第16話 生徒会と海の生き物

 本日の生徒会は、全員で事務仕事にかかりっきり。

 こんな風に仕事が偏る事もあるだろうけども、カタカタとキーボードを叩く音と、カリカリとボールペンの走る音だけが部屋を占領しているのはどうか。

 実に無機質で、なんだか寒しいじゃないか。

 これでは、全員の士気だって上がらないだろう。

 そこで、俺は仕事の妨げにならない程度の雑談に打って出る事を決めた。



「なあ、みんなって、海の生き物で好きなヤツいる?」

 我ながら、何と無難な話題のチョイスだろうか。

 毒にも薬にもならない代わりに、考え込んで作業効率を落とす訳でもない。


「おーっ! コウちゃんが雑談を仕掛けるなんて、珍しいねーっ!」

 やはり最初に乗って来てくれたのは毬萌であった。

 恐らく、俺の意図を読んでの発言だろう。

 さすがは長年連れ添った幼馴染。

 縦の糸は毬萌。横の糸は俺。


「ちなみに、俺ぁマグロだな! だって、美味いじゃねぇか!!」

「ぷっ、ふふっ! 桐島先輩、食べる方の話なんですか? 普通、目で楽しむ方ですよ! あはは! おかしいです!」


 俺、渾身のマグロジョークが花梨に刺さった瞬間であった。

 マグロなんて年に数回食べられたら良い方だが、今度食卓に並んだ時には、口の中に放り込む前に胸の前で十字架でもきってやろう。


「そういう花梨はどうなんだ? 実は、ハマチとか言うんじゃねぇの?」

「言いませんよー! あたしはですねぇー。ペンギンさんです!」


 花梨の可愛らしいチョイスに、今度は俺がほっこり。

 良いよね、ペンギン。

 陸上ではヒョコヒョコ歩くくせに、水中に入った途端ものすごく速くなるギャップとか、良いよね。


「僕も意見を述べてもよろしいでしょうか?」

 鬼瓦くんも会話に参加。

 良いじゃないか。乗って来たな、みんな。


「当たり前じゃねぇか! 鯛か? ヒラメか? 分かった、カジキか!?」

 鬼瓦くんは当然食す方のチョイスで来るだろう。

 そう考えた俺の人としての底の浅さよ。

 相手のイメージを勝手に作るなと、俺は自分に言い聞かせる事になる。

 公平の名前が泣いているぞとも。


「テングモウミウシと言うのですが」

「えっ!? なに!? テングモ!?」

 聞いたこともない名前に、俺は作業がストップ。

 反対側の花梨も同様だったようで、書類を置いて、スマホを取り出す。

 グーグル先生頼りの検索タイムである。


「あーっ! あの子、可愛いよねーっ! さすが武三くん! お目が高いっ!!」

「毬萌先輩、ご存じでしたか。はい。僕も先日知ったばかりなのですが、あの見た目には心を射抜かれてしまいました」


 鬼の心を射抜くって相当な事だぞ!?

 ええい、早く動け、俺のパソコン!

 俺の相棒、古いから他のウィンドウ開いているとなかなか稼働しないんだよ。


「わぁー! すごい! 可愛いです……! 鬼瓦くんのくせに、やりますね!」

「ひどいなぁ、冴木さん。この、目がつぶらで堪りませんよね。あと、なんて言うか、ポケモンがゲーム機から飛び出して来たみたいな見た目も」

「だよねーっ! コウちゃんとか絶対好きそうっ!」



 動けよ、パソコン!!



 ちくしょう。見た目がポケモンみたいとか、すっげぇ興味がある!

 それなのに、俺のパソコンはグーグル先生どころが、ウェブブラウザすら開けていない!!


 なんだ、アレか? この4つ同時に開いているWordのせいか!?

 そうこうしている間にも、皆がテングモウミウシで盛り上がっている。

 もう、いっそ消すか!?

 教頭から押し付けられた二年生の修学旅行希望地のアンケート結果なんて、消しちまうか!?


「コウちゃん! ほら、これだよ! この子! 可愛いよねーっ!」

「おう!? どれだ!?」

 そしてみんなに遅れる事数分。

 俺もやっとテングモウミウシと対面を果たす。


「ああああああああああいっ!! 可愛ぇ……!! なんだこいつ! 好き!!」

「だよねーっ! コウちゃん、絶対好きだよねー」

「毬萌、知ってたんならもっと早く教えてくれよ! ちょっと俺、ネットでこいつのフィギュア探すわ! Amazonにあるかな!?」


 仕事!? 良いんだよ、そんなもの!

 修学旅行なんて、みんなで京都に行けばいいんだ!!

 京都最高じゃないか! はい、決まり、決まり!

 俺とテングモウミウシの仲を引き裂くWordは消しまーす!!


「もうっ! ちゃんとお仕事しないとダメだよっ!」

「あああああっ! 何すんだよ、毬萌ぉ! せっかくブラウザ立ち上がったのに!」

 隣から伸びてきた毬萌の手が、やっと立ったウェブブラウザを消す。

 頑張って立ち上がったのに足払い仕掛けるなんて、酷いじゃないか。


 その後、毬萌に「コウちゃんは先輩なんだから、ちゃんとしないとダメっ!」と、至極まっとうなお説教を賜った。

 そう言えば、当初の目的は職場の空気を明るくする事だったねと、俺は反省。

 逸脱した行動からの再起を図るついでに、毬萌に聞いてみた。


「ところで、お前は何が好きなんだよ?」

 一人だけ言わないなんてズルいぞ。

 すると毬萌はにんまり笑う。



「わたしはね、アザラシ! 成長するとトドになるとことか、好きだなーっ!」



 こいつ、俺への注意で力尽きて、アホの子になっていやがる……!


 幸いなことに、まだ毬萌と知り合って日の浅い一年生コンビは、「毬萌先輩の冗談っていつも面白いですよね!」と、好意的に受け取ってくれる。

 俺は速やかに毬萌を学食へ連行して、ココアを飲ませる。

 軽度のアホの子モードは、甘いものなどで大概治る。


 こいつがスキだらけになって良いのは、俺の前でだけなのだ。

 まったく、手間のかかる幼馴染である。



 ちなみに、アザラシはどんなに間違ってもトドにはならない。

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