第25話 花梨とスマホケース

「もぉー! 聞いて下さいよ、桐島先輩!!」

「おう。どうした花梨」

「どうしたじゃないですよぉー! ひどいんです!!」


 昼ご飯の幕の内弁当を生徒会室でモグモグやっていると、花梨がやって来た。

 今日は毬萌のヤツが友達と食べるとか言うので、俺一人である。

 ここで声を大にして言っておきたいのは、別に俺、友達いない訳じゃないから。

 ご飯はなるべく一人で静かに食べたい派なだけだから。

 変な勘違いとかしないで、今は花梨の話を聞くべきではないか。


「昨日、スマホのケースの中にちょっとゴミが入っていたので、お掃除してたんです!」

「おう。そりゃあ結構な事だ! ほこりとか入ると気になるよなー!」

「結構なじゃないんです! そしたら、スマホケース、パパが踏んじゃったんですよ! お気に入りだったのに! もぉー! 信じられないです!!」

「ありゃりゃ、それは災難だったな」


 ご立腹の花梨さん。

 怒りはおさまらない。

 それどころか、さらに炎は高く燃え上がって行く。


「だからあたし、パパって嫌いなんです! すぐにお金渡してきて、これで新しいの買ってね、とか言うんですよ!!」

「まあまあ、花梨。お金貰えるだけ良いじゃないか。うちなんか、そんなとこに置いとくヤツが悪いよ! とか言われて終わりだぞ。確実に」

「あ、そうなんですか……。なんだか、ごめんなさい」


 俺の家の悲しい事情が、花梨の鎮静剤となったようである。

 我がことながら、実に複雑な気持ち。

 ケースどころか、スマホの本体を母に踏まれた事だってあった。

 俺のスマホが頑丈に出来ていて良かったよ。


 さて。花梨の心のケアをするのは俺の役割であろう。

 可愛い後輩が悲しんでいるのに、放っておけるはずもなし。


「じゃあ、どんなスマホケースが良いか、俺と一緒に考えねぇか?」

「え? えっ、えっ!? 桐島先輩、一緒に選んでくれるんですか!?」

「お、おう。今、パソコンで、女子高生向きのケースって調べたとこだが。ああ、もしかして、こだわりがある感じか? そんなら無理にとは……」

「いえ! いいえ!! 桐島先輩と選びます! そちらに回るので、少し待って下さい!」


 圧がすごいぞ、花梨さん。


「おっし! じゃあ選ぼうぜ! 花梨の好きな色とかってあるのか?」

「あたしは先輩の好きな色を知りたいです!」

「ん? いや、俺の好きな色にしたって仕方ねぇだろう」

「あ、いえ! ええと、そうです! 尊敬する先輩のご意見を取り入れたら、もっと普段のお仕事も円滑になる気がするので! 絶対にそうです!!」


 俺のような無頼漢にはよく分からない論法である。

 しかし、当の花梨がそうしたいと言うのであれば、何も首を横に振らずとも良いかと思われた。


「んー。そんじゃ、俺の好きな色って言うより、花梨に似合いそうな色で考えても良いか? だって、俺の好きな色、白とか黒だから。面白くねぇもん」

「あ! それとってもステキです! ぜひお願いします!! えへへ」


 花梨から期待の色がむちゃくちゃ滲み出る視線を向けられている。

 しまった。

 ここまで喜ばれるとは思わなかった。

 責任重大じゃないか。


 俺は、少しだけ考えてから、慎重に色を選んだ。

 さらに、伝える言葉はもっと慎重に選んだ。

 気分はさながら綱渡りである。


「黄色はどうだ? ほら、ビタミンカラーとか言うだろ? 花梨はいつも凛として爽やかなたたずまいだから、似合うんじゃねぇかなぁ、と」

「桐島先輩、そんな風にあたしのことを見ていたんですか!?」


 あらヤダ、もしかしてミスったのかしら。

 「マジで適当な事言ってごめんなさい」と口に出そうとしていると、花梨に先を越されてしまった。

 彼女は、とても嬉しそうに言う。


「すっごく嬉しいです! そうですかぁー。先輩って、そんな風に見ていてくれたんですね! えへへへ、なんだか照れちゃいます!」

「お、おお。そうか。気ぃ悪くしてないなら、良かったよ」

「とんでもないです! 桐島先輩のお言葉で気を悪くするはずないじゃないですか!」


 鼻歌まじりにマウスを操り、目的の商品へと距離を詰める花梨。

 一切の迷いがないので、ひょっとすると彼女も黄色が好きだったのかも、などと俺は愚考する。


「先輩、先輩! この中だったら、どれがお好みですか!?」

「おう。……って、柄まで俺が選んじまうのか!?」

「はい! ぜひお願いします! 乗り掛かった舟ですよ、桐島先輩!!」


 さっきから一つのパソコンを二人で見ているので、少々距離が近い。

 あまり時間をかけていると、変な姿勢になっている俺の腰がモキョる。

 こういうのは勢いが大切だ。

 俺は目を閉じて、最初に目に入った柄を選ぶことに決めた。


「……よし。じゃあ、このデカいリボンが付いてるのはどうだ? やっぱ、女の子って言ったらリボンだろ! そして、女の子と言えば花梨だ!!」


 俺が訳の分からん理屈を言うと、隣では笑顔の花が咲いていた。


「すごい! あたしもそれ、いいなって思ってたんです! それにします! と言うか、もうそれ以外考えられません!!」

「そりゃ良かった。俺たち、センスが似てんのかもな!」

「そうですね! 光栄です! あっ! 売り切れないうちに注文しなくちゃ! えっと、先輩、このパソコンから注文しても良いですか?」

「おう。もちろん」



 後日、花梨のスマホは鮮やかな黄色に生まれ変わった。

 とても気に入っているとの事で、俺も嬉しい。


 実は俺が幕の内弁当を食い損ねて昼休みが終わったことなど、花梨の笑顔のためだと思えば、取るに足らない対価である。

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