第24話 毬萌と丁寧語

「ねーねー、貴様っ!」



 えっ!? なに!? それ、俺のこと呼んでるの!?



 まだ眠っている頭が一瞬で覚醒した瞬間であった。

 珍しく早く毬萌を回収できたのでのんびりと登校していたのだが、そんなのんびりとした時間を毬萌は許さないらしい。


「おまっ、お前……。どうしたんだ、いきなり」

「聞いたよー? 花梨ちゃんとあだ名について話したんでしょ?」

「ああ、おう。したな。結局なしって事で落ち着いたけど」

「にへへっ、だからね、わたしも貴様のことを違った呼び方してみよっかなって思ったのだ!!」


 なるほど、なるほど。

 事情はだいたい把握した。

 「そんな面白そうな事にわたしをまぜてくれないなんてズルいっ!」と言ったところだろう。

 それにしても——。


「それで、どうかなぁ? 貴様って呼ばれる貴様の意見が聞きたいなっ!」

「おう。それを聞くのか。聞いちまうのか」

「うんっ! 聞いちまうのだ!!」



「すっげぇ違和感しかねぇよ! つーか、お前! 貴様って! 見下してんのか!?」



 すると毬萌は「まったくもうっ」と、出来の悪いのび太を前にしたような顔をする。

 出来の悪いのび太ってなんだ。

 元々のび太は出来の悪い子なのに、それの劣化版ってなんだ。


「あのね、貴様? 貴様って言うのは、使われ始めた室町時代の末期では、相手を敬う言葉だったんだよー? わたし、ちゃんと貴様のこと敬ってるもんっ!」

 毬萌の天才モードが炸裂した。

 だが、しかし。

 今回は俺にだって反撃のカードくらいある。


「室町時代はそうだったかもしれんが、現代日本ではあきらかに下に見ているヤツに使う言葉だろうが!!」

「にははーっ! これは貴様に一本取られましたなぁ!」

「やめんかい!!」

「わぁー! コウちゃんが怒ったーっ! こわーい!!」


 どうも、貴重な早起きは毬萌の脳を活性化させたらしく、朝一番から天才的な思考回路が頑張って、頑張った結果、俺をからかう事に全力を注がれたようだった。


「ったく、しょうもねぇ事を思い付きやがる」

「だってぇー。コウちゃんが悪いんだよ?」

「おい! 今の話の流れで俺の悪ぃところ一つでもあったか!?」


 言い掛かりなんてものじゃない。

 カツアゲだよ。カツアゲ。

 俺の精神衛生を根こそぎ奪う気だ、こいつ。


「コウちゃんってさ、言葉遣いが丁寧じゃないよね?」

「ああ? ……おう」


 心当たりがあり過ぎて、俺は矛を収めるしかなかった。

 確かに、俺の喋り方は丁寧からはかなりかけ離れていると言う自覚はある。

 そりゃあ、公の場でならきっちりTPOに合わせた言葉遣いをするけども。

 普段はどうかと言われると、立つ瀬がない。


「だからね、ここは一度、コウちゃんにも丁寧語のすばらしさを知ってもらおうと思ったんだぁー! で、その取っ掛かりが、貴様!!」

「その取っ掛かりには激しく抗議してぇけども。毬萌の言う事も、まあ、一理あるかもな」

「そもそも、コウちゃんってどうしてそんな喋り方するんだっけ?」

「ぐぅぅぅぅぅぅうぅぅぅっ!!」


 理由はあるのだ。

 でも、言いたくない。

 絶対にバカにされるもの。

 アホの子にバカにされたくない。

 だから俺は言わない。


「見た目が貧相だから、せめて言葉遣いだけでも男らしく、だったっけ?」



「知ってんじゃねぇか! ヤメろよ、お前!! そこセンシティブな部分!!」



「にははーっ! 毎日コウちゃんを見てるから、そのくらい分かるのだ!」

「ああ、ちくしょう。嫌な観察眼をお持ちでうらやましいよ」

「ねね、ちょっとだけ丁寧語でわたしとお話しよーっ?」

「あーん? なんで俺がんなことしなきゃ」

「じゃあ、コウちゃんの恥ずかしい秘密、生徒会室で発表しちゃうもんっ!」



「毬萌さん。できれぱそれ、ヤメて下さいます?」



 早くも毬萌の軍門に俺が下った瞬間であった。

 恥ずかしい秘密の10や20の身に覚えがあるうえ、相手は記憶力もチートの毬萌である。

 嫌だ。親愛なる後輩たちの前で公開羞恥プレイは嫌だ。


「にははっ! コウちゃん、おねえキャラみたーい!!」

「急に丁寧な言葉をと申されても、私の対応力ではなかなかに難しいものがございます。このような醜態、大変遺憾です」

「ぷぷーっ! 今度は政府の偉い人みたいになったー!!」

「もうやめておくんなまし! 限界でありんす!」

「ぷーっ! あははははっ! 今度は花魁みたいになったぁー!!」


 もうヤメて。

 とっくに俺のライフはゼロよ。

 下手するとマイナス域に突入しちゃってる。


「……俺の降参だよ。もう勘弁してくれ」

「分かったー! にひひっ、とっても楽しかったのだ!」

「まったく、頭が回る時のお前に捕まると勝負にすらならんよ……」

「まあまあ、コウちゃん。そんなに落ち込まないで!」


 朝っぱらからエネルギー使わせといて、なんだその言い草は。

 これは説教だ。

 人としての道を踏み外している幼馴染に、愛のある説教をせねばならぬ。

 そう思い、眉間にしわを寄せていると、毬萌がこちらを向いて微笑む。



「でもねーっ! わたしはやっぱり、いつものコウちゃんの喋り方が好きーっ!!」



「……そうかよ。あーあー。ダラダラしてたから、結局いつもの時間になっちまった。ほれ、とっとと行くぞ。鞄こっちに寄越せ!」

「おーっ! コウちゃん、やさしーっ!」

「うるせぇ! 普通だ! 丁寧語だってなし! それも普通だ!!」



 説教はどうしたって?

 反省の色が見えたらば、無理にする必要もないのが説教である。

 どこに反省の色が見えたか?

 それは、アレだ。ナニがアレして、ナニだから。


 とどのつまり、うるせぇ!! ほっとけ!!

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