怪談レポート~introduction~
久世 空気
異世界電話ボックス
怪談収集家の噂
「先輩から聞いたんだけどさ、怪談を買い取ってくれる人がいるんだって。ただ自分が体験した話じゃないといけないんだけど。結構な金額みたい。嘘は通じないらしい。残念ながら俺は怖い体験も不思議な体験もしたことがない。おまえ、なんかあるんだったら行ってみたらどうだ? 怪談収集家に会えるか聞いといてやるよ」
倉
「あの人、行方不明なんだって? まぁ、いろんな事件に首を突っ込んでるというか 、 引き寄せてるというか、何かと話題が耐えない人だからね。3年のいじめを止めたのも、隣町の援助交際一斉摘発も彼女が一枚噛んでるとか。頼りにしてる大人もいたみたいだけど、逆に敵も多かったんじゃない? 殺されて埋められてるって噂。物騒だよなぁ」
電話ボックスの噂
「知ってる知ってる。あれでしょ? 電話ボックスから自分のスマホに電話したら異世界に行けるっていう。どこの電話ボックスって? さぁ、駅前とか分かりやすい所じゃなかったと思うけど、実際電話ボックスって使ったことないし、使う予定ないからどこにあるか、分かんないや。え? ホントに異世界に行けたかわかるわけないじゃん! でも行方不明になった子はいるでしょ? その子がいなくなる前に電話ボックス使ってるのみたって…… 私の友達の先輩が、話してたらしいけど」
「なんか行方不明になってから目立ち始めたよね。あんまり友達いないみたいだったけど、別に悪目立ちしてる様子もなかったし、皆一人が好きなのかなって思ってた。いなくなって毎日両親が学校に来るじゃん? 気持ちはわかるけど、先生たち絶対迷惑してるよね。虐めが原因で失踪したんじゃないのかって疑ってるんでしょ? 本人見つけて本人に聞けばいいじゃん! 虐めなんてしてないって! でも……多木谷さんが大鳥としゃべってるの見た子もいるって。大鳥、知らない? いわゆる不良? 関わるとやばいよ。キレたら何するかわからない。地元で有名。親も元ヤンだかなんだで、子供に指導入ったら親が10倍返しよ。頭おかしいのよあの家。だから大鳥に目を付けられてたとしたら……
双子の噂
「今年の新入生だろ? なんか不気味な二人。行動が不気味っていうか。……4月に校舎裏で ふざけてた3年が1階の1年の教室の窓割っただろ? 窓から見えてたらしいんだけど、まぁ、誰も気にしてなかったんだと。それなのに双子がふらっと立ち上がって、二人でカーテンをざーって閉めたんだ。その時、別に二人は話してなかったんだって。そしたらカーテン閉めた瞬間ガシャーンて野球ボールが突っ込んできたんだって。カーテンしてなかったらガラスは飛び散ってただろうし、ボールで怪我してたやつもいただろうな。大袈裟に言ってるって? だったらもっと盛るよ! 双子がしたのはカーテン閉めただけだぜ? その後『何でわかった』って聞かれても答えないで笑ってるんだ。不気味だろ? あいつら未来が見えるって噂」
ようやく4件目の公衆電話を見つけたとき、西の空は気味の悪いオレンジ色になっていた。人通りの減った住宅街。駅の方に行けばもっと人がいるのだろう。なぜこんなところに電話ボックスを設置したのだろうか。おかげで時間がかかってしまった。まあ、暇だからいいけど。
俺は電話ボックスに入り、自分のスマホをバカでかい緑の電話の上に置いた。これまたでかい受話器を取る。10円を入れる。自分のスマホの電話番号を押す。スマホはマナーモードにしているから無音だ。コール13回待つ。4回目の異世界へ移転する方法。コールを待ちながらボックス内にいた小さな羽虫を何度も手で払う。15回を過ぎたあたりで俺は受話器を置いた。戻ってきた10円を回収して、今度は100円を入れる。
「異世界電話ボックス」の噂には何パターンかあった。使用する硬貨の種類、コールの回数、時間帯。中には「昭和33年の10円玉」という指定があるものもあった。これは製造枚数が少なく査定に出したら10倍の値段がつくらしい。さすがに準備するのは無理だったが。
100円玉でも異世界につながらず、俺は受話器を下ろす。スマホを見ると20件の着信があった。自分で試したものと、その他だ。全部履歴を消して保存していた地図を開く。マークしている場所を消していく。この辺りの公衆電話は調べ尽くした。さらに探すとすると他の駅周辺になるが、果たしてそこまでするべきか。さすがに4件目で電話をするだけの作業に飽きていた俺は、倉日華の死体探しでもしようかと思い始めていた。
その時、数人がぼそぼそと話す低い声が聞こえてきた。振り返って体が硬くなる。大柄の男が一人、その取り巻きが3人。どいつもだるそうに歩いているが、目だけはギラギラと周りを伺っている。いわゆる不良というやつだ。俺はスマホを脇に挟んで隠し、公衆電話の受話器を上げ電話しているふりをする。俺の暇な日常が、怪我して入院することでさらに暇になることは避けたかった。
不良共は俺の存在に気付いているだろうか。気づいているだろう。ここだけ煌々と照らされた電話ボックスなのだから。
図体のでかい1人はやたら迫力があった。でも着崩した制服を着ているから俺と同じ高校だろう。他もそれぞれだらしなく着ているが多分同じ制服だ。
ちらっと様子を見たら、取り巻きの男と一瞬目が遭う。汗が流れてこめかみを伝って落ちていく。早く立ち去ってくれ。近づく話し声と足音。視線を感じるが、もうそっちを見ない方が良い。俺は受話器の発信音に集中しているふりをした。
足音がすぐそばまで来た。その瞬間ガンッと音がして電話ボックスが揺れた。
「うわぁ!」
と、俺は思わず叫ぶ。電話ボックスの外ではそんな俺を見て不良どもがゲラゲラ笑っている。笑いながら立ち去る。そして角を曲がって見えなくなった。それでも俺の心臓はバクバクと鳴っていて、驚いた弾みで手放した受話器はコードにぶら下がってゆらゆら揺れている。息を整え眼鏡をかけ直し、汗を拭う。カツアゲされたり、遊びで殴られるよりはマシだ。ちょっと揶揄われただけだ。不快感は消えないが。震える手で受話器を持ち、元の場所に戻そうとした。そのときだった。
「――・・・・・・て、ね。そんな――・・・・・・」
女の子の声が聞こえた。誰か電話ボックスの外にいる、そんな距離ではない。もっと近い。この電話ボックスから。
「・・・・・・たす・・・・・・」
俺のスマホを見るが、何かアプリが誤作動を起こしている様子はない。じゃあ・・・・・・手元の馬鹿でかい受話器を見る。
「・・・・・・が、こ・・・・・・」
「……」
恐る恐る、俺は受話器を耳に当てる。やはり、声はここからしていた。
「……たすけて」
キーンと、耳鳴りがする。
「誰?」
電話の向こうの相手に話しかける。声帯を動かしただけなのに、ぐらっと視界が揺れる。
「……殺してやる」
「……て……」
今度は低い男の声がする。物騒なことを言っているが、どうも電話に向かっていっている様子はない。俺の声が聞こえないのか。
「……たすけて」
「……俺が絶対に殺してやる」
「……やめて」
悲壮に懇願する女の子。低くうなるような声で話す男。いたずらか? 考えているうちにめまいはどんどんひどくなる。もう電話ボックスの壁に手を置いて立つのがやっとだ。男女が同じ会話をぼそぼそと繰り返す中、突然高く凜とした声が入り込んだ。
「だめだよ、はるかくん」
それを聞いた瞬間、視界が真っ黒になった。
「大丈夫ですか?」
どれくらい時間がたっただろうか。暗闇から声がする。気を失っていたらしい。暗闇など無く、目を開けたらそこは4番目の電話ボックスの中で、俺はコンクリートの床に座り込んでいた。
「大丈夫ですか?」
同じ言葉を繰り返す相手は電話ボックスの扉を開けて俺の顔をのぞき込んでいた。照明がやけに明るく髪と目に写る。色素が薄いやつだな、とぼんやり考えた。
「おい」
話しかけてきた男の後ろにもう一人男が立っていた。ミネラルウォーターのペットボトルを投げてよこす。
「飲めますか?」
俺は酔っ払いか何かと勘違いされているのではないだろうか。しかし喉が張り付いてしまいそうなほど乾いているのも事実で、遠慮無くキャップを開けてぐいぐいと飲み干した。
「悪いな」
見たところ同じ高校の下級生のようだ。制服と胸についた学年章でわかる。向こうもわかって助けてくれたのだろう。立ち上がって尻をはたく。公衆電話の受話器は元の場所に収まっていた。俺が戻したのだろうか。覚えていない。
「ここで何をしているんですか?」
「何って、電話だよ」
当然の質問だが答える義務はない。そもそも「噂の異世界電話を探していた」と言ったら頭を心配されて、救急車を呼ばれないとも限らない。
「嘘ですよね」
苦笑いして茶髪の方が言う。
「なんで?」
「だってそこにスマホがあるじゃないですか」
電話ボックスの床に俺のスマホが落ちていた。そうだった。気まずい。俺はあきらめ、気まずいついでに「異世界電話ボックス」の噂と、俺が今さっき体験した話を教えてやることにした。ついでに行方不明の多木谷あみなという女がこの電話ボックスを使っていた目撃情報も語ってやった。高校生三人、他人の家の塀に背中を預けて話す話が怪談とは誰も思うまい。
「男女の声が聞こえたんですね」
それはさっきまで話していた茶髪の方が言ったのかと思ったが、口を動かしているのはその向こう側にいる黒髪の男だった。声が同じだ。いや、俺が目線を下げた先にある二人の顔が同じ高さにある。さらによく見たら、髪型髪の色こそ違えど顔の作りもほぼ同じだった。
「まあ、そうだな。混線してどこかに繋がっていたのかな」
しかしそれだと最後の台詞に説明がつかない。
――だめだよ、はるかくん。
「ちなみに、君ら同校の後輩のようだが、君らこそここで何をしているんだね」
「家に帰るところですよ」
と茶髪の方がにっこり笑って指定の鞄を見せてきた。嘘くさい。
「俺は3年の筒井悠風だ。君らの名前は」
「僕は
茶髪の方が答える。木堂という名字に俺は聞き覚えがあった。
「もしかして」
「先輩、ここで誰かに会いましたか?」
俺の言葉を遮って黒髪――玄士が口を開いた。こいつは先ほどから、じっと何もない道をにらんでいたのだが、質問してきても尚、目線を動かそうとしない。
「いやぁ。不良に絡まれたけど、会ったのは君らだけだよ」
「その不良って、大鳥って男じゃないですか?」
玄士が振り返って俺を見る。見たことのない目をしていた。色や形ではない。いうなら目力というものだろうか。俺は一瞬気圧される。
「あ、どうかな。見たことないし。でもそこの阿多氏マンション未満の建物・・・・・・」
俺は周囲の家の屋根から生えるようにも見える高い工事現場を指さす。
「あそこ、不良のたまり場だって言われてるけど、大鳥が多木谷を殺して埋めたって思ってるやつが何人かいたぜ」
噂と言うほど出回っていない、しかし行方不明生徒の話になると必ず出てきたフレーズだ。――殺されて阿多氏マンションに埋められてるかもね。
「噂って面白いなぁ」
ぽつんと蒼士が言う。どういうつもりで言ったのか分からず黙っていたが次に続く言葉は特になかった。そのまま沈黙が続く。
「俺、ちょっと行ってくるわ」
玄士は俺たちの返事を待たずにふらっと歩き出した。
「ちょっと待ってよ」
蒼士が慌てて玄士の腕を引く。
「どう説明するつもり? 無理だよ。不良って馬鹿なんだよ? 聞いてくれないよ」
酷い言い草だ。俺は少しだけ大鳥に同情した。
「多木谷あみなの名前を出したら聞いてくれるだろ」
「逆に警戒されるかもしれない」
「おい、どういうことだ? 俺に分かるように説明しろ」
言い合いを始めた二人に割って入る。完全において行かれているような気がしたのだ。
「大鳥に自首しろって説得するのか? 殺人の証拠があるのか?」
「そういう話じゃないんですよ。っていうか多木谷あみなは生きてる」
きっぱりと玄士が断言した。
「じゃあ倉日華か? どっちが埋まってるんだ?」
「どっちも埋まってません」
あきれ口調で蒼士が否定する。
「電話で『助けて』って言ってたんだろ?」
と玄士が言う。俺が気を失う前に聞いた言葉だ。
「そうだ、あれが多木谷の言葉なら『殺してやる』って言ったのは大鳥だろ?」
何で聞こえたのかは知らないが。
「順序が逆だ。『殺してやる』『助けて』じゃない。『助けて』『殺してやる』だ」
「そ、それって重要なのか? っていうかそもそもあれが多木谷の声なのかどうか」
「多木谷の声だよ。多木谷はこの」
「もうやめよう」
蒼士の強い口調が玄士の言葉を遮る。
「先輩に説明するのも、大鳥を説得するのも無理だよ」
「無理なものか。一晩だって付き合ってやるよ」
玄士の代わりに俺が言い返した。ここで話を打ち切られても消化不良で眠れなくなるだろう。
「先輩、3年生なんでしょ? 暇なんですか」
「暇なんだよ」
蒼士はわざと話を受験にすりかえたかったようだ。確かにこの時期3年生は普通勉強で忙しい。しかし残念ながら俺は暇なのだ。勉強を放棄したからな。俺が食い気味に反論したことで蒼士は口を小さく開けたまま制止した。
「この電話ボックスは変なところにつながっている」
玄士が言う。
「見えないから、普通はそこには入り込めない。だけど何かの弾みで入り込んでしまうことがある」
「異世界ってやつか?」
「異世界じゃない。定義として正しいかは知らないけど、空間の狭間」
玄士は電話ボックスを指さし、すっと道を描くように指を動かす。
「見えないのになんで分かるんだ」
「俺たちは見えるから」
は? 俺たち? 二人の顔を見比べる。やっぱり、この二人は双子だと俺は確信した。噂で聞いた未来が見えるかもしれない、気味の悪い双子の新入生はこいつらのことか。
「そんで、その先でちらほら二人の影が見える。もしかしてと思ったけど、先輩の話から、大方、多木谷と倉だろうなって」
それも見えるのか?
「そろそろ出てこないと、身体的に危険だから」
「それは魔界の瘴気的なことか」
「なんのファンタジーですか。単に栄養失調と脱水ですよ」
多木谷が行方不明になってもう1週間か。
「多分、入り込んだきっかけは大鳥なんで、大鳥なら多木谷を助けられる」
「でも僕らは二人と無関係なんだ。話すら聞いてもらえないよ」
蒼士は大鳥と関わりたくないのだろう。その気持ちはよく分かる。しかし玄士が赤の他人であれ助けたいという気持ちを俺はくみたい。
「分かった。蒼士は帰って良い。俺が代わりに玄士と大鳥を説得しよう」
「「なんでですか」」
二人の声がハモった。
「先輩は全然関係ないですよね」
玄士の冷たい追撃。
「逆になんでだよ。電話の声を聞いたのは俺だよ? あれだろ? 大鳥にこの辺で『多木谷~』って叫ばせれば空間の狭間ってやつからひょっこり出てくるんだろ?」
玄士は微妙な表情をしたが否定しないからだいたい筋は合っているのだろう。
「まあ、好きにしてください」
諦めたように玄士は阿多氏マンションに向かって歩き出した。俺が追うと蒼士も付いてきた。
「結局行くのか」
「玄士を一人にできませんよ」
何で俺はノーカンなんだよ。
工事現場の囲いには蟹歩きすれば入り込めるくらいの隙間があった。あの大鳥が入れるくらいなのだから俺達は余裕で忍び込める。ビルはほとんど骨組みだけしかできていない。足下が暗くておぼつかなかったが、月の光と外からは見えなかったランタンの光でかろうじて行く道が分かる。だがその先は・・・・・・。
「なんだ、おまえら」
「関係者以外立ち入り禁止って、読めなかったのか?」
大鳥の取り巻きどものわかりやすい威嚇に、俺は素直に反応して引き返しそうになるが玄士は気にならないのかまっすぐ大鳥の前に向かった。身長差は三十センチくらいだろうか。さっきちらっと見たときもデカいとは思っていたが、身長もあればがたいの厚みもやばい。それに高校生とは思えない貫禄もある。
「こいつら帰らせて。必要ないから」
玄士の言葉は簡潔だった。一体あの小柄な体のどこにそんな度胸がついているのか。ここはこの不良共のフィールド。そんな対等な口調は絶対悪手だ。
「待って待って!!」
俺は思わず不良共と玄士の間に、割って入った。
「おい、ちょっと来て、おまえらは、そこにいろ」
俺は勢いで大鳥の腕をとって数歩、取り巻きから離れた。俺の勢いに飲まれたのか、意外と大鳥は素直に付いてくる。
「なんだよ」
「多木谷あみなの話だよ。他の奴らに聞かせて良いのか?」
ずっと厳つい顔をしていた大鳥の表情がわかりやすいほど変化した。
「何を知ってる?」
そしてすぐに食いついた。不良の顔が近づいて胃がきゅっと縮んだ。
「良いのか? 今話して」
大鳥は取り巻きに帰るように命令した。2人はかなり渋っていたが大鳥には逆らえないのだろう。大鳥がたばこを一箱ずつ渡すと「それなら・・・・・・」と言う感じで去って行った。不良の関係性はよく分からない。
「それで、あみなは無事なのか? 倉と一緒にいるのか?」
「まあ、生きてるよ。二人一緒に居る」
俺が見たわけではないけど。
「お前と多木谷がもめてるんだろう?」
「なんでお前がそんなこと知ってるんだ?」
当然の疑問であるが、答えようがないので「たまたま聞いた」と濁しておいた。
「俺は……あれだ、倉の失踪の方を追ってたんだよ。2人は仲が良いのか?」
「いや、倉はいろんなところで相談役みたいなことしてるだろ? それに頼ったこともあると言っていた。ただどれだけ話したかは知らない。2人が同時期に消えたから倉が関係しているのかと思ったが、違うのか?」
大鳥の目は完全に俺を頼り切っていた。不良というか普通の高校生だ。しかしそろそろ俺のはったりも苦しくなってきた。俺が玄士を見ると玄士がそれを合図に口を開いた。
「倉は多木谷に付き合ってやってるだけだよ。あんたと多木谷の間にある問題を解決しないと二人は帰ってこない」
「は?」
横やりを入れられた気になったのか早くも切れ気味に大鳥は玄士を見た。玄士はやはり動じる様子はない。蒼士に関してはこっそり大鳥の視界の外に動いていた。
「『殺してやる』って言ったのはなんでだ?」
俺が電話で聞いた言葉だ。あの声は、確かに大鳥のものとよく似ている。なんで分かったんだ。それも『見えた』と言うのだろうか。
「・・・・・・あみなに聞いたのか? でも、仕方ないだろう? 俺には他にどうすることもできないんだよ。あいつの両親は、俺の言葉なんて犬の鳴き声にしか思ってないんだよ。娘の声すら届かない」
「だから殺すのか?」
「そうしないと、あいつが壊れちまう。知らないだろ? あいつ、吐くんだよ。食っても食っても。でもそれも気づかれたら一晩中なじられるんだぜ? 眠れないって言って、図書館行くふりして俺んちで寝るんだよ。家にいたら眠れないんだってよ。俺んちすげえ汚いんだぜ? 夏場はほぼ毎日ゴキブリ出るのにさぁ。それでも家より寝れるって」
大鳥の怒り、絶望、そして不安。それが入り交じった告白を聞いている間、俺の全身は鳥肌が立ちまくっていた。多木谷の親は毎日学校に来て教師に文句を言っているらしい。俺も見たことがある。普通の親だった。それでも多木谷あみなにとっては拒食症になるほどの毒なんだろう。そんな親が、俺の家以外にもあったんだな。よく知ってるよ。それくらいで弱音を吐くなと言われるんだ。言われたとおりにしてれば良いの、って。決まった日常。決まった生活。それ以外を両親に見せたらいけない。「普通」が一本の綱になって、俺たちの前にまっすぐ張ってあるんだ。
「おい! あいつちゃんと食ってるのか? 寝れてるのか? 何で連絡してこないんだ?」
大鳥が俺の両肩をつかんで我に返る。
「いや、無理でしょう」
答えたのは蒼士だった。
「なんでだよ!」
大鳥の怒声に蒼士はさっと玄士の後ろに隠れた。
「だって彼女が『やめて』って言ってるのに、彼女の両親を殺す気だったんでしょ?」
「そうしないと! あいつが死ぬんだよ!」
ああ、殺すのは両親のことだったのか。俺はなんとなくほっとした。
「でも殺しちゃだめでしょ」
「じゃあ、どうしたら良いんだよ!」
そんな頭に血が上ってるから多木谷あみなは消えたんだろう。逆に俺の頭は少し冴えてきた。そうだ、双子は「衰弱している」と言っていたな。もう時間は無い。どこにいるか知らないが、そこより自分の家より、いるべき場所があるだろう。
「多木谷あみなは賢い女だな」
俺が言うと大鳥は今度は俺をにらみつけてきた。
「そうだよ! すげぇ頭良いんだよ。知ってるだろ、おまえと学年トップで競ってただろ!」
そうだっけか? 俺は周りなんて見てなかったから知らなかった。
「おまえは逆にあほだな」
あ、と双子のどっちが上げた声なのか分からないが、それと同時に倒れていた。頬が熱い。口の中が切れたが、歯は無事のようだ。クラクラする頭を押さえていたら今度は胸ぐらを捕まれ、持ち上げられた。
「なんだおまえ」
すごい力だなぁ。でもあんまり怖くないのは俺が麻痺しているからか? それともこいつが本当は嫌なやつじゃないって知ってるからか?
「なんで多木谷がおまえに『やめて』って言ったかわかってないだろ?」
「それは、あいつが俺に前科背負ってほしくないからだろ? あいつは賢いし優しいんだよ!」
なんだそのノロケ。
「ちがうだろ。お前にどこにも行ってほしくなかったからだよ」
大鳥の腕がびくりと動いて、ゆっくりと力が抜けていった。目が泳いでいる。思い当たる節があるのだろう。さっきも自分で言っていたもんな、あほめ。
「人殺したら未成年でも逮捕されるだろ。それから多木谷はどうやって生きたらいいんだ? 今はお前がいるから保ってるんだろ? 友達だって他にいないみたいだし、1人で生きれる女か?」
「・・・・・・違う。違うよ。でも、どうしたら良いんだよ、わかんねぇよ」
「わかんねぇなら、賢い彼女にとことん聞けよ。お前が手伝えること、あるかもしれないだろ。人殺しになる前に、死ぬまで一緒に生きてやれよ」
自分でもびっくりするほど歯の浮くようなセリフに、大鳥は泣いていた。本当にあほな男だ。
「それで、あいつは今、どこにいるんだ?」
俺はまた玄士を見た。やはり引き継いでくれた。
「とりあえず、電話で呼び出せそうだ」
「いや、何回掛けても電波が届かないって言われてつながらねぇんだ」
「その電話じゃない、外の電話ボックスだ」
玄士は言い終わるやいなや勝手に歩き出した。
電話ボックスに行くまでの数分で少し俺は大鳥と話した。多木谷とは小学校の時からの幼なじみで、中学でいったん別々になり、多木谷は中高一貫に行ったが校風が合わず公立高校に受験し直したらしい。何があったのか大鳥は詳しくは言わなかった。
「連絡はいつも取れていたのか?」
「あいつの携帯電話は、毎日両親がチェックしてるから、一応番号は聞いていたが行方不明になるまで掛けたことが無かった。いつも公衆電話から俺に掛けてきてたよ」
たぶんそれがこの電話ボックスだったんだろう。
「これで掛ければ通じるのか?」
大鳥はまだ半信半疑、というより自分の知らない電話ボックスの機能があると思っているようでおっかなびっくりという様子だ。やっぱりこいつ、怖くないな。
「ここで見ててやるから、掛けてみろよ」
開いた扉を押さえたまま俺が言うと、大鳥はスマホを確認しながらダイヤルを押し始めた。偉そうにしていても俺も何が起こるか分かっていない。双子を振り返ってみても電話の順番待ちみたいな顔を並べているだけだ。
「・・・・・・あみなか? 俺だよ。どこにいるんだよ。平気か?」
電話がつながったらしい。大鳥の握りしめる受話器からぼそぼそと声が漏れている。
「ごめんな。もう、あんなこと言わないから。お前と、一緒に、ずっと一緒にいるから。お前を、傍で守らせてくれ」
大鳥は公衆電話にすがりついて泣いていた。隠そうともしないむき出しの愛情に俺は戸惑った。今更だが、大鳥は多木谷が好きなんだなぁと理解した。
「ほんとうに?」
受話器の声がはっきりと聞こえた。
「ほんとうに?」
もう一度、今度は背後から聞こえ、俺と大鳥が振り返ると双子の後ろ10mほどのところに制服を着た女子が二人うずくまってこちらを見ていた。片方の細身の女子は携帯電話を握ってぼろぼろと目から涙を流している。もう片方はその女子を支えるように両肩に手を置いていた。
「あみな!」
大鳥は俺を押しのけて細身の女子に駆け寄り抱きしめた。折れてしまうんじゃないかと心配したが細身の女子・・・・・・もとい多木谷あみなは嬉しそうに大鳥を抱きしめ返していた。
すでに無関係のような顔をしていた双子だったが、ふと玄士が再会した二人に近づいてこう言った。
「もう、二度とこの工事現場には来るなよ。彼女が大事なら」
それは不良なんてしないで大切な人の傍にいろということだろう。それなのに蒼士はなぜか一瞬眉をしかめた。
後日談としては、多木谷は家から逃げ出した。大鳥と一緒に。多木谷の親戚の家を頼ったらしいが、どういう話になったかは知らない。多木谷の親は学校に来なくなったため静かになり、もともと存在感の無かった多木谷がいなくなって行方不明自体みんなすぐに忘れてしまったようだ。大鳥は元々疎まれていたためにあえて話題にするようなことはなかった。大鳥が多木谷を埋めたとかなんとか言う噂は個人を特定しない形でうっすら残っているようだがそれもすぐに消えるだろう。上記のことは俺が後日、倉日華から聞いたものだ。
「倉さんに聞きたいことあるんだけど」
「日華でいいよ。みんな日華ちゃんって呼んでくれてるよ」
あのとき多木谷を支えていたのは倉日華だった。
「じゃあ日華ちゃん、二人はどうして行方不明になったんだ?」
「うーん、正直、よく分からないんだよねぇ」
多木谷は大鳥に連絡したのと同様、日華ちゃんにもあの電話ボックスから連絡していたらしい。ある日、大鳥が自分のために罪を犯そうとしていると連絡があった。相談と言うより、遺言だったらしい。
「もうだめ、私のせいで、死にたいって繰り返してたから電話口でなだめてたんだけど、突然プツッて切れちゃって。前にどこから電話してるのか聞いてたからすぐに向かったの。電話ボックスの周りうろうろしてたら、なんか同じところぐるぐる回っててね、一応しばらくしたら多木谷さんと合流したんだけど、どうにも抜け出せなくて」
日華ちゃんは小首をかしげる。
「ちなみに『異次元電話ボックス』の噂は聞いたことあった?」
「うん・・・・・・でも、あれが異次元? 変な言い方だけど山で遭難したみたいだった」
街中で遭難か。シュールな話だ。
「もともと多木谷さんと友達だったわけじゃないよね? 学年違うし。相談ダイヤルとか開設してるの?」
「まさか!」
と日華ちゃんは笑う。なんともすがすがしい笑い声だ。
「よく分からないけど、いつの間にか何でも屋みたいになってたんだよね。頼られるのは好きだから相談くらいなら誰からでも聞いてるよ」
噂を聞いたときはもっと怖い人かと思っていた倉日華も大鳥も実際話してみるとどちらも癖はあるが良いやつだった。噂とは当てにならないものだ。
しかし一番あり得なそうな『異次元電話ボックス』の噂は本当だった訳だ。これに関しては放課後、一応専門家である木堂蒼士をとっ捕まえて聞いてみることにした。
「別に専門家じゃないですよ。見えてるだけです」
「今日は玄士はいないのか」
「別にいつも一緒にいるわけじゃないですよ」
蒼士の希望で学校を出て小山の上の公園に向かった。平日だが遊具で遊ぶ小学生がちらほらいる。さらにここからは町を見下ろすこともできる。このあたりに住む人にとって癒やしの場所である。
「もともとあそこはちょっと空間が不安定なんですよ」
「なんかSFみたいだな」
『異次元』の時点でSFには違いないのだが、それにしては残念なくらい規模が小さい。
「空間にも時間にも物体にも、多少ゆがみはありますよ。それ自体は珍しいものじゃないんです。僕たちの生活にはほぼ関係がないレベルです。ただ色々条件が重なってゆがみが大きくなりすぎると、気づかずにうっかりはまり込んでしまうこともある。それを『異次元』と呼んでいたんですね」
「つまり双子から見たら『異次元』ではなくて、同じ次元にいるけど見えなくなってるって感じか」
「まあ、僕たちからは見えていたんですが」
俺なら自慢げに言いそうなことをさらっと蒼士は言った。
「はまり込んだら抜け出せるって言ってたな」
「普通に考えたら、元来た道を戻るものです。でも多木谷さんは帰りたくなかったし、日華先輩は連れて帰りたかったしで、無意識に帰る道を避けていたんですね」
「狐に化かされたみたいだな」
「そうですね」
小山公園から見る、20階建て(予定)の阿田氏マンションは突き抜けていた。こんな街中に狐なんかいるわけもない。
「なぁ、君らには何が見えてるんだ?」
蒼士は風になぶられた髪を鬱陶しそうにかきあげた。
「言葉で説明するのはむずかしいですね」
「生まれつき目が見えない人に色を説明するようなものか」
例えがはまったかどうか分からないが、蒼士は少し悲しそうな顔で笑った。
「僕は見えてもあまり言わないんですよ。でも玄士は見て見ぬふりが出来ないらしくて。それで嫌な思いをすることもあるのに」
今まで誰かに自分たちが見ているものを知らせようとしたことがあったんだろうか。そしてその度に、無碍にされたのではないだろうか。
「でも、仕方ないですよね。今回に関しては」
「死人が出るかもしれなかったしな。行方不明事件も結構騒がれていたし」
もし『異世界』で息絶えたら、二人はどうなっていただろう。事件は迷宮入りし、何人もの人間が傷つくことになった。
蒼士の信念に反するかもしれないが、人助けできたんだから良いんじゃないのか? そう慰めの言葉でもかけようと思ったが、振り返ってその顔を見て言葉を飲み込んだ。その目はあの夜の玄士と同じ目をしていた。形容しがたい強い目を。その視線の先には、阿多氏マンション。工事中のそれを囲っていた防音シートがなびいた気がした。しかし、そのかすかな動きは徐々に大きな揺れとなり、未完成のマンションは崩れ始めた。かすかな重音が離れたこの公園にまで響いてきて、遊んでいた子供たちはマンションの崩壊に気づき、騒ぎ出した。骨組みだけで放置されたマンションは、もともと工事がずさんだったのか、その後に何か不具合があったのか、突然崩れ落ちた。もちろん全国的にニュースになったし、大人同士の責任のなすり付け合いが盛り上がったことは言うまでも無い。しかし、俺はこの崩壊の時点で、この事故による死者0人だということに気付いていた。
「もう、二度とこの工事現場には来るなよ。彼女が大事なら」
玄士が大鳥に言った言葉。俺はあの時「もう粋がって不良してんじゃねぇよ」という意味だと思っていた。しかしそうではない。「ここにいたら彼女を救う前に死ぬ」あいつはそう言いたかったんだろう。
小山公園で俺がマンションの崩壊を見ている間に、気がつけば蒼士は帰っていた。彼もまた、マンションの崩落もそれによる大鳥の死も見えていたのだろうか。
――これが、俺が怪談収集家とで会った事件。……誰が収集家か分からないって? 慌てるなよ。人一人を理解するのには時間がかかるんだ。じっくり行こう。次回、二つ目の事件「放課後モンスター」の話をしよう。楽しみにしておくといい。
怪談レポート~introduction~ 久世 空気 @kuze-kuuki
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