第27話 花梨と急な雨

 グラウンドの隅っこに野良猫がいるとの通報を受けて、俺と花梨が生徒会室より出動した。

 いつもの五倍のスピードで急行する。

 何故かって?

 それは俺が猫ちゃん大好きだからである!


 しかも、今日は空模様が少々怪しい。

 猫ちゃんが雨に濡れるなんて事があってはならぬ。

 空よ、もう少しだけ持ちこたえてくれ。

 せめて、俺が猫ちゃんの雨よけになるまで。



「わー! 先輩、先輩! いましたよ! こっちです!!」

 目撃情報のあった体育倉庫周辺を手分けして捜索していると、花梨の声が。

「おう!? どこだ!? 可愛い!? 何色!? 可愛い!?」

「あはは! 桐島先輩、慌てすぎですよー! ほら、見て下さい!」


 そこには、花梨に大人しく抱かれている猫の姿が。

 いわゆる茶トラの猫である。

 可愛いか可愛くないかで言うと、今すぐ抱きしめたい。


「花梨、抱いても良いか?」

「へっ!? な、なな、何言ってるんですか、桐島先輩!?」

「もう我慢できねぇんだ! ここなら人気もねぇし! 頼む、抱かせてくれ!!」

「えっ、やだ、あたし……! 急にそんな事言われると、困っちゃいますよー」


「スキあり!」

「うひゃあっ!?」


「おーおー! 可愛いなぁ、お前! んー? どこから来たんだ?」

「……先輩。抱かせるとか何とかって、それ、猫ちゃんのことですか?」

「ん? ああ、そうだけど?」

「もぉー! 桐島先輩のバカ! もう知りません!!」


 花梨が耳を赤くして口を尖らせている。

 器用なことをするなぁ。

 俺の腕の中に居る茶トラも「にゃーん」と同意する。


「桐島先輩は、少し女子の気持ちを考える必要があると思います!」

「なんかお姉さんが怒ってんぞ? 怖いなぁ? おー、よしよし」

「ちょっとぉ! 何ですかそのリアクション! いつもの公平先輩にあるまじき反応ですよ!? ……あれ? この子、よく見たら首輪してますよ」

「おっ、ホントだ。なんだ、お前、どっかから脱走して来たのか」


 茶トラが「にゃーん」と誇らしげに鳴く。

 まあ、脱走を果たしたのだ。誇らしくもあるだろう。

 やたらと人に慣れていると思っていたのだ。


 それにしても可愛いなぁと茶トラに夢中になり過ぎたのが良くなかった。

 ポツリポツリと、ついに空から雫が落ち始める。

 そのまま勢いが強くなるのだから、これは堪ったものではない。


「わわ、先輩、結構ひどい雨になっちゃいましたよ!」

「おう! 分かってる! 花梨、こいつを抱いてくれるか?」

「あ、はい! でも、どうするんです……ひゃわぁぁぁっ!?」


 花梨と茶トラが濡れない方法をこれしか思いつかなかったのだから、これはもう仕方ない。

 猫は大概雨が嫌いな生き物である。

 そして、可愛い後輩も雨に濡らしてはならぬ。

 ならばどうするか。


「ちょっと窮屈だけど、我慢してくれよ!」

 俺は制服の上着を広げて、右脇に花梨を抱え込んで駆け足。

 こんなものでも、ないよりはかなりマシなはずである。

 茶トラも「にゃーん」と言ってくれているので、作戦は続行。


「せ、先輩! ちょっと近いかも、です!」

「そうは言うが、近づかねぇと濡れちまうからな。我慢してくれ! あとで毬萌にボディシート借りてやるから!」

 そして俺たちは、中庭にある自動販売機コーナーまで避難した。


「はひぃ、はひぃ、ほげぇ、あひゅう……」

 どうして俺は少し走るだけでこんなに恥ずかしい呼吸の乱れ方をするのか。

 俺の創造主だった神様に問いたい。

 それは悪質な嫌がらせではありませんか、と。


「大丈夫ですか? 桐島先輩。……って、びしょ濡れじゃないですか!!」

「あひぃ……おう? ああ、そりゃあまあ、しょうがねぇな。制服の上着に二人が入るのは無理だもん。俺、身長低いしなぁ」

 茶トラも「にゃーん」と言っている。

 多分、「ご苦労様」みたいな事を俺に伝えていると思われる。


「……もぉー! なんでそうやって、自然にカッコいい事ができるんですか!?」

「おう? カッコいいか? 釣り上げられたイワシみてぇになってるけど」

「あたしは結構、カッコいいと思いますけど……。あ! じっとしてて下さい!」

 そう言うと、花梨は何やらいい匂いのするハンカチを取り出す。


「おいおい、いいって! せっかくのハンカチが汚れちまうぞ!」

「何言ってるんですか! 先輩が風邪を引いちゃいます!」

 芯の強い花梨は、俺の抵抗など意に介さずである。

 しかし、埒が明かないと判断したのか、スマホを取り出した。


「あ、鬼瓦くんですか? 大至急タオル持って来て下さい! 中庭です!」

 何と言う要点のみの通話だろうか。

 そして、すぐにドドドドと地響きが聞こえてきた。

 なに、これもしかして、鬼瓦くんが走って来てるの!?


「ゔぁぁあぁっ! 桐島先輩! なんてお姿に! こちら、タオルです! どうぞ!!」

「すまん。助かったよ」

「いいえ。お礼ならば冴木さんに」

 それもそうである。


「ありがとな。花梨のそういう気の利くところ、俺ぁ好きだぞ」

「す、好きとか、そういう事は軽々しく言わないで下さい!」

 何故か怒られたので、俺は茶トラを抱いて繰り返す。


「お前も好きだぞー。可愛いヤツめ! 家探してやるから、安心しろよー」

 その様子を見ていた花梨の瞳が、少しずつジト目に変わっていく。


「あー。そうですかー。先輩の好きって……。そうなんですねー」

「えっ!? なに、どうした!? なんで今、俺は呆れられたのかな!?」


「知りませーん! いつか教えてあげます! さあ、猫ちゃんの事を考えましょう!」



 その後、茶トラは首輪に書いてあった番号に電話したところ、この近所に住むおばあさんが急いで迎えに来た。

 そして、コロコロと態度の変わる花梨を見て、「あ、この子もちょっと猫っぽいな」と思うにつけ、何となく目を細めてしまう俺であった。

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