第12話 毬萌とスマイル
「コウちゃーん! 来たよーっ!!」
出たな毬萌め。
「あっ! それ新しいコンビニのスイーツだぁーっ!!」
しかも目ざといヤツめ。
俺が買ってきた春の新作スイーツがロックオンされた。
だが、今日の俺は徹底抗戦の構えであった。
俺のいちごみるく大福と桜もちは絶対に譲らん。
「ねーねー、コウちゃん! 桜もち、二つあるんだねっ! 偶然だなぁー」
偶然だよ! たまたま二個入りだったんだから!
「お前、これは俺のだからな!?」
「もうっ、分かってるよー。……じゅるり」
そのよだれは分かってないヤツ!!
「あのな、いい機会だから言っとくが」
「ほえ? なぁーに?」
「お前はいっつも俺の食い物を横取りするけども、世の中ってのは、何かを得るためには何かを支払わにゃいかんのだ」
鋼の錬金術師にもそう書いてあったから間違いない。
「横取りなんて人聞きが悪いよぉー。半分こしてるだけだもんっ!」
「お前の半分は半分じゃねぇんだよ!! 今日の昼飯のジャムパンだって、半分ちょうだいって言って、八割くらい持ってたろうが!!」
「あれは、中身のジャムの配分を考えたら正当な半分こだよぉー」
「嘘つけ! 俺のジャムパンにジャムなんてなかったぞ! あれじゃあもうパンだよ! ただのパン!!」
興奮する俺を見て、毬萌はニッコリ。
「まあまあ、コウちゃん。コーラでも飲んで落ち着いて」と言う。
言われた通りにコーラを飲むと、落ち着いた。
世の中が誰を中心に回っているのかは判然としないが、少なくとも俺が基点になっていないことだけはハッキリと分かる事案であった。
「じゃあね、こうしようっ! わたしは、コウちゃんに対価を支払うから、コウちゃんはまず、その桜もちを一つちょうだいっ!」
「えっ、なに!? どういう事!?」
もうその提案がおかしい気がするのに、毬萌が自信満々に言うと、正しい発議がなされた様な気になってくるから、天才って怖い。
「だからね、桜もち一つ分、わたしがコウちゃんに良い事をしてあげるのだっ!」
「……それ、絶対に良い事だろうな?」
「もちろんだよーっ! わたしがコウちゃんに嘘ついたことなんてないでしょ?」
「嘘つけ! もう、その発言が嘘だ! だ、騙されてたまるか!!」
この口論が既に毬萌の仕掛けたトラップだった事に気付いたのは、俺の可愛い桜もちちゃんが毬萌の口の中に入ったあとになってからであった。
「あ、あああああっ! お前ぇぇっ! くぅぅっ、ちくしょう、やられたぁぁっ!!」
「あーむっ。んーっ! これは良い桜もちだねぇー! とっても甘い!」
なに? もっと怒らないのかって?
いや、毬萌に食べられたのは俺にスキがあったからだし、もうなくなったものに対してキレ散らかしたって何も生まれやしないじゃないか。
「コウちゃん、コウちゃん! そう落ち込まないでっ!」
「うるせー。もう、こっちの桜もちは食うからな。お前に取られる前に!」
「今から、桜もち一つ分の対価をコウちゃんに授けてしんぜようっ!」
「あー。甘い。塩気もいい具合だ。……それ、嘘じゃなかったのか」
「そだよーっ! もうっ、コウちゃんはもっと可愛い幼馴染の事を信じていいと思うんだけどっ!」
これまで一体何百回、いやさ何千回、その信頼を裏切られてきたと思っとるんだ、お前は。
だったら信じなければ良い?
バカ野郎。幼馴染の言う事を信じられなくなったら、世の中おしまいだよ。
「……で、対価とやらは? 肩でも揉んでくれるのか?」
「……にひひっ!」
毬萌は、これでもかと言うほどの満面の笑みを見せる。
その明るさは驚異的であり、停滞する社会経済をも照らすのではないかと思われた。
端的に言うと、たいそう可愛い。
が、しかし。
それが何だと言うのだ。
可愛い幼馴染に可愛い笑顔を向けられて、何か起きると言うのか。
「……おう。それで?」
凡人の俺には理解できない高度な何かが行われた可能性に賭けて、俺は聞いてみた。
「にへへっ! お礼のスマイルだよっ!」
「ああああああああいっ! ちくしょう、また騙されたぁぁぁぁぁっ!!」
「むーっ。こんな美少女のスマイルを桜もち一つで見られたんだよー?」
「スマイルなんて、某ファストフードじゃゼロ円で売ってるじゃねぇか……」
すると毬萌は、人差し指を立てる。
これは、俺の間違いを正す時のポーズである。
「それはね、店員さんの義務感によるものから作り出された、相手に対して特に感情を抱いていない上っ面だけの笑顔だから、ゼロ円なんだよっ!」
お前、ヤメろよ、そういうリアルな話ぶっこんでくるの……。
「そんじゃあ、お前のスマイルには何か感情が込められてんのか?」
「ぬふふーっ。もちろんだよっ! 当たり前じゃん!」
そんな事を言われると、気になってしまう。
ああ、また俺の悪い癖が出ている。
「……ならよ、その心は?」
「コウちゃん、イチゴ大福、一口ちょうだーい!」
「ばっ! おまっ! ばっ! その手はもう食わんぞ!? またお前! こんにゃろ!!」
「えーっ? コウちゃん、わたしのスマイルに込められた気持ち、知りたくないの?」
……苦渋の決断であった。
「絶対一口だかんな!? いいか、一般的なサイズの一口だぞ! 絶対、あああぁああぁあぁぁぁぁああぁぁっ!!!」
そして毬萌に、いちごみるく大福の苺とミルクを根こそぎ奪われた。
これ、もう餅じゃん。
ちょっと味のする、餅じゃん。
そして毬萌は「にひひっ」ともう一度笑い、こう答える。
「それは内緒なのだ! コウちゃんが正解に気付いたら、その時教えたげる!!」
こうして俺は、いつものように食い物を毬萌に奪われたのだった。
どうせ、特に何の感情も含まれてねぇくせに……。
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