第22話
「私だって、まだ一緒に居たいです……。やっと会えたんです。十七年もかけて颯馬様を見つけたんですからっ! また離れるなんて、耐えられませんよっ!」
私は言うことだけを口にして夢の世界に旅立っていった颯馬様に語りかけるように告げる。
そもそもこの世界に渡って来たのはアモンドレイク様に会うためだ。
確かに実際に会ってみると姿形も変わり、更には記憶まで全て消えた別人になっていたのには驚きましたよ。
でも、いくら姿形が変わろうとも根本的な部分は何一つとして変わっていない。
自分の愛した人はまだこの場所で生きている。それを実感できたときどれほど嬉しかったことか。そして、どれほど救われたことか。
「だけど、私がこの世界に居続ければいずれはもっととんでもない厄災があなたを襲うかもしれないんです……私にとって、第一にするべきはあなたなのに……そんなこと言われたら」
思えばアモンドレイク様も甘いところがあった。
優しくて隙だらけで、私がどんな目に遭おうとも自分を守ろうともしてくれた。ずっと信じてくれていた。
種族が違う私の『愛してる』と言う言葉に、同じ言葉を返してくれた。
私にとって、アモンドレイク様は唯一無二の恋人です。
だからこそ、世界を渡ってまで会いに来たのですから。
けれど、結果として私は生まれ変わった彼に対して魔族という厄災を連れて来てしまったのだから、本当は会いに来るべきではなかったのでしょう。
好きでもない人との結婚をお父様に薦められ、それは絶対に嫌だと断り続けた十七年。自分の抱えていた問題を解決することなくこちらを優先した結果がコレだ。
自分の愛する者を人質に取られ、ボロボロになるまで痛めつけられた挙句無茶な戦い方をさせてしまい戦闘不能状態。
ただこの人に会いたいがためにやって来たのに、私がやったことは颯馬様を傷つけただけ。
だからこそ、もうこの場にはいられない。
私と言う存在はこの世界にはいてはいけないんだと自分に言い聞かせて、本心を押し殺して別れを口にしたのに
「そんなこと言われたら、あなたの傍に居たくなるじゃないですかッ!」
一人で考えて出した結論を彼は否定した。
自分に『残っていても大丈夫』だと口にしてくれているのだ。
それがどれだけ嬉しく、それでいてどれだけ自分を悩ませる言葉なのかも知らずに口にするのだから、尚更質が悪い。
全く、どうして私の恋人は私の好きなことばかりをしてくれるのだろう。
そんなことを考えながら、ベッドに横たわる颯馬様を見据えていると
「どうするの? エレナちゃん。いえ、エレナ・エフリート。消えるのか、それとも残り続けるのか……」
「――沙紀、様……」
自分の名を呼ぶ声に反応し振り返ってみれば、ドアに背中を預けてこちらを見据える沙紀様の姿が確認できた。
私を見据える二つの眼に甘さは全く感じられず、ただ甥をボロボロにした原因にも等しい相手を睨みつけているようにしか見えない。
少しでも誤った答えを口にしようものなら殺す。
そんな感情が見え隠れしている殺伐とした雰囲気を醸し出している沙紀様は、私に一歩一歩と踏みよってくると
「私は言ったわよね? 一日だけ、アンタを見なかったことにしてあげると。アンタが颯くん、いえ……”アモンドレイク”の恋人だったから見逃してあげたのよ? 覚えてるかしら?」
「……はい。今朝の話です、忘れるはずもありません」
足を踏みだすごとに彼女の声に怒気が混じり、近づいて来るごとに空気が重くなる。
身体からは涙と共に冷や汗も流れ始め、恐怖による震えが止まらない。
そんな状況でありながらも、私は沙紀様の問いに正直に答えた。
忘れるはずも無い。私が今この場に居られるのは、お情け以外の何物でもないのだから。
素性の知れない相手を匿うことがどれだけおかしな話か、この世界に住んでいるわけでも無い私でも容易に理解できることだ。
しかも、自宅にいる甥の命を奪いかけていた相手を無事で済ませるなんて、それこそ無茶苦茶です。
けれど、ソレは他でもない目の前の沙紀様によって容認されてました。
その理由はただ一つ、さっきこの人が言ったように私が”アモンドレイク様の恋人”だったからだ。
「そう……。それはそうよね。だってアンタには言ったもの。この一日で颯くんの記憶をアモンドレイクのものに戻せたのなら、好きにさせてあげるって約束だったんだし」
「……」
「だから、死に物狂いで頑張ったのよね? 普段はしない色仕掛けだとか、無理矢理引っ張り回したりだとか……。颯くんの迷惑も考えないで……」
視線すら合わせるのが怖いとさえ思える相手である沙紀様は私の傍までやって来ると、首筋に片手を添えて女性とは思えないほどの握力で掴み上げる。
魔力切れで幼女体系の現在。
成人女性に抱えられる光景は珍しくもないでしょうが、少女を片手で持ち上げている状況はハッキリ言って異端。
この世界の一般女性を軽く凌駕した力を持っているのは間違いないでしょう。
「その結果がコレッ!? ……たった一日で、アンタは何で彼をこんな状態に出来るのよッ! 何で彼にドラゴンの魔力を使わせたのッ!?」
「……ッ!」
首が締め上げられようが、今の衝撃で口内の数か所が切れようが、私は悲鳴の一つも上げられなかった。
全ての原因は他でもない私です。そんな相手が何を口にしようとこの方は納得してはくれないでしょう。
それはそうです。”幼馴染”であり、”甥”でもあるアモンドレイク様が瀕死の状態で倒れているのですから。
「アイツの恋人だから大目に見てやったのに……アンタは、恩を仇で返したのよッ!?」
怒りに我を忘れかけている沙紀様は、自らの力で作り上げた西川沙紀という仮の姿を維持できなくなっていき、やがて四肢だけが人のソレとは全く違うものへと変貌を遂げる。
先程のリザードマンなどまるで話にならないような魔力を放出し、私の首を握り潰すほどの力で握っている腕は青く美しい鱗が生えてきている。
彼女こそ……私と颯馬様が一日かけてまで探そうとしていたドラゴン族に違いなかった。
「アモンドレイクの記憶を取り戻せたのならこの世界に残っていても良い。私がそう言ったのが悪かったようね。おかげで、彼はこの状態よッ!」
「うぐっ!?」
喉が締め上げられ悲鳴が思わずこぼれる。
コレは約束を果たせなかったことと、颯馬様をこのような目に遭わせた報い。与えられて当然の罰だと私は自分を責め、無抵抗を貫く。
「約束は約束よ……アンタは颯くんの記憶を戻せなかった。今すぐこの場で消してやる」
沙紀様の心情が現れたかのような怒号が部屋に響き渡り、私は死を覚悟して目を瞑った。
きっと胸を鋭い爪で貫かれ死ぬのだろう。そう思っていた私でしたが、いつまで経ってもその時が来ないことに疑問を覚えて閉じていた瞳をゆっくりと開く。
目に映るのは腕を振りあげて、私を睨み殺すかのように見据えている沙紀様の姿。
けれど、振り上げられた腕は目標を貫くことなく下ろされると
「私はアンタを許さないし、アンタの訪問をこの世界に住み生きるドラゴン族全員が認めない……けど」
沙紀様はそう口にするや、私の首を絞める腕の力を緩める。
解放された私は呼吸困難になりかけていた状態から楽になり、咳き込みながら呼吸を開始。少し落ち着きを取り戻したところで、目の前に立ち私を見下す沙紀様を見上げると
「颯くんだけは、アンタのことを認めてる。……凄い癇に障るけど、アンタが消えれば彼はもっと傷つくことになるわ」
「ケホッ、ゲホッ! そ、それなら……ッ!」
「勘違いするなよ、たかが魔族風情がッ! 彼がアンタを毛嫌いしていたら、私は容赦なく殺していたんだからねッ!」
もはや人の原型をとどめていない沙紀様。
彼女の怒気は辺りに冷たいを通り越した凍える寒さを提供し、部屋の温度を一気に凍らせていく。肌寒いを超えた寒さは心なしか身体の表面を凍らせているようにも見えなくない。
けれど、私はそんなこと気にならない程に歓喜していた。
何故なら、まだ彼と一緒に居られる。同じ世界で同じように生きていても大丈夫なのだと認められたのだと分かると、多少の寒さなんて気にならない。
私は心の中に芽生えた喜びに背後の颯馬様に抱き着きそうになるのを必死に抑えて、その場で頭を床にこすりつける程に下すと
「あ、ありがとうございますッ!」
「私は、アモンドレイクのことを親友だと思っている。アイツが悲しむようなことはしたくない、ただそれだけよ」
そう口にする沙紀様の姿はいつもの人の姿に戻っていましたが、依然として私を見下すその瞳には怒気が混ざっている。
きっと、認めはするけれど許しはしないということなのでしょう。
「けれど……気を付けることね。ドラゴン族の全てがアンタの滞在を許したわけじゃ無いんだから。この世界に居続けるということは、むしろ自分の命を捨てるようなものだと思っておくことよ」
「……」
沙紀様は言いたいことだけを告げて部屋から姿を消した。
この世界に居続けることがどれだけ危険なことなのかは分かりません。
けれど、少なくとも颯馬様の傍に居られるだけで私にとって天国と変わりないのは確かです。
「颯馬様……私は、残ります……。ずっと、あなたの傍で生き続けます……」
さっきまでのモヤモヤとした気持ちは何処へやら。
私はちょっとだけまだ残っている恐怖の余韻を感じつつ、晴れ晴れとした気持ちで背後の颯馬様に愛を呟くと同時に彼の唇を奪うのだった。
恋人を名乗る美少女が現れたが、魔王の娘だった!? @wakiyaku0033
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