第21話

「また、このパターンか……」


 目を覚ました俺は、見慣れた自室の天井を目の当たりにして安堵のようで呆れにも似ているため息をついた。


 先程までの激闘が俺の勘違いでなければ、俺はサムエルとの戦いに勝利しエレナも無事なんだろう。そして、倒れた俺を彼女は運んでくれたというわけか。

 だとしたらどうやって運んだんだろう。


 まさか、素っ裸のまま俺をおんぶしたりはしていないよな?


 エレナの服は他でもないサムエルのせいで引き千切られたはず。

 そうなれば彼女が身につけているものはないはずだし、結果的に素っ裸で行動しなければならないのは当然だ。


 だけど、素っ裸の女の子におんぶされ真夜中に運ばれる男の子の構図はあんまり想像したくないからな。さっきとは別の意味で大きく嘆息すると


「ありがとうな、エレナ。最後の最後、俺を助けてくれて」


「いえ、当然のことをしたまでです」


 視線を動かすことなく口にしてみれば、すぐそばから聞き慣れたエレナの声が耳に入ってくる。

 この前のことを考えてすぐそばにいるんじゃないかと思っていたけど、その予想は当たっていたようだ。


 とは言っても、彼女とて瀕死の人間に前回のように添い寝するつもりはないらしい。

 頭を横に向けてみれば、ベットの傍に椅子を用意しソレに腰掛けたエレナの姿が確認できた。


 俺をここまで運んできたからどれくらい時間が経っているのかは知らない。

 だか、彼女は俺が気絶している間も看病してくれていたんだろう。目の辺りにクマを作りながらも俺に笑みを浮かべてくれる。


 そんな彼女に俺も苦笑を漏らして上半身だけを起こすと


「ゴメンな。俺のせいでお前には迷惑かけたよ。痛かっただろ?」


「いえ、あの程度少しも痛くありませんよ」


 俺に対して安心させるかのような優しい声。

 だが、口を動かすたびに彼女の顔には少しだけ苦痛に歪み、我慢しているのが割と簡単に理解出来て途端に辛くなってくる。


 だってそうだろう?

 俺が拘束されているからという理由でサムエルに好き勝手に殴られたり蹴られたりを繰り返し、挙句の果てには一張羅を引き裂かれたわけだし。


 それで何も思うところはないなんて……絶対ないだろう。


 そう思うとなんだか俺の方が辛くなってきて、思わず彼女の頬に手を伸ばし添えると


「我慢しないでくれ……。俺は知ってる。奴の拳は殴られると痛いこと、奴の爪は引き裂かれると激痛が流れること……。口の中の傷は痛いだろ?」


「……実は、少しだけ」


 諦めたような苦笑を浮かべて彼女は告げる。

 そして、添えられた俺の手を取り何故か頬を赤く染めて俺の顔に自身の顔を近づけてくると、物凄く興奮したように鼻息を荒げて


「で、ですが……颯馬様の唾液という秘薬を飲ませていただければ、この痛みも治まるかもしれません。いえ……むしろ、その方法しかありませんとも!」


「遠回しにキスしたいだけだろ、お前は」


「あうっ」


 彼女に取られた手を抜き、頭に軽く手刀を落とす。

 基本的に淑女に見えるエレナだが、俺に対してはもうアレだ痴女的発言を口にすることが多い。っていうか、行動にもそれは現れているよ。

 全くもって油断ならない相手だ。


 つーか、コイツ俺が寝ている間に何もしていないよな?

 そんなことを考えながら俺はエレナの頭を撫でる。


「わっ、そ、颯馬様!? 確かに私は撫でられるのも好きですが、どちらかというとキスの方が良いのですが……」


「はは……自分の欲求に素直だな。けど、今のお前にはそれは出来ないよ。だって、小さいし。今のお前はどちらかと言うと、『エレナ』というより『エレナちゃん』だし」


 俺の横に座っているエレナは、おそらく血が足りないというか魔力が足りなくなったんだろう。

 最初に出会ったなんとも懐かしいと言えば良いのか、幼女体系の『エレナちゃん』に変化していたんだ。


 それも、サムエルに引き裂かれたはずの一張羅は用意できなかったのか、俺の私服の一つを上に羽織っているだけという少しだけ目のやり場に困る姿をしています。


 もうあれだよ。自宅に彼女に見合う服なんて無いし、下着だって用意できるはずも無いわけだしな。

 沙紀さんが偶然幼少期の頃の下着を用意していれば話は別だが、流石に無かっただろうしこの状態がベストと言うことだろう。


「私は小さくともエレナですよ? だから、別に今の私にキスをしたところで大して問題はないじゃないですか!」


「俺的にはあるんだ。だからさ……」


 俺はそれだけ告げて彼女の後頭部に手を回すと抱き寄せた。

 瞬間、彼女の口から歓喜にも似た悲鳴が漏れるが、それはやがて安堵の息遣いから興奮した犬のように荒いものに変化していく。


 うん、分かっていたことだ。

 コイツは俺のことを命を懸けてまで守ろうとするほど愛している、自分で言うのもなんだけどな。


 だからこそ、コレはご褒美。

 俺の為に命を張り、無抵抗を貫いて身体を痛めつけられて、挙句の果てには一張羅を引き裂かれた彼女に俺にしか出来ない小さなお礼だ。


 故に我慢する。

 どれだけ息遣いが激しかろうと、どれだけ俺の背中に回された腕が卑猥な動きをしていようと。そして、どんなに腕の中の彼女が切なそうに俺を見て来ようとも、けして手を出さないように我慢だ。


 思春期の男の子には確実に拷問にも似た状況だが、ここで手を出してしまえばもれなくロリコンの称号をいただくことになりかねないからな。

 鋼の心と幼少期に見たゾンビの夢を頭の中で反復して耐えることに専念した。


「こ、これくらいしか出来ないけど……さ。コレが俺に出来るお礼だから」


「ぐぅ……嬉しいようで切ないようで、私にしてみれば地獄でした! 蛇の生殺しですよ!」


「悪いけど、俺はロリコンオヤジにはなりたくないんだ。その……キスは、また今度な?」


 ヘタレと呼びたきゃ呼ぶが良い。

 そう誰に言うでもなく心の中で叫びながらエレナに口にすると、俺は再び体重をベッドに預けるように倒れた。


 ほんの少し上半身を起こしていたってだけなのに凄く疲れる。

 きっと、サムエルと本気で戦った時の後遺症で疲労がピークになっているのと、それ以前に奴の手によってボコボコにされた時の痛みが残っているからなんだろう。


 自分で結論付けると同時に、俺はそう言えばと頭をまたエレナに向けると


「なぁ、エレナ。何で俺はあの時サムエルを圧倒出来たんだろうな? 俺って、自分で言うのも何だけど普通の人間だったと思うんだけど」


「――おそらくは、過剰な感情の高ぶりで颯馬様の内に秘められたアモンドレイク様の魔力が溢れ出て、一時的に身体能力が上がったのかもしれません」


 それまでの興奮した素振りは何処へやら。

 エレナはそう説明してくれると、あの時の状況を自分の見解も織り交ぜて教えてくれた。


 何でも、俺の中にあるアモンドレイクの魔力は底知れないほどの強さを秘めているらしいのだが、ある種のストッパーみたいなもので溢れ出るのを抑えられているのではないかということだ。


 その理由は、エレナ曰く他の魔族に居場所を悟られないようにするためという用途と、魔力のおかげで向上する身体能力を抑制するためらしい。


 まぁ、居場所を悟られないようにというのは分からないが、身体能力の方は分からないでもない。

 だって、それまでまるでサムエルに歯が立たなかった俺なのに、怒りでストッパーなるものが外れたと同時に身体能力が向上して奴と互角以上に戦えたんだからな。


 もはやオリンピック選手以上の能力を得られたんだ。

 現実味がなかろうとも俺からすれば信憑性は高い話には違いない。


「となると、今の俺はアモンドレイクの魔力がダダ漏れ状態だって言うのか?」


「いえ、今のところは以前と同じく意識しなければ分からない程度に抑えられてます。だから、今まで通り生活は出来ますよ」


「そっか。流石にあんな状態で家事とか出来るとは思えないし助かったよ」


 化け物を素手で圧倒出来るほどの身体能力で家事をこなすのは加減の調整が難しそうだしな。

 そういう意味では助かったと思う。


 呑気なことを考えつつエレナに笑みを見せれば、彼女は少し控えめに笑みをこぼした。

 そして、何やら何かに耐えるように拳を膝の上で握りしめると


「颯馬様。……私、ここから離れてしまおうと思ってます」


「――何でだ? 理由があるんだろう?」


 なんとなく察しはついていた。

 何よりも俺のことを優先しそうなエレナの事だ。今回の件で思うところがあったんだろう。


「私は、颯馬様が好きです。ソレはあなたがアモンドレイク様だからではなく、颯馬様だから好きなんです」


「お、おう……」


 割と重い話をしていたような気がするんだが、彼女の突然の告白に俺は狼狽えてそんな言葉を返してしまう。

 彼女いない歴=年齢の俺からすれば、告白の経験など皆無。

 少しばかり不愛想な返事になるのは仕方のないことだ。


「ですが、今回私は……他でもない私自身の問題で颯馬様を危険な目に遭わせてしまいました。だから、私は……この場に居ない方が良いんです……。颯馬様の……幸せを願うなら……私は……」


 言葉の中に嗚咽が混じり始め、美しいピンクパール色の瞳からは大粒の涙がこぼれて手の甲に落ちる。

 言葉ではソレが最善の策だと口にしているが、本心はその逆だと全く隠せていない。


 目は口よりも物を言うとは聞くが、彼女の場合は目だけでなく態度で全てを表しているな。

 もはや笑えるどころか痛々しくて仕方ない。


 俺は嗚咽混じりに虚言を述べるエレナの頭に手を乗せると


「ソレが本心だって言うのならここから去ればいい」


「――ッ!」


「だけど、本心ではここに残っていたいとか思ってるのなら、残ればいいよ。沙紀さんには俺から説明してやるから」


 もはや何も言葉を並べられない程嗚咽と涙を流してマジ泣きしそうなエレナは、『だけど』と視線で俺に問いかけてくる。

 多分、先程の言葉は彼女なりに考えた末に出した答えだったんだろう。


 自分が居なくなれば魔族関係で俺に迷惑はかからないし、今回みたく人質に取られて痛めつけられるようなことも無い。

 俺が傷つくところを見たくないからこそ出した結論。


 一人で考えた末にたどり着いた答えなんて、結局自己満足だとか自己犠牲で終わるものばかりだっていうのにな。


 俺は笑みを見せてエレナの頭をそれまで以上に荒々しく撫でると


「俺はお前にここにいてほしいと思ってるよ。なんだかんだで、お前のことは嫌いじゃないからな」


「――ッ!?」


 虚言を口にするエレナに対して俺は本心を口にし、パクパクと驚愕したようにこちらを見据えてくる彼女の頭から手を放す。


 そして深く呼吸をすると、どれだけクサイ台詞を吐いてんだとを割と本気で後悔しながら眠りについたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る