うすっぺらい人間どもの真の顔が見てみたい

ちびまるフォイ

うわべだけの人間たち

「それで金は持ってきたんだろうな?」


「持ってきて、ない」


「ああ?」


「僕がやられっぱなしのいじめられっ子だと思ってるなら

 それは大きな間違いだ。いくぞ!!」


中学生のときに買ってきた木刀(小)を振りかざす。


後ろに控えていた他のやつが背中を蹴ったことで前のめりでコケるや

あとはサッカーボールのごとく蹴られて意識がとんだ。


意識を取り戻したのは夕方で、すっからかんの財布だけが転がっていた。


「いててて……ち、ちくしょう……」


反逆の意思を見せれば、この立場にもなんらか変化があると思った。

けれど現実は厳しい。


このまま鍛えたところで多勢に無勢。

引っ越すなりして物理的に距離を取らなければ環境が変わることはないだろう。


「明日からどうしよう……」


これからはじまる徴収の日々を憂いていると、

ふと目の前に表面の一部がめくれている岩を見つけた。


まるで石の上にシールでも貼られているのか。

めくれている部分は風に吹かれてぴらぴらと揺れている。


「えいっ」


めくると、石の表面にかかっていたシールが剥ぎ取られる。

たまねぎの皮でも向いたような感覚だ。


めくれた石の表面シールは風に吹かれてめくった俺の手にくっついてしまった。

手にくっついた部分は皮膚ではなく岩の表面のように固くなっている。


石を見てみると、めくられた部分から内部は透明な石。

透明な石に灰色の岩シールが貼られていたんだろう。


そして、その岩は俺の手へとうつっている。


「……いいこと思いついた」


俺はめくった部分からさらに他の部分をこすって岩の表面シールを剥がしていった。


翌日、俺は昨日のいじめっ子をあえて呼び出した。


「なんだ? また痛い目にあいたいのか?」


「それはどうかな。泣きを見るのはそっちだろ」


「んだとぉ!?」


男たちが殴りかかってきた。

しかし、俺の体をどついた人から地面に転げ回る。


「痛ってぇ!! なんて硬い体だ!?」


「どうしたどうした? ほらほら、殴ってみろよ」


俺はマスクを外し、着込んでいた上着を脱ぐ。


「なんだ……その体……い、岩人間……!?」


「ほらほら、どうした? 俺はなんもしないぞ?」


シールを貼り付けた箇所はその性質を得る。


全身にくまなく岩のシールを貼り付けた俺はさながら岩人間。

耳なし芳一もびっくりの徹底ぶり。


「おい、いくぞ! よくわかんねぇけどこいつおかしい!」


「逃がすかよ!」


岩人間といっても変わっているのはあくまでも表面のシール部分。

俊敏さは変わらない。逃げる奴らを捕まえると石パンチでボコボコにした。


最後に鼻の内側にドリアンの表面シールを隙間なくはっつけておいた。

四六時中、悪臭に苦しむが良い。


「ははは! ざまあみろだ!」


奴らはもう俺を襲ってこないだろう。

岩シールを剥がし、元の皮膚を露出させる。


「しかし、これは他にも応用できそうだな。試してみよう」


どこまでシールがあるのか森羅万象あらゆるものをめくってみた。

この世界にめくれないものはなかった。


水や空気ですらめくることができる。

今まで誰もこの世界が表面シールでできていると気づかなかったのだろう。


俺は全身に水の表面をめくって手に入れたシールを貼り付けた。

貼り付けた部分から水人間になっていく。


全身隙間なくシールを貼り終えると、水道管を経由して女風呂の中へと侵入成功。


(ひひひ……やっぱり俺は天才だ。こんな使い方を思いつくなんてな!)


お湯と同化しながら銭湯へやってくるうら若き乙女を待つ。

最初にやってきたのはナイスバディでティーンエイジャーな女の子だった。


(キタアアア!!)


テンションを上げてつい波立たせてしまう。

女の子はそっとお湯の張っている風呂へ近づくと。


「さて、掃除しなくちゃ」


「え」


声を出す前にお湯の栓を抜かれてしまった。

吸い込まれるように下水に流され、彼女が掃除のバイトだったことは後に知った。


下水から這い上がって、水シールを剥がしても匂いは取れなかった。

汚臭をぷんぷん匂わせながら今度は気体シールを貼って潜入すると心に決めた。


そんな折だった。


「……ん? なんだこれ」


鏡で自分の顔を見ると、ほっぺの一部の皮膚シールが消えていた。

いくら探しても見つからない。


思い当たるのはただひとつ。

水シールを剥がしたときに、一緒に剥がれてしまったのかもしれない。


子供の頃に壁にシールを貼って壁紙ごと剥がれてしまうように

シールを貼ってそれを剥がしたことで皮膚も剥がれてしまった。


「ど、どうしよう……」


マフラーを深めに巻いて剥がれた部分は隠したものの、このままじゃいつかばれる。

一番恐ろしいのは俺の皮膚剥がれを気づかれることより、

これがきっかけで表面シールの存在を他の人間にも知られてしまうことだった。


女風呂の脱衣所に熱検知センサーでも置かれたら終わりだ。


「なんとかして、体のシールを貼り直さないと……」


街を行き交う人をハンターのように見つめる。


どの皮膚がいいか。

どれが一番なじむか。


大きく色の濃淡が違ってしまうとシールがバレる。

あくまでも自分の皮膚と差がない人を選ばなくては。


探せど探せど見つからない。

家族から取ることも考えたが年齢差が大きいとそれも難しい。

顔の一部分だけ急激に老化した皮膚シールはそれだけで違和感だ。


そのとき、なにか頭の中に電気が走ったように思いついた。


どうして補修することばかり考えていたのか。

最初から全とっかえすればそもそも気づかれないじゃないか。


この世界から消えても誰も悲しまなさそうな人を消去法で考え、

それが僕をいじめていた人間だとわかると行動は早い。


夜の空から暗黒シールを剥がして全身に貼りつけて、闇へ同化する。


これまではシールを剥がした際に一緒に取れる自分の皮膚を心配したが

とっかえる今となっては気にすることもない。


「なんだよ、呼び出しておいていないじゃねぇか……」


呼び出されたいじめっ子は人のいない夜の公園に立っている。

闇化させても気配は消せない。バットを構える。


ゆっくり、ゆっくり。


「……ん?」


急に振り返ったので慌てて後頭部めがけて振り抜いた。

がつん、とたしかな手応えのあと倒れてくれた。


あやうく皮膚シールを傷つけるところだった。

特徴的な傷は他の人の印象に残ってしまうから残したくなかった。


「よし、意識ないな……」


俺は倒れた男にかけより皮膚をこそげ落とすように爪を立てた。

ぺりぺりとシールが剥がれてゆく。


べりっ。


顔の皮膚シールをはがしたときだった。


男の中には誰よりも見た顔があった。

別人のシールを常に貼り付けていた。


いや、シールの存在を知っているわけがないだろう。

だとしたら……。



「これは……僕……?」



この世界のすべての人間が自分をベースとした

シール貼り替え人間だと気づくには他に数十人を殴り倒すこととなった。

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