内臓が腐った話

@azuma123

第1話

最近は、チョコレートが食いたくてしかたがない。ここ数週間は毎日、三食あわせて『ガーナのチョコレートブラウニー』を七本ほど食っている。一本二百キロカロリーとしても、七本食えば一四〇〇。人間として一日生きていられるカロリー摂取量ではあるのだろう。わたしはもともと甘いものがさほど好きではない。一過性のものなのか、体質が変わったのだろうか。生クリームとかアンコなんかに食指が動くわけではなく、あくまで食いたいものはチョコレートのみなのだ。それも、ホワイトチョコレートじゃいけない。カカオの味がほしいのだろうか。なんにしろこんなことを続けていると身体に悪いんだろなあと思っていたところ、内臓が腐り始めてしまった。

まず最初にあったのは、ひどい腹痛だった。なにか変なものでも食べたかなあと、薬箱を開けて腹痛薬を飲む。この時点では内臓が腐っていることには気付いていない。もちろん薬なんて効くはずもなく、ひどい腹の痛みにのたうちまわり続けた。腹は空かないが定期的に脳は「チョコレートをよこせ」とわめきたてる。そのたびに小さい正方形で個装されているアルファベットの書かれたチョコレートを一つ口に放り込んだ。腹の痛みで時間の経過もわからない。とにかく寝てしまおうかと目を瞑ってみるが、じっとしていることができない。痛い。腹が痛い。トイレにこもるが糞も小便もでない。救急車でも呼んでやろうか、いや、まだ我慢はできるし、と迷いに迷い携帯電話を手にしてみる。ふと、もう一度腹痛薬を飲んでみようと思い立つ。一回二錠、一日三回が規程の薬である。一度に十錠も飲めば五倍効くってもんだ。再度薬箱を開けたところ、青色の錠剤が目に入った。先日タイ料理を食いにいった時、店主から得たいのしれない薬をもらった。この青色のものがソレである。当時は泥酔していたため存在すら忘れていたが、どうせ精神安定剤とか、眠剤とかそういった類のものだろう。パッケージにはタイ語だろうか、記号のような文字が印字してあり何が書いてあるのか皆目わからぬ。ええいままよと青い錠剤をバラバラと体量に手に落とし、全てを口に含み飲み込んだ。これで痛みがやわらぐならそれでよし。どうにでもなれと布団に横になり、あいも変わらぬ痛みにウググウともんどりうっていたところ、気付かぬうちに眠ってしまったようだ。

起きたときには、頭がぼんやりしていた。口の中には異物を多量に詰め込まれたような感覚がある。いまわたしは口を閉じているのか、はたまた、大口を開いているのだろうか。まあ、どちらにしても問題はあるまい。そういえば、腹の痛みはどうなったのかと意識を据えてみる、と同時にひどい吐き気にみまわれ仰向けのままゲロを吐いてしまう。ゲロで溺れてはかなわんので、急いで体を起こしゲロを落とす。急いで体を起こしたのが悪かったのか脳がグルリと回ったようで、そのまま続けて数回吐いた。吐いたゲロは真っ黒であり血なのかチョコレートなのかわからない。とにかく吐き気はあるものの、腹痛は治ったようである。これはこれでよろしい。

おそらく薬によるものか、ぼんやりしている頭を無理やり起こして洗面台に向かう。ゲロまみれの服を脱いで、顔を洗い歯を磨く。鏡に映った顔にはおびただしい数の赤黒い斑点ができていた。驚いて体も見てみると、同じ色をした赤黒いシミがそこら中にできている。突発的に(これはエイズだ!)と思った。わたしは近隣の橋の下に現れる、淫売をよく抱いている。一回二千円。とてもよろしい。複数回の堕胎により子を産めない体だというもんで、避妊具のありなし関係なく同料金なのだ。わたしは避妊具をつけたことなど一度もない。エイズになったとて不思議ではない。どうしたもんかねとゲロまみれの部屋に戻ると、自分から嗅いだことのない臭いが発生しているのを感じる。肉が痛むときの甘いような臭い。臭いのもとを探し出そうと鼻元に腕を持ってきたところ、自分の吐いている息に強く腐臭があることに気付いた。なんだ、と思うと同時に再度口からゲロが噴射した。今度の吐瀉物は真っ黒でも液状でもなく、デロデロの液体を纏い緑色に変色した、わたしの肺である。

ははあ、と思い床に落ちた肺を摘み上げる。肺が腐っている。ここで初めて、わたしはわたしの内臓が腐り始めていることを認識した。先日の腹痛も腐食によるものだとしたら、薬が効かないのも納得だ。今は神経すらもやられており、痛覚がなくなってしまったのだろうか。飛び出した肺を再度飲み込み、胸を強く叩いて定位置に戻す。青い錠剤の効能が切れたのか、次第に意識がはっきりしてくるのを感じた。それにともない、脳がまたしても「チョコレートをよこせ」とわめき始める。わかった、わかったと重い腰を起こしてチョコレートを手に取ろうとするも、いつもの場所にチョコレートがない。切らしてしまったようだ。最寄のコンビニまで買いにでることにする。

外にでると晴天だ。なんとか吐き気をこらえて最寄のコンビニに到着する。入店時にわたしの顔を見て、店員はわかりやすく嫌な顔をした。赤黒い斑点を多量に顔にしたため腐臭を撒き散らしている人間の入店など、どの店もお断りであろう。早く退散しなければ店に迷惑をかけるため、急いで菓子コーナーに向かうと、子供連れの若い母親が先客であった。子どもはチョコレート菓子を多量に手にしており、母は「そんなに食べるとお腹が腐るわよ」と子どもをたしなめている。わたしはははあ、と思い何も買わずにコンビニをあとにし、手頃なコンクリートブロックを手にして脳を叩き潰した。

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