第13話 鬼瓦くんと進路相談

「ゔぁあぁぁあぁっ! 先輩、桐島ぜんばい!!」

 このバリトンボイスが特徴的な、高身長でマッチョなナイスガイ。

 おおよそ俺の理想とする男の体型を持っている、ステキな後輩。

 名を鬼瓦武三くんと言う。

 生徒会役員最後のメンバーにして、会計のスペシャリストでもある。

 感情が昂ると咆哮する習性を持つが、それもまた個性。

 今日は、そんな彼のお話。



「おう。どうした、鬼瓦くん。またゴキブリでも出たか!?」

 彼は屈強な見た目と遠雷のような声。

 そして鬼のように整った顔立ちから、鬼神と呼ばれる。

 しかし、中身は女子力高めなのだ。


 先日、生徒会室にゴキブリが発生して、キャーキャー言う女子どもがうるさいので始末すると、鬼瓦くんに思い切り感謝の強烈なハグをされた。

 その日から数日、俺は全身を襲う鈍痛に苛まれた。

 つまり、ゴキブリは見つけたら殺さなければならぬ。

 誰のためでもない。俺の体の安寧のために。


「……失敬。取り乱してしまいました。少し悩みがありまして」

「ほほう。俺で良けりゃあ話を聞くが?」

「本当ですか!? ゔぁあぁぁぁっ! 嬉じいでず!!」


「あーっ! わたしも聞くよーっ!」

 書類の山に埋もれていたアホ毛がピョコピョコ動く。

 現在、決裁印をペタペタやる事に全てを賭けさせている、うちの生徒会長である。


「おーおー。じゃあ、意見が必要な時にゃ呼ぶから。毬萌は仕事してなさい」

「むーっ! コウちゃんの鬼ーっ!!」

 鬼は鬼瓦くんだろうに。


「それで、どうした? 何でも話してくれ」

「はい。実は、両親と進路の事で揉めてしまいまして。先ほど、謝罪の電話があったのですが……。僕はどうしたら良いのか分からなくなってしまい……」


 それで感極まって咆哮したのか。

 花梨が別件で出張中なのは助かった。

 あの子、まだ鬼瓦くんの咆哮に慣れていないからなぁ。


「おう。そもそも疑問なんだが、鬼瓦くんちって、洋菓子屋だよな?」

「はい」

「そだよーっ! 大人気店だよっ! どれも美味しいんだよっ!」


 会話に入ってくる毬萌。

 ただ、姿は見えないが、書類の山が少し減っているし、アホ毛もピョコピョコ動いているので、まあ会話への参加を許してやろう。


「それで進路の話ってこたぁ、もしかして、継ぎたくねぇとかか? ああ、いや、デリケートな話だよな。言いたくなけりゃ、言わんで良いぞ?」

「いえ。その逆なのです」

 デリケートじゃない、つまりワイルドな話かな?

 熊と闘う時の戦略とかだと、俺じゃあ力になれそうにもないが。


「つまり、武三くんは、お家を継ぎたいんだよねっ!?」

 アホ毛が俺の疑問を解消してくれる。

 なんて賢いアホ毛だろう。


「はい。僕は、高校を卒業したらすぐに店で修行をしたいのです。もう、既に出来る事は始めています。お菓子作りが好きなので」

「ははあ、なるほど。親御さんは、それに反対なのか」

「そうなのです。両親は、大学に行ってからでも遅くはないと」

「ふむ。まあ、希望がどうしたってのは置いといて、良いご両親じゃねぇか」


 息子の将来の選択肢の幅を少しでも広げてあげたい親心だろう。

 だが、鬼瓦くんの言い分も分かる。

 自分の好きな事が家業だなんて僥倖には、早々巡り合えるものじゃない。

 ならば、その恵まれた環境に没頭したい、と。

 話は分かったが、アドバイス出来る事は少なそうである。


「こればっかりはなぁ。親御さんとよく話し合うしかねぇよ。まだ、幸いにも君は一年生なんだし。進路選択まであと二年くらいは時間がある訳だから」

「はい……。先ほど、母にも、これから一緒に話し合おうと言われました」

「おう。そりゃあ良い事だな。つーことは、今できる事をしっかりやっといた方が良い。特に勉強な。進学決めたのに準備してませんじゃ締まらんからな」


 偉そうに講釈垂れている俺であるが、試験前はいつも毬萌の世話になっている。

 ただ、天才の家庭教師を受けているとしても、それでちゃんと学年次席なんだから、それはそれで凄くない? ねえ?

 ああ、今そんな話してないって? それもそうだけども。


「わたしはね、将来の夢、決まってるんだよーっ!」

「ああ、知ってるよ」

「そうなのですか? よろしければ、お聞きしても?」

 大した事じゃないから、多分ガッカリすると思うぞ。


「お嫁さんだよっ! んっとね、子供は三人欲しいかなっ!」

「ゔぁあぁぁあぁっ!!」

「うおっ!? どうした、鬼瓦くん!?」

「僕は、僕は感動しました! 毬萌先輩は、何でも出来る素晴らしい才能をお持ちなのに! 愛のために自分の希望を抑えるその姿勢! ご立派です!!」


 いや、そんな大層な理由じゃないと思うぞ。マジで。

 だが、褒められたのが嬉しかったのか、アホ毛がピョコピョコ動く。


「ぬっふふー! でもでも、武三くんもすっごく立派だよ! まだ高校生になったばかりなのに、進路について真剣に悩むの、偉いと思うなっ!」

「ゔぁあぁぁぁっ!! 恐縮です!!」

 それに関しては、確かに毬萌のアホ毛の言う通り。

 実に立派な心意気である。


「そう言えば、桐島先輩の進路も教えて頂きたいです! きっと、先輩ならば完璧なプランを練っておられるのでしょうね!」



 ゔぁあぁぁぁっ。



 これだけ偉そうな態度を取った俺が、まさか「実は全然考えてねぇんだな、これが!」と言い出せる空気ではない事は分かる。

 逆に言うと、それ以外は全部分からない。


 俺は思った。

 台風って良いよね。あらかじめ、進路が決まっているんだもの。

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