第3話 バイト三昧の俺が部活見学をする

二年に入ってほぼ初めてのクラスで、話せるようになったのは俺の前の席に座る宍粟だった。女性との会話はそんなに抵抗はない。むしろ慣れてしまっている。きっとバイトで得た経験だろう。女性の人たちに囲まれて過ごしていると、なんとなく慣れてくるものだ。こうすればほめてくれる。こうすれば喜んでくれる。そういうことが解ってくる。それはパートのおばちゃん然り、お客さん然り。


時間はお昼休憩になった。午前中の授業はほぼ聞いているだけで、この時間座っているだけで果たしていくら稼げただろうと、お金の計算ばかりしていた。お金の計算はいい。脳トレになる。あと小銭の出し方によってはおつりが少なくなる。いつもはお釣りを返す側だから、あと一円あれば小銭をたくさん返さずにすむのに、とか。そうやってバイト先で迷惑にならないように授業そっちのけでお金の計算をしていたのはここだけの話にしよう。さて、お昼ご飯の時間だ。この学校にはたしか購買があるはず。…は! 購買部はないんだろうか? この昼休憩に購買のおばちゃんのお手伝いをして時給をもらうという部活…


俺は部活動一覧表をまた机に広げて探した。

「こんどはなにしてんの? ちやみくん」

後ろを振り向いた宍粟が俺に話しかけてくる。

「購買部はないか探してるんだよ。入部したら学校でも稼げるだろ?」

「いやいや、ないから! それバイトになっちゃうから!」

そうだよな、お金がもらえる部活なんて、ないよな。チッ。

「稼ぎたいならこの投資部とか? それなりのリスクいるけど?」

やだよ、俺は稼ぐなら汗水流して、自分の努力があったうえでの報酬として欲しい。俺、結構真面目なんだぞ。投資なんてそんな難しいものに手は染めない。絶対。

「そういうのは投資に興味のあるやつがすればいい。俺は自分の手で頑張った分の報酬を欲してるのだよ」

「だよって。それよりお昼ご飯はもってきてるの?」

「いや、購買に買いに行こうと思ってたらそういえば購買部というのはないのだろうか? と閃いて今に至る。なんか買ってくるか」

俺は一覧表をまたしまった。たくさんありすぎてまだ全部は把握しきれていない。

「うちの学校の購買パンはメロンパンがオススメだよ!」

「メロンパンってさぁ、なぜメロンパンっていうんだろうか? 別にメロンの味はしないよな?」

「確かに…メロンソーダもメロンの味がしないね」

「どこからメロンという言葉が出てきたんだろう。あの縞々からか?」

やばい、メロンという言葉がゲシュタルト崩壊しそう…

「…ふふふ、ちやみくん面白いね。うん、楽しい。ふふふ」

宍粟は笑う。口元を手で押さえながら笑い声をこらえて笑っている。

それを見て俺もつられて少し笑ってしまった。




購買は教室棟から離れた建物のところにある。広さは体育館の半分ほどだ。外には自販機が数台あり、テラス席が数席ある。まるで道の駅のようなサービスエリアのような雰囲気。カップコーヒーの自販機、紙パックの自販機、缶の自販機、もしかしたら全種類の飲料自販機があるのではないかと言わんばかりだ。なぜここまであるのか謎ではあるが、自販機の多さにすこしワクワクした。

中に入るとショッピングモールの広いイートインコーナーと同じように机と椅子が並んでおり、壁際には厨房と、焼きたてパン、売店がある。売店は駅のホームにあるものと同じで新聞も雑誌も置いてある。そのほかには文房具や授業で必要なものが販売されていた。ちょっとした文具店だ。その横には焼きたてパン屋、というか某ドーナツ屋さんを彷彿とさせる売り場になっている。トングと器をもって自分のほしいパンを取ってレジに向かうシステム。パンを買う生徒は横一列に並んで商品を選んでいる。焼きたてパンなのだろう。甘い匂いが充満して、さらにおなかが空いてきた。宍粟がメロンパンがオススメと言っていたので、メロンパンを買うことにした。会計に並ぶと俺のバイト先のレジ店員とほぼ変わらない制服のおばちゃんが会計をしてくれた。袋詰めの手際のよさ、レジ打つ速さ、金銭授受の速さ。そしてここはスーパーではないので、レジ打ちもほとんど手動。商品をみてその金額を打ち込む。これはここの人ならではの早打ちに違いない。さすがベテラン。俺は自分の支払金額よりおばちゃんたちの手捌きに見とれてしまった。お釣りの返しも早かった。小銭も受け取る側がわかるようにレシートの上にのせて確認して返してくれた。なるほど、宮前主任が金銭授受をきちんとしてほしいといっていた理由がお客側になって初めてわかった。


買い終わり、ふと見渡すと席についていた宍粟がこっちと言わんばかりに手を振っていた。

「ちやみくん! こっちこっちー!」

朝のデジャブを見ているような感覚。俺はその言葉に反論せず宍粟のところへ向かった。

「メロンパンかったんだ! 美味しいっしょ?」

いや、まだ食べてないし。

「あら? 梢の彼氏さん? あなたいつの間に彼氏なんてつくったのかしら?」

その声は宍粟の向かいに座っている女子生徒だった。というか誰なんだ?

「彼氏じゃなくてー、ずっと学校来てなかった不良くんだよ~」

お前か、お前が俺を不良扱いしてたんか?!

「そうなの? 不良くんなの? なに、先生に叱られたの?」

その子は俺に興味を持ち始めた。だから不良じゃないし、真面目な高校二年生だし。

「家庭の事情で学校に来ていなかっただけで。まぁ先生には叱られましたけど」

宍粟は自分の横にどうぞと椅子の背もたれの部分をポンと叩いた。ので、俺は必然的に宍粟の横の座ることになった。

「そうなの。不良くんなら、私たちの【なん同】活動に参加していただきたかったのだけれど」

その子は外の自販機でかったであろうおしるこをずずずっと飲んだ。

え、今の時期におしるこですか? そもそもこの子はだれですか?

「大丈夫だよ、リコちゃん! 彼、なん同にいれるから!」

いやまてまて、お前たちで話を進めるな、というか、なん同ってなんだ?

「そう。それはそうと、梢。私の自己紹介と彼の自己紹介がまだなのだけれど」

「あー! 忘れてた! うちのクラスの不良くんこそちやみとかいてちー…なんだっけ?」

宍粟、お前がちやみちやみいいすぎて本来の名前忘れているじゃないか。

俺の名前は千屋実だ!

「千屋実樹、宍粟の同じクラスの」

「はじめまして、ちやみさん。私は神代こうじろリコ。A組。呼び名はこうちゃんでもこうじろーでもリコリコでもなんでも構わないわ」

なんだその男性っぽい名前と地下アイドルのような呼び名のオンパレードは。普通に呼ぶよ。

「神代さん、さっきいっていた、なん同とは何?」

俺は先ほどかったメロンパンを袋からだして一口食べた。甘い。すごくあまいしサクサクだ。

「私たちはなんでも同盟部に所属しているんです。略してなん同」

「そうそう! ちやみくんにはぜひなん同にはいってもらいたくて! どうせ入りたい部活ないだろうし、見つけようにも半年かかりそうだし」

なんだよその偏見。稼げる部活があれば即入部したわ。投資部以外だけだけどな。

「まだ把握しきれてないんだよ。入りたい部活あるかもしれないだろ? 今日は放課後回ろうと思ってるんだよ」

神代はおしるこを飲み干し少し微笑んだ

「今更二年生のこの初夏に入部させてくださいといったところで受け入れてくれる部なんてあるのかしら? 一年生ならともかく、あなた二年生でしょ」

初対面の人に結構辛口でいうんですね、神代さん。でもごもっともです。そうです。受け入れてくれるかはわからない。なら勧誘されるほうがまだ入りやすいのかもしれない。

「とりあえずさ、放課後うちらの部室においでよ! まずはどんな活動しているかみてみたら?」

横からにこっと笑いながら宍粟がいう。反論できなかった。神代はクスクス笑った。


お昼時間はあっという間で、予鈴がなり俺たちはそれぞれの教室に戻った。

「ねぇねぇメロンパン美味しかったでしょ?」

「まぁ~焼きたてっていうのもあるんだろうけど、外さくさく中ふわふわだったな」

「学内一番の売れ筋なんだってパン屋のおばちゃんいってた! ほかのも売れてほしいけどっていってたけど、私もオススメするならメロンパンなんだよね~」

「他のパンで美味しそうなのがあったぞ? 明日はそれかってみる。ていうかあのパン屋のレジ打ちの人、めちゃうまかった。また並ぼうってなった」

「いや、ちやみくん、みる角度違い過ぎ」

「…は? みるだろ、どんな接客してるかとか」

宍粟はやれやれとため息をついた。俺、間違ったこといったかな?


午後の授業が終わり放課後になった。学校生活の6時間とバイト生活の6時間を比べた。あまりしゃべらないなと口の中が乾いている気分になった。バイト中はずっと何かしらしゃべっているからなのかもしれない。俺は帰り支度をしバイト見学のため先ほどしまった部活動一覧表を透明のクリアファイルにいれた。宍粟は同じタイミングで席を立ち俺のほうを振り向いた。ポニーテールとスカートをなびかせながら。

「さーて、ちやみくん! 部室いくよ!」

とてもうれしそうに宍粟はいう。何かうれしいことでもあったのか?

「はいはい。でも他もまわりたいんだが」

「時間は大丈夫なの? 他まわって最後にうちの部でもよければまわる?」

なんという気遣い。解ってるじゃないか宍粟。時間は門限があるわけではない。なぜなら父親も帰りが遅いし、帰ったところで俺一人だからだ。だれもおかえりなんて言ってくれない家に帰るぐらいなら…。

「バイトも半強制的に休みにされたから大丈夫」

「そっか! じゃあまずちやみくんが見学したい部活ってある?」

「…んー。針金研究部、かな? あとアフレコ部とか?」

「運動系じゃない部活だね! となれば全部部室棟にあるから一気に見て回れる!」

この学校には部活棟というものがあるのか。凄いな。そりゃ部活入部必須の学校だもんな。教室以外の部室の部屋がなければ活動なんてできないわな。

俺と宍粟は教室をでて部室棟へと向かった。


秋風高校の校舎は一年から三年までの教室がある教室棟と職員室や会議室、保健室など生徒や先生が活用する部屋がある多目的棟、そして部活動で使う教室として部活棟がある。教室から部活棟へいくには渡り廊下を二つ渡らないといけない。結構遠い。

「じゃあまずは【はりけん】だね! 私も行ったことないんだけどね~」

「どんな部活内容か知らないのか?」

「え、針金を研究してるんじゃないの?」

お前でさえそのレベルなのか。針金研究部よ、もっと自己PRをしたほうがいいぞ。

部活棟についた。三階建ての棟で各階に6部屋ある。教室の半分ぐらいの広さといったところだろう。入り口にそれぞれの部活の看板が立っていた。針金研究部は一階の奥の教室だった。

「手の凝った看板だねぇ~」

針金で【はりけんへようこそ】と縦に書かれてある看板が入り口にある。針金をこういう風に使う部活なのか? 

「こんにちわ~」

宍粟は扉を開け挨拶をする。中では男子生徒が針金を曲げながら作業をし、もう一人の男子生徒はスマホをいじっていた。

「はいよー、ってコズコズじゃん! どったの?」

スマホをいじっていた男が宍粟を地下アイドルのような呼び名で話しかけてきた。

「なーんだヨッシー針金研究部員だったんだね!」

「地味すぎて気付かれないのがはりけんの悲しいところだけどな~」

顔見知り同士の話で盛り上がっているので俺は一歩下がって聞いていた。なんか嫌な気分だ。


「ところで、そいつはコズコズのカレピ?」

「なーんでみんなそういうかなー? ちやみくん、まだ部活に入ってなくて気になってる部の見学に付き合ってるの! まぁなん同に入ってもらうんだけどね!」

キリッとウインクしたあと親指立ててグッドサインだしてんじゃねーよ。俺まだそのなん同に入部するなんていってねーし、入部するぐらいならバイトしていたいってまだ思ってんだけど。

「ふーん。でもま、ちょうどナベが針金つくってるからみてやってよ」

彼は俺に目線を向けていう。俺の存在に気付いていたのか。

「彼は針金で何をつくってるんだ?」

「ナベこと渡辺は針金アートの天才なんだぜ! 俺は紙に下書きしてからそれみて針金をまげていくんだけど、ナベは頭に構図がもうできててそれを針金で形にしていってるんだ。過去作品はあの窓際に並ばせてるやつ」

ヨッシーと呼ばれていた彼は渡辺くんの作品を自慢げに見せてくれた。

「すっごお!! 確かにみえる、横からみるとなんだかわかんないけど真正面からみると形になるんだね!!」

「…そんなもんすぐに作れる」

作業をしている渡辺くんが初めてしゃべった。

「いやいや、ナベだからつくれるんだって! これ売れたら数千円しそうだし!」

「確かに、販売すればお金に換えられるかもしれないな」

「だっろー? ちーくんもそうおもうだろ?」

ちーくんって。生まれてこの方呼ばれたことないぞ。なんかムズ痒い。

「…そのために作ってないから。俺」

「あ、すみません。だけど、こんな風に作れるの才能だと思う、思います」

なぜか作業に集中している渡辺くんが職人に見えてつい敬語になってしまう。

いや、ならざるをえないだろう。こんな作品、自分は作れない。だから才能だ。


「いいものみせてもらったよー針金研究部がどんな部活かもわかったし。ねっ」

宍粟は俺に同意を求めるようににこっと笑いかけた。

「そうだな、こんなすごい部活なんだって解ったからどこかで展示してほしい」

「文化祭では展示会開くとおもうぞ! その時はみてやってよ! 俺宣伝かかりだから!」

ヨッシーは親指たててグッドサインをした。宍粟といいコンビだな。なんか嫌な気分だけど。

「どうだった? 入部したくなった?」

「…俺にはそんな才能はない。才能があってそれが金になるんだったら話は別かな」

「結局お金なの~? お金になればなんでもいいの~?」

「自分の頑張りが報酬としてもらえるものがお金であって、頑張りのないものにお金をもらいたくはないとは考えているけど」

そう、俺は軽々ともらえるお金はいらない。一生懸命働いて作り出して生み出したものが認められてその報酬がもらえるのであればこれ以上のものはない。あの時の気持ちは忘れたくない。

「そーかー。じゃあ、やっぱりなん同があってるのかもな~」

「は? なんかいったか?」

「いいんやー。じゃ次いってみよー!」

針金研究部の見学時間は30分ぐらいだった。

今日の放課後で見学したい部活をまわれるのだろうか。

でも、隣でニコニコしながら楽しんでいる宍粟を見ていたらそんな心配はないかなと思っている自分がいたのだ。

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バイト三昧の俺が部活に入って幸せについて考える話 稚明 @cak018

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