036〜044

036「時の迷い路」「天空の標」「恒久の絆」/蜜柑桜さん ※本文引用あり※長文※

「時の迷い路」(妹編:内政の物語)

https://kakuyomu.jp/works/1177354054889868322


「天空の標」(兄編:外交の物語)

https://kakuyomu.jp/works/1177354054891239087


「恒久の絆」(番外編:脇役の物語)

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894415704



 今回は、三本まとめての感想となります。

 これは続き物の上下巻ではなく、一つの物語を二側面から紡いだシリーズだからです。番外編は妹編と兄編を読んだ人が楽しめる、ご褒美とでも言えましょうか。

 並べたタイトルは私が読んだ順です。番外編以外、どちらを先に読んでも大丈夫です。


 頭の切れる喰えないイケメンと腹心の活躍を楽しむなら兄編。

 逆境に追い込まれてもがんばる少年少女を応援するなら妹編。


(でも、読んだ贔屓目もありますが、個人的には妹編から読むのがおすすめかなあと思っています)



 私はアウロラちゃんのファンです。

 頼りになる兄殿下が不在の中、国の一大事に立ち向かう健気で賢い王女。機転が利くし、内政を司る城の大人たちに対して、とても立派に対等に渡り合います。でもかわいくてお転婆で、いろんな意味で目が離せません。

 こっそりお城を抜け出して朝市に行き、市井の様子を直に観察して何が起こっているかをきっちり見抜く。

 王女の振る舞いを寛容的に受け入れる人々の優しさと、王家に対する信頼度が伺い知れます。

 もちろん、大臣からはお咎めがあります。

 しかしアウロラは先代の王と王妃の素晴らしい教え「国は国民があってこそ。決して国を統べる王家という立場に驕ってはいけない。国政は国民に教えてもらうべし(※勝手な要約)」に則っての行動な上、国政組織としてなかなか知りえない生の情報まで仕入れてくるので、大臣としても強く言えない。

 その眼差しはまさに、孫を見守るおじいちゃんです。


 ウェスペルとの出会いの場面。走って逃げる彼女を追いかけたアウロラが取った行動に、とてもびっくりしました。

 だって王女様、脱いだ靴を相手の背中にぶつけるか普通⁉

 大声で叫んだり、衛兵を呼んだりしないんです。自分でなんとかしたいがために、騒ぎを最小限に留める手段をとっさに選択する賢さと大胆さに惚れました。


 随所に発揮される、周囲からの評価である「勘の良さ」ですが、つまりとても頼もしい。一国の将来を担うにふさわしい器、それを育てた先代王と王妃、周囲の大人たちの深い愛情をひしひしと感じます。

 いい国だなあ、シレア国。移住したい。



 この物語の陰の主役は、シードゥスです。

 彼の立場と境遇が、二つの物語を繋ぐキーポイントとなっています。

 これはネタバレになるので詳しくは語りませんが、まさかの、そしてまさかの、でした。

 よく潰れずにがんばってくれたよ……! キミがちょっとでも自棄を起こしてしまったり、諦めてしまったらこの物語は成り立たなかった。ありがとう踏ん張ってくれて。

 だからこその番外編は救われました。

 そう、いいんだよ、キミはもっと周りに甘えなさい。


 作中、ウェスペルとのじれじれがひとつの見どころです。これはニヤニヤしながらもっと見守りたいところでした。切ないね。



 さて兄殿下、カエルムです。

 このお方がまたいい感じに天才ですね。実に外交向きな性格、飄々と穏やかにキレキレです。そして重度のシスコン。

 この兄妹の、お互いの信頼度の高さは半端ないです。離れていても、お互いが何を思ってどう行動するか、その信念はご両親の教えが根本となっています。

 いい国だなあ、シレア国(二度目)。

 外交交渉中、テハイザの危機に立ち会うことになるイケメン殿下の元で、振り回されるのはいつもロス。家臣でありながら親友。なんてオイシイポジションでしょうか。


【以下本文引用(「天空の標」第四十三話より)】


「それでは」


 片膝をついて、剣を床に垂直に立てる。


「シレア国国防団最高司令官兼、王家直属第一等衛士団指揮官長、ロス・プラエフェット、主君カエルム・ド・シレアの命の下、(若干ネタバレのため省略)」


 こうべを下に向けたまま、今しがた露呈した主人のからかいに苦笑するしかない。


 ——「(ここも伏せます)」って……あの妹馬鹿……


【本文引用終わり】


 ここのくだりが好きすぎました。

 超長いカッコイイ肩書、真面目な自己紹介からの、殿下に対する「あの妹馬鹿」という評価は、彼にしかできないのです。



 二つの物語、兄と、妹。

 二つの国の、絆と伝説。


 縺れ合った歴史が、遠き時代の伝承の通り、ひとつの結末に収束していきます。


 異世界転移の少女ウェスペルは、「時の迷い路」の後どうしたのか、詳しい描写もなかったので少し気になっています。

 手元に残ったあのアイテムに、彼女は何を思ったでしょうか……。



 全編に渡って、風景及び人物描写の美しさが素晴らしいです。

 もしこの物語が映像化したら、さぞ画面映えすることでしょう。


【以下本文引用(「時の迷い路」第十話より】


 むき出しの石組が土台部に見え、その上に横向きの木板が胴部を作る。各木層を成す木は上部に行くにつれて細い木になる。その周りをいくつもの蔓が巡り、生きているが如ごとく上へ伸びる。螺旋らせんを描いて上る蔓は一番上で一つに集まるとぐるりと胴部を回り、葉を茂らせて冠を作り、そこに文字盤のはまった木小屋を載せている。すっくと立つその姿から感じるのは、威厳、誇り——いや、言葉に表せば物足りない。むしろ言葉にするとその品位が失われてしまうようだ。

 文字盤はの光を受けて反射する。それは木ではなくて、何か鉱石でできているように見える。


【本文引用終わり】


 この時計台の描写なども、色彩設計さんと背景チームがめっちゃ張り切る部分ではないでしょうか。


 あと食事メニューですね。油断すると飯テロを喰らいます。(作者さん的に、完全に狙ってますよね?)


 もう一点。

 「天空の標」は極々一部を除き、男性ばっかりが登場する小説です。

 そんな中に現れた、この美女が。


【以下本文引用(「天空の標」第三十二話より)】


 一本だけ灯した燭台が、人物の顔を照らす。南方人らしい明るい肌色の女性だった。化粧を施した顔は類い稀な美しさであり、紅をさした唇は薄暗い部屋の中でいっそうなまめかしく目に映る。肌を透かすほどの絹織の薄いドレスはひたと肌に添い、黄昏時の空を思わせる紫の布越しに、魅惑的な女性の身体の線を露わにしていた。


 蝋燭の焔を受けてつややかに光る髪は長く、身体にまとわりつくようにしてくびれた腰の位置まで流れている。肩にかける薄布や大きく開けた胸元から素肌がのぞき、女性としての魅力を惜しむところなく晒していた。


【本文引用終わり】


 これがまさに、“エロくないエロ”ですよ!

 ここまで艶っぽく女性を描写できたら、小説書くのも絶対楽しいなあ! と思いました。私にもその文才をください。

 そして案の定なカエルム殿下の反応。さすがでした。末恐ろしいわ……。



 もしも私が、この物語と、中学時代に出会っていたら。


A「ねえねえ、カエルムとシードゥス、どっち派?」

B「あたしカエルム殿下! イケメンだし! 強いし超カッコイイ!」

A「えー、シードゥス良くない? すっごく辛いのにさあ、一人で耐えてるんだよ? 支えてあげたーい!」

B「さくたは?」

さ「えっと、……料理長かな」

AB「「は?」」(ドン引き)

さ「料理長いいじゃーん! あのきっちり時間を把握してる職人的な仕事と、戦ったら強いっていうのが。毎日絶対おいしい料理が食べられるし。あ、大臣もいいよね、昔の肩書ゆえのあの落ち着きと信頼感」

A「……いや、殿下かシードゥスかって話なんだけど」

さ「うーん、じゃあロス」

AB「「え?」」

B「ロスは恋人いるじゃん……?」

さ「だって恋人にしたら一番安心できるタイプだし。ソナーレさん見る目あるよね〜わかる〜」

AB「「……」」


 なんてやり取りを、図書室の一角で友達としていたくらい、嵌ったかもしれません。


 きっとそこの棚には、「指輪物語」や「勾玉三部作」などが収まっている隣に、蘇芳色と橙色の、美しい装丁の単行本が二冊並んでいて――

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