第302話 公平と初陣 ~鬼の騎馬に乗って~

 その時は突然やって来た。


「桐島先輩。ご準備を。先輩の初陣です」

 俺の前には、「腹切る前に死装束しにしょうぞくに着替えなさいよ」と言う鬼瓦くん。


 今回の体育祭、俺は自分が何に出場するのか、実は自分でも知らない。

 どうせ何に出たって酷い目に遭うのは分かり切っているし、何を選んだって結局酷いところに行きついてしまうのだから、選択の意味がない。

 前日の会議の際、そう鬼瓦くんに伝えたところ、彼は言った。


「では、不肖ながら、僕が桐島先輩の出場競技のプロデュースを!!」


 その時は、特に何も考えずに「あら、そう? そんじゃ、まあ、良い塩梅あんばいに頼まぁ」と適当な返事をした俺であるが、ちょっと、いやさ、かなり後悔。

 時を戻してはくれないか?

 えっ? 今日も無理なの?

 ぺこぱの派手な方、その辺にいない!? 探してきて、ヘイ、ゴッド!!


「桐島先輩、早く致しませんと、もう入場のお時間が迫っております」

「うん。そうね。……ああ、ちょっとアレだなぁ。お腹が、モニョっとするなぁ」

「先輩、先ほどお花を摘みに行かれたではないですか」

「そう言えば。……いや、まだ摘み足りないなって。お花畑にしたいじゃん?」

「桐島先輩。僕を信じて下さい」

「いや、信じてる! 信じてるから、ちょ、まっ!! まっ!! おまぁぁぁっ!!」


 だって、だって鬼瓦くん!

 これから行われる競技って、アレじゃないか!!



 ——騎馬戦だよ!?



 騎馬戦とは、相手のハチマキを奪うためならば武器を用いない限り、何をしても許されると言う狂気の競技だと聞き及ぶ。

 俺は、中学生の頃から、「この競技にだけは近づくまい」と、神とゴッドと天国のひいばあちゃんに誓っていた。



 だって怖いじゃないか!!!!



 ハチマキを奪うってとこは、顔面に向かって手刀とかパンチとか、その他諸々が飛んでくるんでしょう?

 まあ、さすがに俺が騎馬の上って事はないだろうけども。

 それでも、馬だって充分に危ない。

 肉弾戦じゃないか。男の筋肉と筋肉がはち切れるまでぶつかり合うんだろう?

 俺、すぐにはち切れちゃうって。


「大丈夫です、桐島先輩。先輩のお考えのように、危険な場所ではありません」

 優しいトーンの鬼瓦くん。

 あ、もしかして、指揮官かい?

 自分の陣地で適当に声出しとけ、みたいな事かい?


 なんだなんだ、それならそうと言ってくれたら良いのに!

 鬼瓦くんも存外人がわる


「騎馬の上ですから、安全です!」



「嫌だぁぁあぁぁっ! 俺ぁ、絶対にそんなもんにゃ乗らねぇかんなぁぁぁぁっ!?」



 よりにもよって、騎馬の上!?

 バカじゃないの、鬼瓦くん!?

 「タマ取ったる!」って躍起になった狂戦士バーサーカーたちが狙ってくる、タマ本体じゃん!!

 もう危ないとか、安全とかの範疇じゃないんだよ!!

 頭が取れちゃう! 俺の頭、接合が緩いから!!


 そ、そうだ。

 男としてどうなのだと思わんでもないが、命は大事だ、仕方ない。

 うちの女子たちに、助命嘆願してもらおう。

 紛いなりにも惚れた男が、死地におもむくのを良しとするはずがない。


「な、なあ、お前ら!!」


「コウちゃん、騎馬戦がんばれーっ!! しかも、上なんだねっ! すごーいっ!!」

 違う、毬萌!

 止めてくれないと、俺が空の上に昇って行くことになるんだよ!!


「あたし、写真いっぱい撮りますね! 先輩のカッコいいところ、見逃しません!!」

 違う、花梨!

 止めてくれないと、その写真が俺の遺影になっちゃうんだって!!


「頑張れーっ! コウちゃーん!!」

「ファイトです! 公平先輩!!」



 ダメだこいつら、ウキウキしてやがる!!



 こうなったら、テントの柱にかじりついてもここを動かんぞ!

「では、挨拶も済んだことですし、参りましょう、先輩! 失礼!!」

「ひぃやぁぁあぁぁぁあぁっ!! やめてぇー! 行かんとってぇぇぇっ!!」


 鬼瓦くんの前で抵抗するのなら、最低でも2トントラックくらいは用意しないと無意味なのである。

 そんな事は分かっていたが、分かっていたが!!

 ああ、もうこうしている間にも入場門に近づいていく!!

 って言うか、もう着いた! なにこれ、一行ごとに死へ近づくの!?


「足立です。相撲部です。副会長、よろしくお願いします」

「はへぇ?」


「堀内です。ラグビー部です。絶対に勝ちましょう。副会長」

「ほへぇ?」


「桐島先輩。僕が声をかけた、一年生で最もパワフルなお二人です。彼らには、両翼を担当して頂きます。そして、先頭は僕が。露払つゆはらいはお任せください」


 そこには、鬼神と呼ぶには物足りないが、半年前まで中学生だったのが冗談みたいな、屈強と呼ぶに相応しい男子が二人いた。

 そこに加わる、我らが鬼神。

 なるほど、頼もしさはある。

 だけど、それとこれとは話がべつぁぁぁぁぁぁぁぁぁ



 ——担がんとってぇぇぇぇぇ!! まだモノローグの途中だからぁぁぁぁぁっ!!



「足立くん。堀内くん。打ち合わせ通りにお願いします」

「了解だ、鬼瓦くん」

「こちらもオッケー。約束の件、頼むよ?」

「ええ。相撲部とラグビー部の試合、一度切りですが、助っ人として参加します」


 そんな密約が結ばれていたのか!

 と言うか、ちょっと、これは、アレだ。



 高い! 高い高い高い!! 怖い怖い怖い怖い!! 入場門が頭のすぐ上にあるよ!?



「桐島先輩。作戦をお伝えしておきます」

「……うん。終了までとにかく逃げて?」

「僕たちが相手の騎馬を崩しますので、先輩は怯んだ騎手を仕留めて下さい」

「……やだ。嫌だ、嫌だ!! そんなことできるかい!!」


 すると、俺のまたぐらの下にいる三人が顔を伏せる。

 もしかすると、俺の余りの情けなさに失望したのかい?

 オーケイ、そいつで手を打とう。

 今からでも遅くはないから、どこかから、代わりの騎手を連れておいで?

 こんな豪華な騎馬に騎乗するに相応しい人を、ね?


「自分、感動しました! 副会長、今から戦う相手の事を気遣って!」

 ううん? 違うよ? 足立くん?


「鬼瓦くんからお話は聞いていましたが、なんと心優しい人なんだ!」

 ごめんね、聞いて? 違うんだよ? 堀内くん?


「鬼瓦くん、絶対にこの人を勝たせよう!」

「そうとも! 戦場で副会長一人になるまで、戦い抜こう!!」

「お二人とも……! ええ、もとよりそのつもりです!! ゔぁぁあぁぁっ!!」

 さすがは鬼瓦くんのお友達だね。



 俺のことを美化し過ぎているところまでそっくり!!



『それでは、これより全学年入り乱れて、男だらけの大騎馬戦を開始いたします! グラウンドに飛び散る、汗と砂埃と血しぶきを、どうぞご覧あれー!!』



 松井さん! 何言ってんの!? 血しぶきってなに!?



「ゔぁあぁあぁぁっ!! 頑張りましょうね、桐島先輩!!」

 砂埃すなぼこり舞うグラウンド。気付けば、周囲は見渡せど見渡せど、男、男、男。

 その誰もが血と肉を求めているようであり、俺は全てを諦めた。



 ひいばぁちゃん、今日、俺はそっちに行くかもしれません。


 そして戦いを告げる号砲が轟く。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


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