第15話 花梨とライン

 通信手段の進歩は、この一世紀ほどで目まぐるしく変化している。

 飛脚がえいさほいさと運んでいた手紙が、郵便のシステムで効率化され、気付けば電報、電話が産声を上げて、ポケベル、ファクシミリ、自動車電話。

 更に携帯電話からのインターネット通信、メールが一般に普及して、気付けばメッセージアプリがわんさか生えてくる。


 結局何が言いたいのか。

 今回はラインって便利だよねというお話。



 風呂から上がって飲むコーラの味は格別。

 コツは、風呂に入る前にコーラを注ぐグラスも冷やしておくこと。

 そこに氷を適量ぶち込んで、コーラを入れたらもう大変。

 一日の疲れがどこかへ飛んで行ってしまう。


 俺がコーラの虜になっていると、寂しかったのかスマホが鳴いた。

 可哀想なことをしたなぁと拾い上げると、新着メッセージが。

 花梨からであった。


『せんぱーい! 今ってお時間ありますか?』

 フランクでありながらも礼儀正しい。

 実に素晴らしい一文である。

 花梨の隠し切れないインテリジェンスを俺はこの短い文章に見た。


「おう。いかん、いかん。返事をせねば」

 既読付けた上で感心してたら、花梨に悪い。

 アレでしょ? 既読スルーって、女子にやると島流しにされるんでしょ?

 そのくらいの知識、俺だって持っている。

 島に流されるのは嫌だし、花梨を待たせるのも嫌だ。


『おう。どうした? 全然平気だぞ』

 いささか素っ気ないか。

 そんな時に便利なのが、スタンプ機能である。

 俺のような無頼漢には大変ありがたい。

 誰が無頼漢かって? だから、俺だよ。


 俺は、親指を立ててご満悦なポン●のスタンプを張り付けた。

 このタヌキ、意外と汎用性が高い。

 しかも何かのサービスとかで、無料だった。

 ポ●タ、すごく良いタヌキである。


『良かったですー! あのですね、今日、もしかしてあたし、生徒会室にコップ出しっぱなしで帰ったりしてなかったですか!?』

 そう言えば、今日は花梨、先に帰ったなぁと思い、さらに記憶の糸をたぐる。

 ……確かにテーブルに置いてあったな。


『俺が片づけといたから、問題ないぞ』

 そう返信すると、凄まじい勢いで猫が土下座しているスタンプが連打された。

 あらやだ、猫ちゃんカワイイなぁと思っていると、メッセージが。


『すみませんでした! あたし、先輩にお片付けさせちゃうなんて! 本当にごめんなさい!! だらしない子だって思いましたか……?』

 何やら、とんでもなく責任を感じさせてしまったようである。

 これはいかん。●ンタの出動である。

 笑顔が満開のタヌキを出陣させたのち、俺はフォローに回る。


『いやいや、気にしなくて良いぞ? どうせ毬萌のヤツも片づけたし、ついでだよ、ついで! むしろ、几帳面だなぁって思ってるぞ』

 だって、ちょっとコップ片づけ忘れただけでわざわざラインで謝るんだもの。

 毬萌なんて、「じゃんけんで負けた方が片づけだよーっ!」とか言ってきやがったもの。

 あいつ、じゃんけんが驚異的に強いんだよ。

 今日だって普通に負けた。


『よ、良かったですー! 本当にすみませんでした! 桐島先輩が優しい人で、あたしはとっても幸せです!』

 そして続けざまにハートを乱舞させる猫のスタンプ。

 女子のスタンプのチョイスって本当に可愛らしいなぁと思わずうっとり。


『まだ慣れない事の方が多いんだから、いくらでも頼ってくれて構わんぞ』

 俺も何か気の利いたスタンプを貼り付けたいのに、元々あるヤツ以外だと、ポン●しかいない。

 しかもポ●タ、割と表情のパターンが少ない!

 俺は、無料で貰ったスタンプにも関わらず、タヌキに少し怒りを覚えた。


『じゃあ、明日から全部先輩に頼りますね! 着替えとかも頼んじゃいます!』

 どうやら花梨も元気が出てきたようで何より。

 よし、ここはひとつ、俺もテンポよく返そうじゃないか。



『ははは。それは鳩としてどうなんだろうな』



 それまで小川のせせらぎのように優しく流れていたメッセージのキャッチボールが、不意に止まる。

 なにゆえかと思い、直近の自分の文章を見てみると、原因判明。


「しまった。誤字っちまってるじゃねぇか」

 「人として」と打ったつもりが「鳩として」になっている。

 多分、聡明な花梨の事だから、俺の間違いをどう指摘するか悩んでいるに違いない。

 新入生総代の頭をそんなつまらない事に使わせてはならぬ。


 急いで訂正して「ごめんな!」と追加でスマホをペシペシやっていると、花梨から連続でメッセージが送られてきた。

 やはり、相当に気を遣わせてしまったのだろう。

 多分、やんわりと俺の間違いが指摘されて……。



『あたし、鳩としての視点に立ったことがなかったので、目から鱗でした!』


『やっぱり先輩ってとっても深いお考えをお持ちなんですね!』


『あたしも、もっとパンの耳とか、お豆とか、雑穀とか、欲しい欲しいって思うハングリーさが大切だと思いました!』


『明日から、早速実践してみます!! 夜分にすみませんでした! おやすみなさい!!』



 新入生総代ってすごいなぁ。

 鳩にもなれるんだ……。



 翌日、俺は花梨に謝った。

 彼女は顔を真っ赤にして「も、もぉー! あたしの勘違いを見て喜んでたんですか!? ひどいですよー!!」と口を尖らせた。



 その表情がとても可愛らしかったので、「また今度、変な文章送ってみよう」と、不埒な事を考える俺であった。

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