第4話 ギャンブラーは異世界でも変わらない。


「凄いですねカミタバさん。まさか本当に勝ってしまうとは」


 店を出て路地を歩く神束の後ろからエランがゆっくりと口を開いた。


「凄いもクソも無いさ。そもそもルールに欠陥が多すぎる。それにあのユリーって女もギャンブルは素人だ」


 少し考えるようにして空を見上げた神束は吐き捨てるようにして言葉を発した。


「凄いですよ。それに最後の勝負はどうやったんですか? 何か仕掛けがあるようにしか思えないんですが」


「……仕掛けというほど立派な物じゃないさ。ただ単にルール確認の際にイカサマに対しての言及が一つもなかったからカードを借りて1から10までのカードに軽い印を付けただけだ。カー・ユリーがどれだけ勝っていた賭博師なのかは知らないが、普通はイカサマに対するデメリットをルールに儲ける。それをしないのはイカサマを使っているか、イカサマに意識がいっていないかのどちらかだ。だから俺は簡単なイカサマを施し使った。そしてザラナキはそれに気がつきながら見逃したんだ。つまりイカサマは容認されていたという事だ。だがカー・ユリーがイカサマを使っている感じはしなかった。結局、あの勝負は俺がどちら側の賭博師なのかを見たいが為に用意された物なんだろうさ」


「なるほど。あれ、でもそれじゃ勝ちは決まっていなくないですか? 1から10のカードに印を付けたというのは分かりましたが一番最初の72に500枚を賭けて勝った事の説明になってないですし、それに最後の数字は5だったんですよ。次のカードに印が付いていたとしても勝てるとは限らないじゃないですか」


「それも単純だ。最初の勝負は勝とうが負けようがどちらでも良かったんだ。勝てば資金を増やしつつ相手にプレッシャーを与えられるし、負けた場合はザラナキに金を借りる口実になる。ザラナキが俺の事を探っているのはイカサマを仕掛けた段階で気がついていたから負けても底の見たさに金を借してくれると睨んでいたんだ。だから勝負に出た。結果として俺は勝負に勝って流れを手にしたって訳だ。そして最後の5よりも上か下の勝負はその流れに乗って運で勝ちを得た」


 その説明を聞き、エランは唾を飲む。


「凄いですね。怖くはないんですか? 聞く感じ殆どが運絡みな感じがするんですが、もし負けてしまっていたら借金地獄になっていたんですよ」


「でも勝っただろ」


「それは結果論ですよ」


「……ギャンブルってのは動かなければ結果は出ない。それに今回、カー・ユリーと俺の間には圧倒的資金力の差があったからな。ギャンブルにおいて資金は体力だ。体力が少なければ力が拮抗していても負けてしまう。だから多少なりともリスクを背負って勝ちにいかなければいけないんだ。だからリスクを背負いつつ負けても大丈夫な一回戦に大きく賭けた。言ってしまえば全て予想通りだったって事さ。最後の勝負に勝てたのもそういう流れだっただけだ。動いた結果生まれた勝ちの流れに乗って1から4と6から10の2分の1の勝負に勝ったってだけさ。それに……そのスリルを勝ち取る事こそがギャンブルの面白さだ」


 一瞬の沈黙が二人の間に生まれる。

 エランが受け取った印象は住む世界が違うという物であった。少しでも硬貨を取り戻そうと考えるエランとは違い、神束は破産するリスクを背負ってでも大金を狙いに行く。どれだけ芯の太い人間であろうと、やはり、大金を目の前にすると芯がぶれる。正常な判断が出来なくなり、失敗するのだ。エランはそのような人間を何人も賭博場で見て来た。そのためギャンブルとはカー・ユリーのようにこつこつと着実に増やして行くのが正解だと思っていたのだ。

 だが神束はその価値観を大きく変えた。

 明らかに狂っているが、だからこそ憧れる。


「しかし、本当に有り難うございます。おかげで僕の借金も無くなりました」


「良いって事よ。俺も良い人達に出会えたからな。まあまた何かあったら声かけてくれ。その辺の宿でしばらく暮らすつもりだからさ」


「はい。本当に有り難うございます」


 そうしてエランは神束の背中を見送ったのであった。





 数日後、エランは一人でとある賭博場に来ていた。

 この都エルドラングルには3つの種類の賭博場がある。1つ目は個人が所有し私用で使う小さな場所、2つ目は10人ほどが同時に勝負の出来る個人経営の貸し出し場所、そして3つ目が大きな組織が経営する100人以上が同時に勝負できる場所である。2つ目と3つ目の大きな違いはディーラーが居るかどうかである。3つ目の賭博場には常に経営組織が用意した数人のディーラーが待機しており、いつでも公平な親を立てたギャンブルを行う事が出来るのだ。

 エランが訪れたのは3つ目の大規模な賭博場であり、エルドラングルで最も大きな賭博場であった。経営者はザラナキが所属する組織アルミラージであり、実力者の集まる賭博場でもある。

 ギャンブルで借金を背負ったエランが何故またそのような場所に来たのか。理由は単純である。神束に触発されたのだ。圧倒的な力でねじ伏せた神束のギャンブルは、まるで魔力のようにエランの脳裏に絡み付き魅了したのである。

 神束に対する憧れと、少しでも近づきたいと言う願望がエランを再び賭博場へ引き寄せたのであった。

 数人の大男がガードする扉を抜け入った先に広がる200畳以上の部屋には全面真っ赤なカーペットが敷かれており、幾つもの照明が明るく部屋を照らしていた。部屋には50人ほどの人間が様々な表情を浮かべギャンブルを行っている。

 エランが向かうのは数人が囲っている半円のテーブルであった。

 そのテーブルの円の方には5人の男が座っており、反対側には白のシャツを着たディーラーが立っている。


「丁度一勝負終わった所みたいだな。俺も混ぜてもらって良いか」


 エランは一番右の椅子に座りながらその卓に座る人達を見回し言葉を放つ。


「良いですよ。どうぞお座りください」


 言葉を返したのはディーラーであった。20歳くらいの短髪の好青年であり、ギャンブルとは無縁のような姿をしているがここディーラーをやっているという事はこの男も相当な強さをもったギャンブラーである。


「ありがとう」


 言葉を返し、もう一度卓を見回すと5人のうち3人が険しい顔を抱えていた。


「それでは新しい人も入ったのでもう一度ルールを確認させていただきますね。

 ゲームはヒットカード。

 1から3の数字が書かれたカード3枚を持ちゲームはスタートします。

 ディーラーである私は3枚のカードの中から1枚を選び場に伏せます。プレイヤーも同じく3枚の中から1枚カードを選び場に伏せ、硬貨をベットしてください。

 場にカードが出そろった時点で全員同時にカードを開き、私とカードが重なったプレイヤーは賭け金を回収されます。逆に私とカードが被らなかったプレイヤーは賭け金の倍の硬貨をゲットする事が出来ます。

 以上でルール説明は終わりですが、何か質問はありますか?」


「イカサマとかは大丈夫なのか?」


 エランは言いながらディーラーの目を見た。


「この賭博場のルールでイカサマが発覚した場合は怖いお兄さん達に連れて行かれる事となっていますからご安心ください。それに私が目を光らせていますから」


 微笑むディーラーに対し、エランの頭に一つの思いが浮かんだ。それはこのディーラーがイカサマを行っているのではないのかと言う物である。

 今までエランはこの賭博場のディーラーがイカサマを行っているとは思ったりはしなかった。何故なら完全な公平がこの場の売りだからだ。その証拠にカー・ユリーのようにこの場所で、実力で勝ち続けている人物も存在する。しかし、神束の勝負を見てしまったからには気にせざるを得なかったのだ。もしかするとそれ以上の腕を持った人物、つまりディーラーが全てをコントロールしているのかもしれないと思ったのである。


「どうかしましたか?」


 ディーラーの声ではっと我に帰ったエランはその思いを飲み込んだ。

 例えディーラーの男がイカサマを行い、勝率を操作していたとしてもエランにはそのイカサマを見抜く術がないのである。そのため考えがもし合っていたとしても指摘の仕様がない。

 エランは自分の力の無さを痛感した。

 例え相手がイカサマを行っていてもそれを見抜く事が出来なければ意味がなく、それこそがギャンブルにおいての力の差であると理解したのだ。

 もはや考えるだけ無駄だとエランは思う。必ずしもディーラーがイカサマを行っている訳ではなく、むしろイカサマを行っている可能性の方が低い。

 決心してディーラーに目線を合わせる。


「それではゲームを始めます」


 ディーラーは手に持った3枚のカードをシャッフルし、1枚選びテーブルに伏せた。


「カード選択とベットをどうぞ」


 言われてエランはカードを見た。

 このゲームの基本は2つあり、1つは前に出た数字を選ぶ事。そして2つ目は前20回ほどの出た数字を覚え傾向を探る事だ。

 その2つの基本を足して使えばある程度次に来る数字が予測できる。

 例えば、前20回の中で3の数字が最も出ていない数字であり、1回前に3が出ていれば、傾向的には3が出にくく、3が安全と考える事が出来るのだ。しかし、もちろん3が出にくい数字だからといって必ず出ない訳ではない。出にくい数字だったからこそ、そこからよく出始める場合も十分にあり得る。

 そこがこのゲームのギャンブル要素だ。

 その後の流れがどちらに傾くかを賭けるのだ。


「前回はどの数字が出たんだ?」


「3です」


 エランが聞くと同時にディーラーが言葉を返す。


「ありがとう」


 呟き再びカードに目を落とすエランは3の数字が書かれたカードを手に取り、目の前に伏せて置き、その上に銀硬貨を5枚重ねた。

 その数十秒後、全員がカードと賭け金を置いたのを見てディーラーがゲームを進める。


「ではカードをオープンして下さい」


 プレイヤーが一斉にカードを捲り、選んだ数字が見える。6人のプレイヤー中、4人が3の数字を選び、2人が1の数字を選んでいた。


「では私のカードをオープンします」


 ディーラーが捲ったカードの数字は1であった。

 それを見てエランは一先ず安堵する。一番最初の勝負を勝てた事が彼にとっては最も重要な事だったのだ。例えるなら占いのような物だろうか。その日一日の運勢を占う一戦が初戦であり、勝たなければいけない勝負だったのである。運が絡むこのゲームでは尚更だ。


「では2人のプレイヤーの賭け金は回収し、4人のプレイヤーには賭け金を倍にしてお返しします」


 ディーラーが回収した硬貨は金硬貨2枚と銀硬貨4枚であり、プレイヤー側が獲得した硬貨は金硬貨2枚と銀硬貨26枚、銀硬貨10枚で金硬貨1枚分のため単純計算で金硬貨2枚と銀硬貨2枚分をプレイヤーが得たと言う事となる。

 エランはディーラーに渡された5枚の銀硬貨を自分の手元へ引き寄せ、賭けてあった5枚と合わせカードの横に置いた。

 それから1時間ほどの時間が経ち、テーブルに付いてた人は2人が入れ替わった。エランが座ってから勝っているのはエランの2つ隣に座っている男とエラン自身の2人であり、エランは合計で金硬貨12枚分ほどの勝ちを得ている。戦略と呼べるほどの物は使っておらず、基本に忠実にカードを選んでいるだけであったが見事に硬貨は増え続けたのであった。

 エランの口元が自然と緩む。そしてこうなってくると考えてしまうのが大きく賭けて勝つ事だ。先程から数回の負けはあるが圧倒的に勝っている回数の方が多い。もし次のゲームで今までと同じようにカードを選んでもかつ確率の方が大きいのだ。ならば賭け金を金硬貨10枚にしても良いのではないかと考えてしまうのである。勝てば金硬貨は22枚となる。また、そうして大勝ちした経験もある。だからこそ夢を見てしまうのだ。

 一攫千金。神束の勝負を見た後だからこそ、その思いも強く脳裏に張り付く。

 俺もあの人のように強いギャンブラーになりたい。金額は違えどここで勝負を賭けるべきだ。そう思ってエランはカードと10枚の金硬貨に手をかけたのであった。

 エランが選んだ数字は2であった。ここまで成功している基本に乗っ取ったやり方で最も可能性の高い数字が2であったのである。

 さらに前回の数字も2のため次も2が出る事はまずないだろう。

 結果、エレンは20枚の金硬化を手に入れたのであった。見事に数字は1。大勝ちである。

 そして、この調子ならばもう1つと20枚の金硬化と1のカードに手をかけた瞬間、その手を後ろから誰かが抑えたのである。


「それ危ないよ」と、後ろから囁いたのは神束であった。

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狂ったギャンブラーは異世界でも命を懸ける。 朝乃雨音 @asano-amane281

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