第2話 バイト三昧の俺が学校へ行く。
宮前主任に学業優先命令を下されたので、翌日久しぶりに学校に登校することにした。
正直気が乗らない。というのも、俺には高校に入ってからの友人がいない。中学からの友人はいるけども、そこまで仲がいいわけではない。もうそいつも違う友達を作っているだろう。俺のことなんか忘れて…。いかんいかんセンチになるのは母親の命日だけにしようと決めたじゃないか。
一年前、母はくも膜下出血でなくなった。何が原因だったのか、何がいけなかったのか、俺には解らない。人は突然いなくなるものなのだ。「当たり前」という言葉は存在しない。そう思った。
突然の別れで涙も悲しみも湧き上がらなかった。海外出張に長期でいってしまったような感覚。また帰ってくるような感覚。また会える、そんなことを当初は思っていた。今はもうそんなこと考えることはなくなったし、母親の死を受け入れている。でもまだ涙は流してはいなかった。
上履きに履き替え、まず職員室に向かった。担任に部活必須のことを詳しく聞かなければならない。本当にそんな校則があるなら先にいってほしい。
俺は大きなため息をつく。こんなことをしている間にバイトできるのに…あぁいま880円が稼げているのに…でも俺は高校生で学業は職業。880円は土日に手に入れてやる。
ガッツを入れるために右手にこぶしをつくり、「よしっ」と気合を入れる。
「何がよしっ、なの?」
後ろから女性の声が聞こえた。
「んー? あれー? だれだっけー? 見たことあるような~君は誰?」
急に現れて自分が名乗らず俺が名乗るのは不公平ではないか? 彼女は俺の横からひょこっと顔をのぞかせて俺の顔をまじまじと見る。上目遣いがかわいい。…かわいいってなんだ?
「そういうのはまず自分から名乗るべきではないか?」
「え? 私? 私、宍粟梢(しさわこずえ)! 二年でB組です!」
そういって俺の前に移動して、にっこりと笑う。この笑顔、主任がみたら満点をくれそうだ。
「B組…俺と一緒か」
「んー? 君、B組なの? みたことないよ? いやでもみたことあるんだっけ?」
彼女は首を左右に振りながら顔をしかめていた。頭の右上にあるポニーテールが同じように揺れている。最近の女子高生は真ん中でポニーテールしないのか? まぁかわいいからいいか。…だからかわいいってなんだ?
「俺は千屋実ちやさね。家庭の事情で学校休んでたんだ」
俺が名乗ると彼女の目がキラキラと輝きながら大きくなる。
「あああ!!! 君がちやみくん!! 会いたかったよ~! ん? ちや、さね?」
「ちやみじゃなくて、ちやさねな。てかなんで会いたかったんだよ、俺はお前を知らない」
「お前じゃなくて、宍粟ね! ずっと気になってたんだよ~ずっと休んでたから~」
この子は学級委員かなにかなのか? 休んでて姿も出さない奴のこと気になるか、普通?
「私の後ろの席がなんでずーっと空席なんだろーって思ってて。君の席だったんだね!」
なるほど、そういうことで気になっていたのか。
「俺、職員室に行く用事あるから」
「うんっ教室でまってる!!」
彼女は手を振りながらスカートを揺らしながらポニーテールを揺らしながら俺を見送った。
「やっと学校にきたのか~千屋実~。バイトもいいが学業が学生の本業だからな」
職員室につき、担任にあって開口一番がこれだ。いや、先生たちが許してくれたんじゃないか。
「すみません。バイト先でも学業に専念しろと言われたので、なるべく来ます」
「なるべくっていうか毎日ちゃんとこい。交友関係も大切だからな、で、それを言いに来たのか?」
「先生、俺、聞いてなかったんですよ。この学校が部活入部必須の学校だということを」
先生は目線を外し、やばい、言い忘れてたといわんばかりにどう言い訳しようという顔をした。というか頬に「やばい」と書かれているのが丸見えだ。
「まーそのーお前は家庭が家庭だからさー言わなくてもいいかなーって。でも、そうだな、入っておくのもいいかもしれんなー」
半分棒読みのように聞こえたが、主任の言う通りだった。この学校は何かしら部活に入らないといけないらしい。ていうかなんでこんな校則作ったんだよ。俺以外にもバイトして稼ぎたい学生いるだろうに。
「先生、それなんですけど、俺、部活入ろうと思うんで、部活動一覧表とかありませんか?」
先生は泳いでいた目が俺の目にとまった。
「おお! 入ってくれるのか?! そうとなれば資料を~!」
先生は自分のデスクから資料を探す。だいぶ倒れそうなぐらい資料が積み重なっているけど、そこからどうやって資料を探し当てるんだろう。
「んーーーっといしょ! これだな。秋風高校の部活動一覧表!」
探しあてた。すごいな、今にもその資料のタワーが倒れそうですけど、先生。
「この中から一つ選んで、入部届はそこの部長に書類もらって記入して提出な」
渡された一覧表をみた。一面にぎっしりあいうえお順に部活名が並んでいる。
いや、何個あるんだよ、これ。軽く100種類あるぞ。てかなんだこの、針金研究部って。
「放課後、いろいろ見学するといい。今日はバイトいれてないんだろ?」
「…はい。残念ですが、楽しんで来いと言われたので」
「楽しんで来いってまるで卒業した生徒がいってたセリフだなぁ」
「あ、宮前さんって先生しってるんですか? たしか今25歳ぐらいの…」
「あーあのスーパーでレジ頑張ってるよな、三年間あいつの担任してたんだよ」
なんという世間の狭さ。ていうか三年間同じ先生ってそんなミラクルなことあるんだな。
「確か宮前が入ってた部活、お前のクラスの宍粟も入ってるぞ?」
しさわ。ん? さっき会った子の名前…か?
「まぁ、宍粟にきいてみてもいいな、あいつならほかのクラスの奴らより話しやすいだろうし」
「…さっき失礼極まりないこと言われまくって勝手に待ってると言われたばかりなので」
「あははは、宍粟はたしかにそういうこといいそうだな」
先生は壁時計をみて、そろそろ予鈴がなると思い出席簿をもって立った。
「千屋実にとって楽しい学園生活になると思うぞ。よかったな」
そういって俺の肩をポンポンと叩く。いや、楽しいという全貌は全然見えてこないんですが。
でも、先生から「よかった」という気持ちは伝わった。心配…してくれていたのだろう。
このまま学校に来ず、働きまくって、学校でしかできない青春を味わずに過ごすなんてもったいないとか思ってくれてたんだろうな。先生、俺大丈夫です。ちゃんとお金と勉強を両立させます。
先生の背中を見ながら両手のしわとしわを合わせて拝んだ。
「あと、あれだ。宍粟の世話も千屋実ならできそうだし」
余計な言葉が聞こえたように感じたが、感謝の念を送ったばかりなので、先生から放たれたその言葉は俺には届かなかった。
教室に入ると、誰? クラスの人? と言わんばかりの目線が向けられた。そりゃ自業自得。二年生に進級して一度も登校してなかったんだから。ただ、担任の先生は一年の時と同じだったので、その面では安心していた。B組には中学からの友人は人もいない。まさに全員初対面なのだ。まるでこの学校に変な時期に転校してきましたという気分だ。
でも、一人だけ反応が違った。
「おっはー! まってたぞーちやみくーん!」
結構みんなが注目するぐらいの声量で自分の席から教室の扉の方へ叫んだ。
「だから、ちやみじゃなくてちやさね」
そうつっこむとみんなが「この人があの席の」「不良の千屋実ってこいつか」という声が聞こえた。
なんだ、俺の印象は不良になってんのか? どう見たって優等生だろう? 黒髪にサラサラ。髪を染めるぐらいならバイトしているし、ピアスなんて怖くて開けられない。あと自分の体に穴をあける行為が無理。ていうかそんなことしているぐらいならバイトしている。
俺は宍粟の後ろの席に着いた。
「やっぱり君の席なんだねここ」
「いや、君がそういったんだろ? え、俺の席ここじゃないのか?」
「うーん。ここしか空いてないからそうなのかと?」
まぁ俺以外の不良男子はいなさそうだし、いたら先生が言っているはずだし。さっき宍粟の話もしていた…あ、そういえば。
「なぁお前…宍粟はどの部活に入ってるんだ?」
クラスのみんなのヒソヒソ話はだんだん小さくなっていった。宍粟と話しているからか?
とりあえず俺は席に座り、さっき先生からもらった部活動一覧表を机に広げる。宍粟は椅子の背もたれに両手をちょこんとおき、そのうえに自分の顔を乗せる体勢になった。まるで捨て猫のような感じだ。横にずれたポニーテールが垂れ下がっているのもかわいいな。…だから、かわいいってなんだ?
「うーんとね~えーっと~」
宍粟は百種類あるであろう部活動一覧から自分が入っている部活を探す。
「あ、解った。針金研究部だろ?」
「ちーがーうよー! あれは特殊。あれは理解が追いつかないの」
どんな部活だよ。針金を研究しているということが難しいのか? 一度見学にでも行ってみようか。
「この、発掘部ってなんだ? 古墳とか遺跡とか探すのか?」
「ちーがーう! この部も特殊で~生徒会の雑用している? とか?」
なんだよ、宍粟もよくわかってない部活あるじゃないか。まぁ仕方ないよな、こんなにもあるんだから。
「あった!!」
宍粟は自分の部活の名前に指をさした。
【なんでも同盟部】
いやいやいやいや、さっきの二つの部も特殊だけど、一番特殊じゃないか?!
同盟って、開国でもするのか? 貿易でもするのか??
「ほとんど部員たちの雑談なんだけど、要は万事屋みたいな感じ!」
なんだその甘党やメガネやチャイナーがいるような集団みたいなのは?
「え、気になる? 放課後、案内しよっか!」
その前に男性はいるんですか? 雑談するってただの女子会的な感じなのでは…
あぁそういうのする時間を青春と呼ぶならば、俺はバイトをしていたい。お金、発生させていたい。
「私が案内するし、男子生徒もいるけど、ほとんどフリーだし!」
いや、なにがフリーなんだ? 解らない。いっている意味が通じない。ほかの部活で気になるものがないか、俺は一覧表とにらめっこをしていた。宍粟の目線は俺に向けられていることには気づいていたが。
「楽しいコトから、はじめようよ! ちやみくん!」
宍粟はそういった。俺は一覧表とのにらめっこをやめて顔を上げた。
そこには宮前主任が理想とする笑顔があった。まぶしい。まぶしすぎるぞ宍粟。
俺はそのまぶしさに目がくらんで「わかった」と言ってしまった。
名前の読み間違えを訂正することもなく、俺はそのまぶしさに勝てないと心の中で思ったのだ。
せめてお金が発生する部活があればよかったんだが、
それは彼女のいうなんでも同盟部が俺には無理だと判断した時に探そう。
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