第14話 毬萌と女の子の匂い

「コウちゃん! お昼、一緒に食べよーっ!」

「おう。構わんぞー。どこで食う?」

「そだねーっ。おにぎり買って、生徒会室は?」

「分かった。そんじゃ、着替えてからな」


 四時限目が体育と言うのは、学校側の悪辣な罠が見え隠れする。

 空腹の極みにある育ち盛りの男女を捕まえて、わざわざそのタイミングで過剰な運動を強いると言う行為には疑問を覚えざるを得ない。

 次いで、五時限目の体育にも抗議したい。

 満腹の極みにある状態で、運動をさせるなんて狂気の沙汰だ。


 決して、俺が運動を苦手にしているから苦言を呈している訳ではない。

 そういう側面がないかと言われたらば、多少返答には困るけれども。

 さりとて、四時限目の体育はやっぱり良くない。

 着替えに手間取っている間に学食の席が埋まることによって、昼食の選択肢だって減ってしまうではないか。


 そうだ。体育なんかこの世から消してしまおう。



「お待たせーっ!」

 購買部の前で毬萌と待ち合わせ。


「おう。別に待ってねぇよ。……毬萌、上着どうした?」

「暑いから、教室に置いて来たのだ!」

「……お前。生徒会のチェーンは付けとけよ。生徒会長さんよ」

「みゃっ!? こ、これは、わたしとしたことが……。にははっ」


 人の口癖を真似して笑って誤魔化すんじゃないよ。

 何が厄介かって、そのモフっとした笑顔が割と可愛いから許しそうになるところ。

 いかん。いかんぞ、俺。

 柴犬だって、ちゃんと躾けないと何をしでかすか分からない。

 可愛いからって何でも好きにさせていては、本人のためにもならぬのだ。


「んーっ。コウちゃーん。おにぎりに手が届かないよぉー」

「ったく、しゃあねぇな。俺が適当に買うから、あとで分けてやるよ。待ってろ」

「わぁーい! コウちゃん、頼りになるなぁー」

「そうだろう。そうだろう」


 躾の話? お前、今まさに甘やかしてないかって?

 これはアレだから。悪い見本だから。

 だから、何と言うか、変な目で見るのはマジでヤメて頂きたい。


 そして飲み物を買ったら速やかに生徒会室へ。

「おう。今日は花梨も鬼瓦くんもいねぇのか」

「だねーっ。お友達と食べてるのかな?」


 花祭学園の昼休みは緩い。

 基本的にどこで飯を食おうが誰憚ることない。

 部室で食べる者も多く、ならば俺たちが生徒会室で飯を食うのも問題ない。

 権利の濫用と言われるかもしれないが、普段からバカみたいな量の仕事を捌いているのだから、少しくらい濫用させてくれ。


「ほれ。どれが良い? 梅におかかとこんぶだな」

「みゃーっ! なんでわたしが嫌いなのばっかり並べるのっ!?」

「ははは。分かった、分かった。ほれ、これで良いだろ?」

 毬萌の前に並べるのは、海老マヨネーズ、ツナマヨネーズ、辛子高菜。


「もうっ! コウちゃん! なんか混ざってるっ!!」

 辛子高菜が弾き出されて、俺のおかかが奪われた。

 まったく、酷いことをする。

 どれも美味しいのに。


「……毬萌。おにぎりにココアって合うのか?」

「ほえ? うんっ。普通においしーよ?」

「……まあ、お前が良いなら良いんだが。なんか、見てるこっちの胃が悪くなりそうだ」


「コウちゃんこそ、今日もいえティーじゃん! 渋いのにーっ」

「おにぎりにはこれが最高なの!」

 あと、伊右衛門のこといえティーって言うのはヤメなさいよ。

 流行らせようとしてんのか? 無理だって。



「あー。食った、食った。やっぱ、体育の後だとおにぎり三個でもスッと食えちまうな! ……なにしてんの、毬萌さん」

「んっとね、これ使ってるの!」

 毬萌の手には、ボディシートらしきものが。


「なんだよ、体育終わった後に使わなかったのか?」

「んーん。使ったよー。これはね、にへへっ」

 これはよくない企みをしている時の顔である。

 ちょっと可愛いのが腹立つ笑顔、それこそ証拠に他ならない。


「コウちゃん、女の子の匂いって好き?」

「ゔぁあぁふぇえぇっ! げっほ、げほ……」

 いえティーが気管に! いえティーで窒息するところだった!!


「なにをアホな事を言うとるんだ、お前は!?」

 天才は一つの事に興味を長く持たないと何かで読んだ気がするけども、それはアホの子にも通じる話である。

 唐突が過ぎる。そして質問のチョイスの酷さ。

 そこから導き出される答えは、今この瞬間、毬萌はアホの子!!


「だって、インターネットに書いてあったんだよ! ビオレさらさらパウダーシート石鹸の香りは、ビックリするくらい女の子の匂いがするんだって!!」

 いかん。あまりにもアホな事を言うものだから、眩暈がしてきた。

 そんな俺の態度を「話を続けてよろしくってよ」と判断したらしい毬萌。


「だ、だからさ、わたしも女の子の匂いをさ、い、一応知っておこうかなって! お、男の子が好きな匂いとか、さ!」

「……Oh」

 言葉が見つからねぇよ。


「ど、どう? ドキドキするっ!? コウちゃんも、この匂い好き!? ビックリするくらい女の子の匂いだよっ!!」

 さて、何をどこから突っ込んだらいいものやら。

 俺は、数十秒のシンキングタイムを要した。

 そして、アホな幼馴染が漂わせる、ビックリするくらい女の子の香りに抗うべく、伊右衛門の渋さで脳に喝を入れる。

 伊右衛門濃いめを舐めるなよ。


「毬萌よ」

「な、なにかな!?」

 なんでドキドキしてるの、お前は。



「自分の匂いを嗅ごうって発想はないのか? 一応毬萌、女の子じゃん」



「みゃっ!? ……えと、あのね! ……にへへっ!」


 それから、アホの子による弁明会見が開かれたものの、成果はあがらず。

 ただし、教室に戻る道中、やたらと男子が不埒な視線を毬萌に向けていた。

 俺は、その日の帰り、ビオレさらさらパウダーシート石鹸の香りを没収した。


 毬萌を守るためならば、俺だって時には鬼になるのだ。

 ったく、うちの幼馴染をいやらしい目で見てるんじゃねぇよ!!

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