第312話 土井先輩の華麗なる二人三脚

 嫌な前振りが来た。

 冷えた麦茶を飲んでいたところ、鬼瓦くんがやって来て、俺に耳打ちをする。

 耳が自在に収納できる特異体質だったらば、セルフ耳栓したものを。

 普通の人間である己が憎い。


 え? 運動能力は普通じゃないから安心しろって?

 うっせぇ! 毬萌のサンドイッチ食わせるぞ、ヘイ、ゴッド!!


「桐島先輩。ご用意を」

「い、嫌だ!」

 駄々をこねても仕方のないことくらい分かっている。

 それでも駄々をこねなくてはならぬ。

 男には、そんな瞬間が人生で何度かあるのさ。


「ですが、先輩の競技の参加はまだ2回ですので」

「ま、待ってくれ! そうだ、借り物競争! あれは!? 俺、2回も借りられたよ!?」

「ノーカウントです」


「ああ! 分かった! 綱引きだ! アレはちゃんと俺、出たじゃん!!」

「あれは有志の企画競技なので、やはりノーカウントです」

「そこを何とか! もう一声!!」

「……僕も、心情的には見逃したいのですが、今回は実行委員ですので、申し訳ありません」


 鬼瓦くんは、マジメが身上の鬼であるゆえ、いくら身内でも不正は見逃さない。

 鬼神Gメン。


「残るは大玉転がし、大縄跳び、二人三脚の3つです。ご希望はありますか?」

 ないよ!! どれも出たくねぇ!!

 そうだ、しばらく黙っていたら、鬼瓦くんの気が変わらないかしら。


「では、大玉転がしにエントリーを」

「まっ! ちょまぁぁぁっ!!」

 横着なんてするものじゃない。

 俺が一番嫌だなぁと思っていた競技にぶち込まれそうになり、思わず声が出た。


「もう、アレだよ! 絶対に玉に巻き込まれて、挙句かれて、失笑を買う未来が見える! それは嫌だ!!」

「では、大縄跳び……。ああ、分かりました。俺が飛べねぇばっかりに皆に迷惑をかけるのは耐えられねぇ、と言うお考えでよろしいですか?」


 すごい、完全なる俺の思考トレース。

 いかにもまったくその通り。

 鬼神完全模倣パーフェクトコピー


「そうなりますと、二人三脚にエントリーですね」

「鬼瓦くんが一緒に出てくれるん?」

「そうしたいのはやまやまですが、先輩と僕では身長差があり過ぎて、まともに肩が組めませんよ」

「……なあ、鬼瓦くん。君じゃなけりゃ、誰がこんなエノキと組んでくれるんだ?」


 悲しい現実、叶わぬ現状、涙流して心は限界。

 何言ってるのかって?

 いや、ヒップホップ調に言ったら明るく聞こえないかなって。

 うん。結果は分かってるから、何も言わないで、ヘイ、ゴッド。


「桐島くん。お話は聞かせて頂きました。わたくしでよろしければ、あなたのパートナーを務めさせていただきますが、いかがでしょうか?」

「ええっ!? 土井先輩とですか!?」


 俺からすれば、不服などあるはずもない。

 むしろ、土井先輩にマイナスが大きすぎる事が、抗議の声を上げる原因となった。

 俺はその旨を正直に伝える。

 あなたが俺と一緒に醜態を晒す必要はないのでは、と。


「何をおっしゃいます。わたくしは、勝手ながら、桐島くんに友愛の心を持っております。一緒に倒れられるのも今年が最後。迷う事がありますでしょうか」



 トゥンク。



 トゥンク案件である。

 俺がヒロインだったら、もうこの瞬間に落ちている。

 色々すっ飛ばして、結婚だよ。

 そんで、エピローグののち、スタッフロールが流れる。


「じゃ、じゃあ、二人三脚、出ようかな……」

 俺と言う男も存外安い。

 憧れの先輩に誘われて、ホイホイついて行くとは。


「それではお二人とも、入場門へお急ぎを」

「えっ?」

「すぐに二人三脚が始まりますので」


 心の準備さえも許されないのかい?

 しかし、「さあ、参りましょうか、桐島くん」と俺の手を引く土井先輩。

 このトゥンクには抗えない。

 俺は、王子様にダンスの相手をわれるシンデレラよろしく、ふわふわとした足取りで入場門へ。


 そして、整列。競技スタート。回って来る順番。


 おい、あまりにもテンポが良すぎるんじゃねぇのか。


「桐島くん。掛け声を決めましょうか」

「うっす。ワン・ツー、みたいな感じっすか?」

「わたくしが兄弟! と申しますので、桐島くんは、わっしょい! でお願いします」



 まさかのお神輿みこしスタイル。

 しかし、俺に先輩の提案を蹴る勇気もなければ権利もない。



「りょ、了解しました」

「なにも一等賞を目指すのだけが競技ではございません。完走を目標としましょう。周りの走者は気にせず、グラウンドには我々だけだと思うのです」

「う、うっす! 頑張ります!!」


 土井先輩も言っていたが、このお方は来年の体育祭にはいないのだ。

 前年度の副会長。俺の目指すべき理想像。

 そんな人と、一緒に肩を組んで汗を流せる。

 こんなに嬉しい事はない。


『さあ、次の組には注目のコンビ! 新旧副会長がタッグを組みます! 果たして、桐島副会長は何度転ぶのでしょうか!?』


 松井さん、この体育祭でちょっぴり口が悪くなった?

 俺の知ってる君は、もっと優しかったと思う。


 そしてバァンと号砲が轟いた。


「兄弟!」

「わっしょぁぁぁああぁぁあぁぁいっ」


 現実と言う残酷な刃が、早々に俺と土井先輩の絆を断ち切りに掛かった。

 よもや、最初の第一歩で転ぶとは。


「す、すみません! すぐに立ちますんで!」

「いえいえ、良いのですよ。ご覧ください、前方を行く彼らを。少々勝気にはやって、美しさに欠けていますね。わたくしたちは、優雅に参りましょう」

 土井先輩はそう言って、俺の肩をポン叩く。


「さあ、行きましょう、桐島くん」

「うっす!」


 俺は走った。

 そして何度も転んだ。

 その度に、土井先輩は優しく声をかけてくれる。


 土井先輩はその華麗な所作に目を奪われがちだが、根底にある、どっしりと地に足の着いたブレない思考こそが真骨頂だと再認識させられる。

 だから、このお方はいつも華麗なのだ。

 卒業されるまでに、土井先輩に認めてもらえる日は来るのだろうか。


「兄弟!」

「わっしょぉぉぉぉい!!」


『今、土井先輩と桐島副会長コンビ、ゴールいたしました! 何度転んでも立ち上がるその根性に、会場からは割れんばかりの歓声が送られます!』



 肩で息をする俺に、土井先輩が言う。

「桐島くん。結果だけ見ると、わたくしたちは最下位でございます」

「はい……。すんません、俺が足を引っ張っちまって」


「足を引っ張られることは、存外嬉しいものでございますよ。それでも気が済まないのなら、これから一人でも多くの人に、足を引っ張られて差し上げてくださいね」



 トゥンク。



 トゥンク案件である。


「やあ! 二人とも、お疲れ様だったな! 良い走りだったぞ! ナイスファイト!」

「コウちゃーん! 頑張ったねーっ! 偉いっ! 褒めてあげるのだー!!」


 天海先輩と毬萌が駆け寄って来た。

 二人の間にはまだ距離があるけども、並んで会話ができるようになっただけでも大したものだ。


「それにしても、桐島くん」

「はい。なんすか?」

「お互いに、完璧すぎるパートナーを持つと、気苦労が耐えないものでございますね」



 それに関してはまったく同感である。

 つまり、俺もいつの日か、柔らかな鉄仮面を手に入れる日が来るのだろうか。

 先輩たちみたいに、大人な雰囲気を売るほどかもし出せる日が来るのだろうか。


「コウちゃん! 見ててーっ! 次はわたしがね、タマ取って来る!!」

「言い方! そんな物騒な競技ねぇよ! ただの玉入れだろ!?」



 その日はまだまだ遠そうなことだけはしっかりと分かる、俺であった。




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