保護者達は語り合う
セレンの穏やかな寝息が聞こえてくるとそっと額にキスを落とし、俺は足音を立てぬように部屋を後にした。
マオさんの部屋に行くと、彼はもう酒を注いだグラスを傾けていた。
「セレンは寝たか?」
「ああ、すぐに寝ちゃったよ。うちの子は本当、いくつになっても可愛い」
「全面的に同意するが、まあ座れ。我が酌をしてやる、今日の話を聞かせろ」
「そうだな。よし、飲むか」
注いでもらった酒は旨いがなかなかに度数の強いものだ。俺はほろ酔いになりながら夜会での出来事を話していった。
あのクソヒロインとの一件を話終わったところでマオさんも眉をしかめた。
「ふむ、その女は我が手を下してもよいか?」
「だめだよ。何のために俺がここまで舞台を整えたと思ってるの」
「それもそうか。にしても、そこで法律だけでなく不敬罪まで持ち出すところがセレンらしいな。お前の教育がしっかりと行き届いている」
「ああ、あの子はアホっぽいけどただのバカじゃないし、自分が愛されてることを分かってるからね」
「その愛を散々刷り込んだのもお前であろう。セレンの為に化粧まで覚えたのか?」
「俺の可愛いセレンをさらに可愛く出来ると思えば大した努力でもなかったさ」
「他にも、その愛しいセレンとお前の障害になりそうなヒロインとやらを陥れたり、か?」
マオさんは俺を見てニヤニヤしている。分かっているくせに聞いてくる辺り性格が悪い。
「あの女の飲み物に判断が鈍くなる薬を盛ってもらっただけだよ」
そうすれば必ずあの女はセレンに失言をすることは分かっていた。今までは人の居る所では上手く隠していたが自分至上主義な性格の悪さが滲み出ていたからな。そして、セレンがちゃんと失言を咎めることも予定通りだ。なぜなら、俺がそう育てたから。
マオさんはまたもや意地の悪そうなにやけ笑いを続けている。
「我がその話をお前の国の王に伝えたらどうする?」
「俺ローストビーフ作ってきたんだけど」
「頂こう。ん?何の話をしていたのだったか」
「つまみも作ってきた」
「我の秘蔵の酒を出そう」
マオさんが指を鳴らすと机の上には高そうな酒ビンが置かれていた。
「だが、ただ薬を盛っただけということはなかろう。いつもは我にセレンを預けてもセレンにバレぬように何度も様子を見に来ては癒されていたが、最近はそれもしていなかった。それなりに忙しくしていたのではないか?」
「まあね、あの女の本性を見抜いてるやつは城の中でも半分くらいしかいなかったから、悪い噂を流したり、諸々の裏工作に勤しんでた。罰した後に周りが同情しないようにね。同じ理由で私刑も避けた」
昼間にセレンの姿を見れない日々はつらかった。
「だが、たかが『ヒロイン』というだけの頭の足りない女にお前がそこまでする必要があったのか?」
「まあ、神託で『ヒロイン』って告げられただけなら放っておいてもよかったんだけど……。あの女何かと理由をつけては王城に来て絡んできて鬱陶しかったし、俺と結ばれるのが当然って感じの口ぶりに苛ついた。何より、会ったこともないくせにセレンの酷い悪口を方々で言ってやがった。それには陛下もセレンの家族も激怒してたな。立証できるか分からない少人数の場での悪口くらいじゃ大した罰にできない可能性もあるから、今回の王城での夜会で嵌めようってことになったんだ」
「成る程、王もグルであったか。それでは我の告げ口も握り潰されて終わりであろうな」
マオさんは残念そうに言った。本気でもないくせに。
少し乾いた唇を高級な酒で濡らす。酒は上質な味がした。
「それにしても、お前の国の神は当てにならないものなのか?セレンが悪者などなるわけがないではないか」
「いや?十分素質はあるぞ」
「そうか?」
「そうだよ、まず人の内面を見抜く目を持っているし、その上基本的な身体能力が高い。セレンから刃物禁止になった件と朝からずっと走ってたって話は聞いたんだろ?」
「聞いたな。特に運動をしていた訳でもないのに体力と集中力が常人のそれではない」
「ああ、それにセレンが狙った虫は小指の爪の先程の大きさしかなかったのに包丁がきれいにその虫を貫いてたんだ。ただの偶然かもしれないけど、俺はセレンに身体能力を鍛えるようなことは止めさせた」
「まあ我がお前と同じ立場でも同じ判断をするだろう」
マオさんの答えに少し安堵する。
俺の判断でセレンの可能性を潰してしまったかと悩んだこともあったのだ。
そんな俺の内心は隠し、そのまま語り続ける。
「セレンの素質はまだある。やたら権力者に好かれやすいところとかな」
身に覚えがあるだろ?と無言で語りかける。
「我やお前の国の王などか」
「それに今日セレンに絡んできた異国の青年、後で思い出したが彼も西の国々の裏社会を纏めている一族の後継者だった筈だ。あいつは確実にセレンを気に入った」
「それでまた絡まれる前に慌ただしく帰ってきたのか」
「そうだよ」
すると、マオさんは少し考え込むような素振りを見せた。心なしか少し機嫌が悪そうだ。
「ふむ、これ以上新しい父親候補は要らぬな」
「……はい?」
「ただでさえ
「いや、第一候補もなにもあの人はれっきとしたセレンの父親でしょ」
何を言っているんだこの人は。
「いや、この間会ったのだ。そこで
「何ちょっと親睦深めてんだよ」
「まあ、そのついでに貿易の話もしてきた」
「普通逆じゃね?」
セレン大好き過ぎか。その点では俺も負けないけど。
「安心しろ、条約でセレンに関する品々と引き換えに貿易交渉することは禁止されている。そんなことされたら幾らでも融通してしまうからな」
「条約ナイス」
その条約がなかったら多分貿易はめちゃくちゃになっているだろう。
親バカ恐ろしや。
「ヤツめ、自分が告げられた職は『セレンの父親』だとか抜かしおって。羨ましい」
「いやそれはないだろ。あの人
「なんだと?我は騙されたのか?」
「普通そんな神託ないし。冗談で言ってたんでしょ」
……いや、セレンのお父さんなら九割方本気で言ってそうだな。
「にしても、お前達の神託は何だったのだろうな。結局『悪者』であるセレンと『ヒロイン』の立場が逆転してないか?」
「……いや、今改めて考えると神託は割と正しかったと思うんだよ」
「どういうことだ?」
「まず、『勇者』である俺は一般的に考えると悪者を倒すか更生させるのが役割だろ?」
「ん?……ああ、それはセレンが本物の悪人にならぬようお前がセレンの人格形成に大きく関わったことで役割は果たしているな」
「そうだな、それにセレンは形だけ見れば『勇者』をたぶらかして手に入れ、結果的に『ヒロイン』を陥れたってことになるだろ?」
「ふむ、言われてみればそうだな。だが、『ヒロイン』はどう説明するのだ?」
まあ、そこは疑問に思うよな。今回ヒロインは少しの救いもなく不幸になっただけだ。
俺は静かにグラスを口元に運び、一気にあおる。
流石に酔いが回り、自然と口が弧を描く。
今俺は胡散臭い笑みを浮かべているのだろう。
「マオさん、『悲劇のヒロイン』って聞いたことない?」
***
マオさんと飲んでは語り、気付いたら朝になっていた。
セレンが扉を開けてよたよたと歩いてくる。
「あ、セレン、おは……」
「フィン~!!ヒールで踊ったせいで足が筋肉痛だよぉ~!もう絶対夜会なんて行かないっ!!」
痛みで半泣きになっているセレンを抱き締めて、この腕の中の愛しい子が本物の『悪者』になることはないな、と俺は思った。
悪者ですが勇者が過保護で身動きがとれません 雪野ゆきの @yukinoyukino
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