第20話
腸が煮えくり返る。言葉通りの怒りを心の内に秘めながら、俺は敵意むき出しに少し離れた場所で俺を驚愕に満ちた表情で見据えているサムエルを睨みつけた。
これほどまでに怒りを感じたのは中学二年の夏くらいだろうか。
同じクラスにいた女子生徒がカツアゲに遭ってるところを偶然目撃し、助けようとしたところ返り討ちになってボコボコにされた時だな。
あの時もそうだ。
自分の不甲斐なさと非力さ。集団リンチで勝った気でいる奴らの顔と、同じクラスの女子生徒の恐怖に満ちた表情。
ソレを目撃した瞬間、カチンとキレたんだっけ。
あの後は無我夢中と言うか、苛立ちを晴らすために一心不乱に相手を叩きのめして全員を病院送りにしてしまったんだよな。
まぁ、暴力沙汰を起こしたおかげで停学処分を受けてしまったわけだが。
それ以来、助けた女子の反応も何かよそよそしいし、他の事情を知らない生徒からは怖がられたりで散々だったからな。
過去の俺を誰も知らない葵ヶ丘高校に入学してからは、暴力行為は勿論イメージを壊すようなことはしてこなかったつもりだ。
だが
「――テメェに対しては暴力振るっても構わねぇよな!」
力が満ち溢れてくる。ソレが今の状態だろうか。
先程までの全身に感じていた疲労は嘘のように消え去り、左肩の脱臼も身体中にあったはずの擦り傷、さらには口内にあったはずの切り傷と虫歯が完璧に治っている状態だ。
もしかしたら、あまりの怒りにアドレナリンが分泌されて傷が治ったのかもしれないな。
「このクソトカゲ野郎……さっきはよくもやってくれやがったな?」
「き、貴様ッ、何故動ける!? さっき、散々ボロボロにしてやったはずなのにッ!」
「知らねぇし、知っててもテメェなんかに教えてやるか」
鉄筋の山に叩きつけられたり、地面に叩きつけられたりと本当に酷い目に遭わせてくれやがったからな。
ソレに対しての怒りも十分にあるが、一番の理由は他にある。
俺は小気味良く指の関節を鳴らしながら奴との距離をゆっくり埋めていく。
ほんの少し前まではコイツに追いつかれたくないだとか、殺されたくないだとか思っていたはずなのに、今は何故か無性に腹立たしくて奴をボコボコにしたくて仕方ない。
そんな感情が俺に対して近づけと命令しているんだ。
サムエルを文字通り完膚なきまでに叩きのめさないと気が済まないだろう。
「き、貴様のような人間風情に、ワタシが倒されてたまるものかァァァッ!」
だが、やつだって無抵抗のままやられるつもりは無いのだろう。
それまで浮かべていた驚愕に満ちた顔を怒りに歪ませ立ち上がり、俺に向かって鋭い爪を振り下ろしてきた。
「そ、颯馬様ッ!」
「心配すんな。何故だか知らんが、今の俺はこんな奴に負ける気が全くしない」
口にすると同時に俺は振り下ろされた爪を両腕でガッシリと受け止める。
そして、再び驚愕しているサムエルの身体に背中を預けるようにして密着し、「そぉれっ!」の掛け声で奴の身体を持ち上げ投げ飛ばした。
俺の身長よりもはるかにデカい巨体はそのまま再び吹き飛び、地面を何度か弾んだのちに壁に激突。
追い打ちをかけるように上から降って来た鉄筋とコンクリートの雨に悲鳴を上げた。
「おい、クソトカゲ。その程度でくたばるはずがねーだろ? さっさと起きてきやがれ」
「このぉ……調子に乗りやがってッ! イワレナクトモッ、キサマハコロスッ!」
怒りが最骨頂に達したらしく、また言葉遣いが片言になったサムエルはその場から跳躍。
重力を無視したように壁から壁へと移動しながら俺との距離を縮めて来て、その鋭い牙で襲い掛かってくる。
いつもなら早すぎて見えない、追いつけないとか泣き言を口にする所だろう。
だが、今の俺からすれば、奴の動きは”その程度”にしか思えない。
移動してきた後に牙で襲い掛かってくるサムエルを避けたり、腕を添えて軌道を変えたりして奴の攻撃を全て回避していく。
何故自分にこんなことが出来るのかと自分自身に問いただしたいところだが、今回ばかりはそんなことやってられない。
「オノレェェェッ!」
「うるせぇッ、テメェは黙ってろッ!」
俺の横を通り過ぎていくサムエルの尻尾を掴み奴の攻撃に終止符を打つと、俺はその巨体を地面に叩きつける。
そして、無防備になった奴の首の辺りに馬乗りになると腕を振りかぶり笑みを見せつけて
「言い忘れていたが、俺は一度怒ると手が付けられないそうだ。――これから、テメェを容赦なくタコ殴りにするが、言い残したいことはあるか!?」
「キ、キサマノヨウナヤツ二……ッ!?」
「歯ぁ食いしばれェェェッ!」
言い残す言葉なんて無い。あるのは自分を見下ろす人間に対しての憎悪だけってことか。
俺は奴のその言葉を合図に容赦なくサムエルの頭に拳を叩きこんだ。
本気で叩きつけた拳に伝わる感触は、まるでスポンジだろうか。
硬そうな見た目に反して実際は大した硬さはないんだろうと実感。しかし、俺の拳を受けて半ば意識が飛んでいるサムエルを見据えると同時に怒りがよみがえり
「まだ……終わらねぇぞッ!」
奴がどれだけ痛みを悲鳴として表現しようが止めるつもりは毛頭ない。
ただ、心の中を満たしていた怒りが静まるまで、俺はひたすらにサムエルの顔面を殴打し続けたのだが
「チョウシニノルナッ!」
憎悪に満ちた言葉と共に、奴の長い尻尾が俺の首に絡みついて来て恐ろしい強さで締め上げてくる。
流石は魔界で騎士の称号を得ているだけのことはある。
喧嘩慣れしているわけでも無い俺の殴打では簡単には沈んでくれはしないということだろう。
だが、俺だってまだ怒りを全て出し切れていないんだ。
不完全燃焼のまま終われば後味が悪くなるのは必然。そして、この場合終われば自分の命も、下手すればエレナも道連れになる。
そんなことには絶対に出来ねぇッ!
「うるせぇッ、テメェは静かにくたばってろッ。死にぞこないがッ!」
口にすると同時に俺は首に巻き付く奴の尻尾に噛み付いた。
瞬間「ギャァッ!」という短い悲鳴と共に、首を締め上げる力が一瞬だけ緩む。
その瞬間を利用してそれまで鉄筋が生えていて見るからに殴ると痛そうだなと思ってあえて避けていた右目に向けて、俺は渾身の拳を振り下ろした。
「グアァッ!?」
「――ッ!」
やはりと言うか、スポンジのようなサムエルの身体とは違って鋭い痛みを伝わせる鉄筋。
拳に突き刺さった気もするが、ソレの心配をするより奴の息の根を止める方が先決だと、俺は追い打ちとばかりに拳を押し付けていく。
最初こそ痛みに耐えられず陸にうちあげられた魚のように暴れていたサムエルだが、やがてこと切れたのだろう。
暴れていた四肢と尻尾を力なく地面に落とし、やがて動かなくなった。
「へへ……俺の、勝ちだな……」
動かなくなったリザードマンから自分の拳を離して俺は呟く。
そして、戦う理由でもあったエレナを見据えて安心させるかのように笑みを浮かべると、俺は再発した身体全体の痛みと追加で拳の激痛に耐えられなくなってしまうのだが、その瞬間
「――おあッ!?」
「ワタシガ……貴様の、ような……奴に……!」
どうやら最後の最後で詰め甘かったらしい。
トドメはさせたと思っていたんだが、奴の身体は思いのほか頑丈な造りらしく、未だサムエルはご存命のようだった。
だが、ソレに対して俺は瀕死状態。
これ以上戦う気力は残ってないし、指一本だって動かす気にはなれない。
「殺す……コロス……コロスコロスコロスコロスコロス~~ッ!」
繰り返される片言な『コロス』という言葉。
聞いているだけで死を訪れさせる呪文のようにも聞こえなくはないし、現に奴の尻尾は俺の首に再び絡みついて締め上げてきている。
コレは本気でヤバいかもな。
そんなことを悠長に考えていた俺だが、こうまで余裕をこいていられるのには実は理由があったりする。
第一に奴もこと切れる寸前。
ほとんど力を残していないらしくあまり苦しくはないからだ。
そして、もう一つは
「颯馬様に、それ以上傷を負わせるつもりですかッ!」
すぐそばにいるはずのエレナが、この状況を黙って見ているはずがないからだ。
俺の状態をいち早く判断し、救出するべきだと考えたのだろう。
エレナは片腕で胸を隠した状態で傍まで駆け寄ってくると、リザードマンの尻尾を切断すると同時に俺の腕を取りその場から離れる。
そして、ある程度距離を置いたかと思うと、何やら呪文を唱えて奴の下に魔法陣を展開。
結果的には、トカゲ人間は真下の魔法陣から放たれた灼熱の業火の中に消えていった。
聞こえてきたのは最後の断末魔。
心なしか、俺の名前を叫んでいるようにも聞こえたのは空耳だと思いたいんだが、それを確認したいという思いよりも痛みが勝ったのだろう。
俺は燃え尽きていくサムエルの死骸をバックにこちらを見据え、俺の名前を連呼しているエレナに返答も出来ないまま意識を失った。
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