪も引き慣れているから任せろ。
「でもさ、コウちゃん! 世の中にはこういうことわざがあるのだよ!」
「どうせろくなことわざじゃねぇだろうけど、言ってみろよ」
「男の子はギャップ萌えに弱い!」
「もうことわざですらねぇな!!」
またアホなこと言い出したよ、うちの毬萌が。
どこでそんな言葉を覚えてきたのやら。
間違ってダウンロードしたファイルを、パソコンであればマウス一つで消去できるが、毬萌の場合記憶力がチートである。
幼稚園の頃、俺がバスで小便漏らした事すら未だに覚えている以上、新しく覚えた『ギャップ萌え』なる言葉を忘れさせるのは不可能。
ならば、せめて正しい意味へ導いてみようとするのが俺の役割。
「参考までに聞くが、それってどういう意味だ?」
「えーっ? コウちゃん、ギャップ萌えも知らないのっ!? 思春期の男子高校生にあるまじき事態だよー! わたし、コウちゃんが心配!」
まさか、常日頃から心配し続けている毬萌に心配されるとは。
なんたる屈辱。
「……まあ、なんだ。ちょっと教えてくれよ」
「にっへへー。しょうがないなぁ、コウちゃんってば!」
このドヤ顔を見よ。
何と言う憎たらしさか。
何が憎たらしいって、ちょっと可愛いのが実に腹立たしい。
「えっとね、例えば、女の子のスタイルについてだよ!」
「ふむ。スタイルねぇ」
「痩せてるのに、胸のサイズがFカップです! とか、男の子好きでしょ?」
「まあな」
言っておくけども、俺ぁ別にそういうアレじゃないから。
今の「まあな」は何と言うか、相槌の「まあな」であって、別に俺が痩せているけどFカップの女子が好きとか、そういうアレじゃないから。
本当に、そういう目で見られると困る。
自己保身に全力疾走したのち、俺は思った。
あれ? 意外とちゃんと言葉の意味を理解してるんじゃね?
これは珍しく、訂正の必要のないパターンなのでは、と。
「あとね、逆のパターンもあるよねーっ!」
「ああ、背が低いのに胸がデカいとか?」
「違うよー! コウちゃんのエッチっ!!」
べ、べべべ、別にエッチじゃないし!?
「すっごく太ってるけど、胸のサイズがAカップとか!!」
それはとても特殊なタイプ!!
やはりと言うか、またしてもと言うか。
結局いつものパターンである。
常識を曲解している。
何なの? 天才って常識を携えると爆発したりする生き物なの?
エジソンとかアインシュタインの血を引いている人がいたら、ちょっと来て欲しい。
「あのな、ギャップ萌えってのはな、見た目と中身が違ったりする事にドキッとなるヤツの事だよ」
「そうなの? 例えばー?」
「ん? おう。あー、男勝りの女子が可愛いもの好きだったりとか、クールな女子が実はめっちゃ優しかったりとか、そんな感じじゃねぇか?」
そんな感じでしょうか。
世間のギャップ萌え有識者の皆さん。
「分かったー! すっごく頼りになりそうなのに、体力テストで学年最下位の男の子とかだねっ!」
「それ俺の事じゃねぇか! そしてそれはもはや悪口!!」
なにゆえ唐突に俺の隠しておきたい秘密をつまびらかにするのか。
それ、今言う必要なかったよね?
「アレだよ! むちゃくちゃ頭良いのに、どっか抜けてるとか。あと、すげぇカリスマ性があるのに、スキがあるとか。そういうヤツ!!」
「ええー? そんな子、いるかなぁ?」
いるんだよ! 目の前に!! お前の事だよ!!
「じゃあさ、コウちゃんはそんな子が好きなの?」
「おう!? い、いや、別に、そういう訳ではない、とも言えなくもないが」
「にははっ! 変なコウちゃんだなぁー!」
ここで気付く、俺の中のギャップ萌えの定義。
これ、そのまんま毬萌のことじゃないか。
いやいや、そんな馬鹿な。
今のは、例えやすいお手本みたいなヤツが身近にいたから出てきた訳であって、俺が毬萌にドキッとするなんて事があってたまるか。
「みゃっ!?」
パシャーンと、景気の良い音が響いた。
俺の心臓がドキッとした瞬間でもあった。
「こ、コウちゃーん! 転んだぁー! 冷たいーっ!」
「だからお前、足元にゃ気ぃ付けろって! ああ、一旦家に帰るぞ! そのままじゃ学校行けねぇだろうが!!」
俺はこんなギャップ萌え、嫌だ。
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