あなたが悲しむ度にまた地図が書き換わる

ちびまるフォイ

人生ヤマあり

家の前に小さな山ができていた。


最初は気にしなかったがどんどん山が大きくなり、

無視できなくなると地質学者に確認をしてもらった。


「ふむ、これは地震の前触れとか

 プレートのズレとかそういうものじゃないですな」


「それじゃどうしてこんな閑静な住宅街に山ができるんですか」


「これは感情山ですな」

「は?」


「感情の起伏、というでしょう?

 その起伏がまれにこうやって地面に現れることがあるんです」


「あれって物理的な話だったんですか!?」


「で、この感情山はあなたにひもづいています。

 心穏やかな日々を過ごして感情の起伏を減らせば山も収まりますよ知らんけど」


山をこれ以上大きくするわけにもいかないので、

般若心経を唱えながら心頭滅却して煩悩を捨てるような日々に邁進した。


ハゲ散らかるほどの努力もむなしく感情山は日増しに高くそびえていく。


「ちょっとどういうことなんですか!

 こんなにも頑張っているのに山は大きくなってるんですけど!」


「そんなに怒らないでください。感情の起伏がまだあるんでしょうよ」


「アンドロイドにでもなれっていうのか!」


「まずはこの感情山の地質分析をしましょう。

 この山の感情源がなんだかわかれば対策もできるでしょうからね」


地質学者は山に感情計をぶっ刺して分析をした。


「これは……悲しみ山ですね。あなたは普段から悲しみに満ちた生活をしていませんか」


「いやそんなことは……」


「とにかく、これで山が隆起している原因感情がわかったんです。

 これからは悲しみを感じないハッピーライフを送ってくださいね!」


「できるか!」


地質学者には反抗こそしたものの、

悲しみの感情を抑えないことには山の増長を止めることはできない。


「そんなに普段から悲しみの感情なんてあるかなぁ……」


気持ちが落ち込むようなことを避けて、楽しいことをはじめようとするが

でも他人と関われば関わるほどに悲しい出来事も増えてしまう。


むしろ、自分が動けば動くほどに嫌な結果になって悲しくなってしまう気がする。


そしてそれは気のせいではなかった。


『見てください! 住宅街に突如現れたバカでかい山!

 危険な動物がいないので地元の登山家やキャンパーたちの憩いの場となっています!』


悲しみ山はどんどん高くなっていく。

観光客が押し寄せるようになり住宅街は観光スポットへと早変わりする。


観光客が訪れれば訪れるほど人が密集してしまうため、

客はさらなる山の拡張を求めるようになった。


「この山って、ひとりの人間の感情の起伏で作られてるんだぜ」

「それじゃもっと感情を動かせば山も広くなるんじゃね」

「ようし、もっと快適にして一大キャンプ場にしよう!」


地質学者の話を聞いたのか、山の起伏源が俺だとわかるや嫌がらせが始まった。


「いたぞーー! 悲しめーー!」


俺に悲しい感情にさせて山の増長を願う過激派は生卵攻撃を仕掛けるようになった。

自宅はSNSを通じて特定され、とってつけたような悪口の張り紙が貼られる。


「心頭滅却、心頭滅却……」


それでも俺がここで悲しんでしまえば悪循環。

「作戦成功」と大喜びでますます嫌がらせされかねない。


俺は必死に感情を押し殺し、自分はアンドロイドなどと暗示をかける。

そのかいあってあらゆる嫌がらせであっても悲しみの感情は湧いてこなくなった。


むしろ「俺を悲しませようと必死な子たち」と思える余裕すら生まれてきた。


「ばーかばーか! お前なんか死んでしまえ!」


「よきかなよきかな。外界の者たちよ、そのような雑言は私に響きませんぞ」


「ぐっ……!」


努力が実り、感情山はみるみる小さくなっていく。

富士山ほどもあった山は1戸建てサイズまで縮んだ。


この調子でいけばやがて山もなくなるだろう。


「あと少しだ! がんばるぞーー!」


俺への悲しみ嫌がらせも効果がないとわかってか数は減少。

感情を押しつぶす機会が減ると山もどんどん小さくなっていく。


悲しみの末にハッピーエンドが待っている。

と思っていた。


『もしもし? タケシかい?

 実は実家の畑がなんかしらんが荒らされとるんよ。

 獣害じゃなくて人の手でねぇ。あんたなにか恨みでも買うことあったんかい?』


「そんな……なんてひどいことを……」


嫌がらせの矛先は特定された俺の実家や無関係な両親へと変わった。

俺は悲しみをセーブできる特殊技能があるが、高齢の両親はちがう。


縁側でお茶を飲みながら今年の収穫についてのんびり話すだけの日々で

人の悪意や嫌がらせへの耐性ゼロなのに。


俺の悲しみが今世紀最大まで膨れると山はふたたび再隆起。

観光客は大喜びで高まった感情山にアリのごとく群がった。


でも俺はもう我慢できなかった。


「お前ら……お前らいいかげんにしろよ!!

 自分のために無関係な人を悲しませてそれで満足か!?」


「でも……君ひとりが悲しめば、他のみんなは楽しめるんだし」


「自分たちの都合だけ優先して、

 相手の気持ちすら考えられないお前らには、感情なんてない!!」


観光客たちはハッと息を呑んだ。


「そうかもしれない……私達は自分たちのためだけに

 あなたを必死に悲しませようとしていた……」


「わかってくれたんだ……!」


「はい、これからはもうあなたを悲しませるようなことはしません!」


「ありがとう!!」


俺と観光客は固く握手をした。

話し合うことで人はきっとわかり合える。

それをたしかに感じた。


観光客は振り返ると呼びかけた。



「ようし、観光客のみんな!

 悲しみ山はもう無理っぽいから

 あっちにできた怒り山登ろうぜ!!」

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