第7話 毬萌と寒がり
「お、おっはよー……。コウちゃん……」
元気が取り柄の毬萌が、朝からしょんぼりしている。
まあ、普段から朝が弱い毬萌は、俺の手によって叩き起こされるので、基本的にはしょんぼりしているが、今日は別に理由があるのだ。
家の前でヤツが身支度を整えるのを待ってると、のそのそと毬萌がやって来た。
「こ、コウちゃん……。寒いよぉ……」
「確かに。今日は冷えるなー。四月だってのに」
毬萌は寒さに弱い。
柴犬は寒さに強いらしいと動物番組で聞いた覚えがある。
となれば、柴犬系女子にあるまじき事態。
「今日、学校に行かなきゃダメ?」
「寒いからって学校休む生徒会長を俺ぁ知らねぇよ!」
「つまり、コウちゃんは今日、新たな事象の目撃者になるんだねっ!」
「上手いこと返してくるんじゃないよ! おら、行くぞ!!」
動物病院を見た柴犬のように足取りが重たい毬萌。
仕方がないので、俺が話でもして寒さから気を紛らわせてやろう。
恐らく、今この場で最も温かいのは俺のハート。
「つーか、毬萌の履いてるヤツ。その何とかって長い靴下。それ、暖かいんじゃねぇの?」
「もうっ、コウちゃん、靴下の名前くらい覚えてよ! おじさんみたいだよっ!」
このナウでヤングな俺を捕まえて、おじさんとは何たる言い草か。
「知ってるよ。……ニーキックだっけか?」
「ニーソックスだよぉ! もっと言えば、わたしのはニーハイソックスだもんっ!」
靴下は靴下なんだから、もういっそ靴下で統一すれば良いじゃない?
きっとこの合理的な意見を天才の毬萌なら分かってくれるはず。
「なあ、毬萌。どうせ靴下なんだし」
「呼び方を統一しよう、とか言うんでしょー? だからコウちゃんはモテないのだ!!」
セリフを先読みされて、なんか酷い決めつけまでされた。
「じゃあ聞くけどよ。お前、女子の靴下の種類にやたら詳しい俺が見たいの?」
「えーっ!? ……ちょっとコウちゃんが気持ち悪いかも。でもでも、わたしはコウちゃんの事、見捨てないよっ!!」
「普段面倒見てやってんの、むしろ俺だろ! あと、やっぱり靴下事情と俺がモテねぇの関係ないじゃん!」
話題を変えよう。
何か知らんが、靴下から離れないと、更に酷いこと言われる気がする。
「なんか持って来てないのか? 使い捨てカイロとか」
「んー。ないことはないんだけどね。はい、これ」
そう言うと、毬萌は白くて四角い袋を手渡して来た。
見たところ、カイロに見えなくもないが、市販品とも思えない。
「なんだよ、これ」
「わたしが作った、瞬間沸騰カイロだよっ!」
毬萌は天才であり、その分野に垣根はない。
つまり、発明品だってお手の物。
かつて、俺もお世話になった事があるのだが、その話はまた次の機会に。
「すげぇじゃねぇか! これ、どうやって使うんだ?」
「ギュッと握るとね、すぐに熱くなるんだよー。でもね」
「そりゃあ大したもんだ。よっと、これで暖かあああああああああああい!!」
握った瞬間にカイロが高温を発して、俺は全身の毛穴から汗を噴き出した。
「なんじゃこりゃあ!?」
「もうっ、コウちゃん、説明聞かないからー! それね、熱くなり過ぎちゃうのが欠点なんだー。にへへっ」
「どうしてそんな欠陥品を持って来てんのよ」
「コウちゃんがビックリするかなって!」
お前のその発想に俺ぁビックリしてるよ!!
「これ、どうすんだよ。放っとくと火事になるんじゃねぇか?」
「うん。へーきだよっ! この袋に入れてー」
「なにそれ」
「断熱性に優れた布で作った袋だよっ! 火が付いてる物でも入れられるんだ!」
割と普通に出しているけども、その発明品も大概だぞ。
俺、特許申請しても良いかな?
絶対に儲かると思うんだけども。
「そうだ、コウちゃん! 学校まで走ろうっ!」
「嫌だ。お前、俺の体力を知っててよくそんなひでぇ提案ができるな!?」
「だって寒いんだもーん。じゃあ、おしくらまんじゅうしよー?」
「二人でどうやってするんだよ」
「んー。合理的なのは、お互いが胸を合わせて上下に動く感じかなぁ?」
「おっし、走るか!」
簡単な選択であった。
なにゆえ俺がこんな公衆の面前でそのように破廉恥な行為に及ばねばならぬのか。
そして、なにゆえ毬萌はその行為を提案するのか。
ひとえに彼女がアホの子だからだろう。
「はあ、ひい、あひゅん、ああい、せぇい、ふぉう……」
「みゃーっ! にははっ、暖かくなったね、コウちゃんっ!」
「はあ、お、おひゅう。そ、そりゃあ、うふん、良かった、なふん……」
誰か呼吸ってどうやってするんだったか教えてくれない?
ちょっとすぐには思い出せそうにないから。
できれば急ぎで頼める?
多分、早くしないと俺が死んじゃう。
「コウちゃん、コウちゃん!」
「な、なんだよ……」
「TRFのサムっているじゃん!」
「お、おう……」
いるな。もう還暦近いってのに、ダンスがキレッキレな、あの人だろ?
「サムってね、寒がりだからサムって名前にしたらしいよーっ!」
「そ、そうか……」
「その割には、裸でいることが多いよねー! にははっ!」
過呼吸起こして遠くなる意識の中。
毬萌のシャープな着眼点に俺は脱帽した。
——こ、この、天才、が……。
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