第6話 毬萌と午後の紅茶
学食が充実しているのは、花祭学園が私立であるゆえかもしれない。
昼食時だけではなく、放課後も利用できる点が嬉しい。
小腹が空いたら安価で美味しい軽食が食べられるし、スイーツまで充実していると言う至れり尽くせり、ステキな場所。
ステキを通り越して、いっそセクシーだね。
「おい、まだ決まんねぇのか?」
「だってぇー! どっちも美味しそうなんだもんっ!」
俺と毬萌は、生徒会室で仕事をしていたが、誰かが盛大に腹の虫を鳴かせるものだから、一度休憩しようと言うことになった。
ああ、ちなみに腹がグゥーと鳴ったのは、俺である。
「じゃあさ、コウちゃんは、こんなに美味しそうに生まれてきた子たちの、どちらかを選べって言うの!?」
「おう。そう言ってる」
毬萌が先ほどから唸っているのは、モンブランと桃のタルト、どちらを食べるかについて自問自答を重ねているからである。
普段の生徒会長業務に勤しむ時よりも真剣な表情なのは気のせいか。
お前、モフっとした柴犬っぽさが売りじゃなかったのか。
「あー、分かった、分かった! 俺がタルト頼んでやるから、毬萌はモンブランにしろよ! んで、俺のヤツをちょいと分けてやるから!」
「えーっ!? 良いのーっ!? コウちゃん、優しいーっ!!」
好物のお菓子が目の前に出てきた柴犬かな?
毬萌の尻にパタパタと振り回される尻尾の幻影が見える。
「じゃあ、毬萌買っといてくれるか? 俺ぁ飲み物用意しとくから。残ったら生徒会室に持って帰れるように、ペットボトルのヤツが良いだろ」
「分かったーっ! んっとね、わたしは」
「承知の上だよ。なんか甘いヤツだろ」
「にへへっ、バレてしまったかぁー。じゃあ、席で待ってるねっ!」
「おう」
学食の入り口には自動販売機が並ぶ。
主要なメーカーは一通り用意されており、大変嬉しい。
さらに、マイナーな、普通の店ではお目に掛かれない販売機もある。
この『特濃プリンシェイク』って、誰が飲むのだろうか。
そもそも、プリンって飲み物だったっけか。
まあ、いいか。
俺は小銭を投入して、適当に飲み物を選んで、毬萌のもとへ戻る。
割と人がいる中で、小柄な毬萌は見つけづらいかって?
そんなことはない。
「コウちゃーん! ここだよーっ!!」
あそこで手をぶん回しているのが毬萌。
あんな事をするのは、毬萌か、二死二塁のチャンスでライト線にヒットが出た時の三塁コーチくらいのものである。
「ほれ。買ってきたぞ。どっちが良い?」
「午後の紅茶に決まってるじゃん!」
「おう。知ってた。俺ぁ伊右衛門飲むよ。お前、本当に甘いもの好きだな」
「にひひっ! 頭脳労働にはカロリーが必要なのだよ!」
毬萌が言うと冗談に聞こえないので困る。
「食べるか。いただきます、と」
「うんっ! いっただきまーす! あーむっ」
美味しそうにモンブランを頬張る毬萌。
これほど幸せそうな顔をすれば、学食のおばちゃんも嬉しいだろう。
「おっ! こっちのタルトのなかなかイケるぞ! 思ってたよりも甘い!」
「えっ、欲しい、欲しい! コウちゃん、ちょうだいっ!」
「はいはい。……ほれ、どうぞ」
「あーむっ。んーっ! すっごく濃厚な甘さだねーっ! 喉が渇いちゃいそうだよ! おいしーっ!!」
そう言って、午後の紅茶ミルクティーを飲む毬萌。
それで果たして喉が潤うのだろうか。
「そういやぁ、自販機に特濃プリンシェイクとか言うのがあるよな。あれ、誰か買うヤツいるのかね?」
「あ、わたしこの前買って飲んだよ!」
こんなに身近なところにいたとは。
「もうパッケージの絵だけで胃もたれしそうなんだが。美味いの?」
「うんっ! あのね、ドロドロの流体になったプリンが口いっぱいに広がるよ!」
「全然美味そうに聞こえねぇ!! 食レポ下手くそか!!」
恐らく、俺は卒業まで特濃プリンシェイクとは縁がないだろう。
「あーむっ! んー! 美味しかったねーっ!!」
「ったく、俺のタルト、ほぼ半分食べやがって」
「にへへっ、ごちそうさまでした! だって、コウちゃんが食べろって言うからー」
「そうだな。お前の一口のデカさを計算してなかった俺のミスだよ」
腹は膨らんだが、まだ動く気にはならない。
午後のティータイムと言えば、楽しいお話もセットなのが定番。
ここは、天才様と知的なトークで頭をスッキリさせよう。
「ねねね、コウちゃん! わたし、すごい事に気付いちゃったかも!」
そう思っていると、天才の方から話題を振って来た。
しかも、すごい事らしい。
三角関数に対する新たなアプローチだろうか。
ここは黙って静聴つかまつる次第である。
「午後の紅茶ってさ、よくみんな午後ティーって言うよね!」
「おう。定着してるよな。だいたいそれで通じるし」
「じゃあさ、緑茶の伊右衛門は、いえティーって言うのかなっ!?」
マジメに聞いて損した!
勝手に伊右衛門をUMAと混同させるんじゃないよ!!
それから俺は毬萌の首根っこ捕まえて生徒会室へ戻り、お仕事を再開。
入学式の出席率と言う、本当に集計する必要があるのか疑わしい数字を行儀よく整列させていると、喉が渇いたので、持ってきたペットペトルを手に。
うん。いえティーは美味いな。
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