第26話 毬萌と占い師

 休みの日に、駅前通りまで出かけた俺。

 たまには一人で街をブラブラするのも良い。

 何と言うか、ちょっと大人な男になった気分である。

 着の身着のまま、いや、財布とスマホくらいは持っているけども、不要なものを持たず、無為に時を過ごす。

 ヤダ、ハードボイルドっぽい。ステキ。

 ステキを通り越して、いっそセクシーだね。


「コウちゃーん! いたーっ!! おーいっ!!」


 そんな俺のハードボイルドな一日は早速とん挫した。

 家を出てからわずか一時間。

 なんと短命なハードボイルド。

 ハードボイルドの語源は固ゆで卵にあると言う。


「もうっ! 出かけるんならちゃんと言ってよ! 困ったコウちゃんだっ!」

「なんで毬萌にいちいち断って出かけねぇといけないんだよ!?」

「だってぇー。コウちゃんちに行ったらいないんだもんっ! 困るよぉー」

「あーあー。分かったよ。適当に摘まめるもんでも買って帰ろう」


 毬萌と一緒に出掛けると非常に疲れる。

 こいつ、あっちにフラフラ、こっちへフラフラ、落ち着きがなくてひと時も目が離せなくなるのだ。

 ならば無視すればいい? バカ野郎。

 そんなことして、うちの毬萌がナンパでもされたらどうする。


「わたし、ドーナツが良いなぁー! ねー、コウちゃーん!!」

「分かった、分かった。ポンデリングだろ? 分かってるよ」

「おおーっ! さすがコウちゃん! あと、フレンチクルーラーも!!」

「はいはい。もう、俺に奢られる気だな? とんだ災難だよ」


 いつの間にやら毬萌の保護者。

 これじゃ、固ゆで卵どころか、温泉卵だよ。

 トロットロでプルップルだよ。


「あーっ! 見て、コウちゃん! 占いだって!」

「おう。ホントだ。珍しいな、宇凪市で露店の占い師なんて」

「ねーっ。わたし。初めて見たかもっ! ねね、コウちゃん!」

「ダメだ、ダメ!!」

「みゃーっ……。まだ何も言ってないのにぃー!」

「だってお前、せっかくだから占ってもらおうよっ! とか言うだろ?」

「えー? ダメなのー? なぁんでー!?」


 俺は占い師を見る。

 歳は四十代くらいの、でっぷりとしたおばさんである。

 これが年齢不詳の老婆だったら、俺だって興味を持ったさ。

 占い師って言えば、怪しげな老婆じゃないとダメだろう?


「そこのカップルさん。どうですか? 占って行きませんか?」

 そら見た事か!

 おばさんの視界の中で立ち止まったりするから、ロックオンされちまった!


「いえ。間に合ってます。あと、カップルじゃないんで」

 そもそも、そこを当てられていない時点で、占いの腕前もお察しである。


「結果が気に入らなかったら、お代は頂きませんよ」

「えーっ!! コウちゃん、タダで視てもらえるかもだよ! ねねね、コウちゃん!」

「あー。ったく、しゃあねぇな。……マジで金払いませんよ?」


 俺は、絶対に財布の紐を緩める気がない旨を明言する。

 それなのに、占い師のおばさんは自信あり気である。


「もちろん、結構です。では……。まず、彼氏のあなた。前世を視ましょう」

「彼氏じゃないです。前世ねぇ……。水晶玉とか使うんすか?」

「いえ。目を見るだけで分かります。……はい。分かりました」

「すごい! 早い! うちの学食のカレーとどっちが早いか、いい勝負だね!」


 こんなもんインチキだよ。

 うちの学食のカレーは頼んだら20秒くらいで出てくる。

 カレーをよそう間に前世が分かってたまるか。


「あなたの前世は、男です」

「そんなもん、二択じゃないですか。んじゃ、どんな人間でした?」

「いえ、人ではありません。……食パンです。男の食パン」



 インチキってレベルじゃねぇな、このおばはん!!



 なんだよ男の食パンって!

 人の前世をそんな酷いものにするなよ!

 誰かに食われて死んでるじゃん、前世の俺!!


「ぷぷーっ! コウちゃん、ぷっ、しょ、食パンなんだ! あはははっ!!」

「お、お前! なに笑ってんだよ!! じゃあ、毬萌も視てもらえよ!」

 そして精々俺に笑われると良い。


「彼女さんは……はい。視えました。前世は女です」

「やたーっ! 女子から女子の2連続だよーっ!!」

「どうせ消しゴムですとか、適当な事言われるぞ」


「女の……ああ! これはすごい! とある地方を統べる女帝だったようです!」



 ふっざけんな!!

 おばはん、毬萌の方が御しやすいと見て、適当な事言ってるだろ!?

 俺が食パンからの転生で、なんで毬萌は女帝から天才に転生してんの!?

 なにこの格差!?


「にひひっ、コウちゃん、わたし女帝だってさ! 偉いんだぞー!!」

「あー、そうかよ。ったく、マジで時間の無駄だった。行くぞ、毬萌!」

「待ってよぉー。あの、相性占いとかもできますか?」

「もちろんできます。むしろ、そちらが本職です」


 占いが本職だろうが。

 なんだ、相性占いが本職って。ニッチな仕事だな。


「それでは、お二人で手のひらを重ねて下さい」

「コウちゃん、手を繋げってさ! はいっ!」

「……なんで俺がこんな事を。ほれ、これで良いのか?」


「ああああっ!! これは大変です!! お二人の相性、生涯決して離れる事がない程にピッタリです! どんなに先まで視ても、お二人は一緒です! これは珍しい!!」


 大げさなリアクションの占い師を見て、毬萌は「コウちゃん、すごいね、わたしたち!! ねっ!!」と大はしゃぎ。

 まったく、こんなインチキおばさんに言いくるめられおって。



 で、いくら払えば良いんだ?



 言っとくけど、別に占いの結果がどうこうで金を払う訳じゃないから。

 毬萌が喜んだ分だけくらいなら払ってやっても良い。

 ちょっとだけ、ほんの少しだけ、そう思っただけだから。



 勘違いすんなよ!!

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