ゆうなり日常編
イーノ@ユッフィー中の人
【ユッフィー】フェイクド・プリンセス
場所は氷都市、冒険者向け集合住宅の一室。この都市は冒険者に市民権取得を義務づけているので、正式に資格を得たものから新居に引っ越してゆく。
イーノやエルルたち「ヘイズルーン・ファミリー」が入居しているアパートの寝室では、イーノ演じるユッフィーが両腕をT字型に伸ばして立っていた。足は肩幅に開いた状態で。どことなく、3GCDの製作現場のようだ。
ユッフィーがそのポーズで動きを止めると、背中のあたりから半透明のおっさんがにょきっと幽体離脱する。中の人、イーノの精神体だ。ユッフィーの身体はまるで、人形のように静止している。
それは地球人のために女神アウロラから貸し出された魔法人形、アバターボディだ。様々な種族の特徴を再現し、年齢や容姿や性別までも任意に設定可能な、古き神々の残した変装用のおもちゃ。
「さて。『画帳ん!』でお世話になってる絵師様にユッフィーの設定画を描いてもらったから、それを元にカスタムしてもらった衣装やボディのチェックをしないと」
(https://skeb.jp/works/41123 これのことです)
精神体のイーノが、自分が憑依して動かすアバターボディの入念なチェックを始める。それはどこか、等身大のフィギュアを前後左右あらゆるアングルから凝視する…ヘンタイじみたオタクのような姿だったが、本人は至って真剣だ。
地球人のオンラインゲーマー、あるいはとある小説投稿SNSでイーノ自身が執筆している小説「勇者になりきれ!」の読者を氷都市に招いて、山積する難題解決に当たらせる「勇者候補生」制度はまだ、始まったばかり。彼らにやる気を出してもらうためにも、イーノがユッフィーという「お姫様の役」を演じなければならない。
彼女は、イーノがプレイしていた「偽神戦争マキナ」でのマイキャラだ。老若男女色々演じてきたイーノがそれまで手を出していなかった、未知の領域。
地球人はみな、寝ている間に精神体の状態でしか氷都市に来られない。その距離は何光年、何十光年、何百光年…もっと遠いだろう。太陽系第3惑星・地球とは異なる別の宇宙、別の世界なのだから。
全ての夢を見る知的生物に起きる睡眠中の「夢渡り」現象は、そんな距離を一瞬で越えられる実在の
そして、夢渡りで飛んでいく先を決めるのは「本人が強く望んでいる」か、無意識に染み付くほど「馴染みの深い」世界。団塊ジュニアで就職氷河期世代であることに加え、大人の
さらに、この世界の人々が直面する困難を見過ごせず。ドワーフのユッフィーなる別人になりすましてまで市民軍の一員となり、呪われし遺跡の探索行に加わり、地球人の有用性を氷都市の議会で認めさせた。ウルトラスーパーおせっかい。
夢召喚という術で、寝ている人を目覚めるまでの間「精神だけの異世界召喚」することも可能だが、本人に拒否されたらそれも叶わない。そうならないように。
できる限り、氷都市に毎晩通いたい。地球人たちにそう思ってもらうためにも、イベントなどを企画して楽しく盛り上げる。可愛い女の子だって必要なのは、言うまでもない。
まるでオンラインゲームの運営みたいな話だが、現代日本の常識から考えて、おっさんに頼まれて異世界を救いたいと思ってくれる人がどれほどいるか。だからこそのユッフィー姫である。
どっちかというとオタクな性分の、イーノ自身から見て。ユッフィーは勇者候補生たちを導く可憐で、かつ毅然としたプリンセスたり得ているだろうか。
アバターボディに憑依した状態で鏡を見てもいいが、より客観的なチェックをするなら精神体の方が便利だ。
イーノの手がお姫様ドレスの裾を持って、ひらひらさせている。続いてお肌の張りや、ほっぺの柔らかさまで。精神体を実体化させる夢魔法アバタライズの技を、手首から先だけに適用しているのだ。中身からっぽの人形なだけに、その間もユッフィーは無反応だ。目だけがまっすぐ、精神体のイーノを見ている。
(なんと破廉恥な!)
ふと一瞬、イーノは自らが演じるユッフィーのリアクションを想像する。もし自分がアバターボディに憑依した状態で、誰か知らないおっさんに同じことをされたら、たぶんそう言ってビンタでもするだろう。ドワーフ娘の怪力で。
そう思うと。自分に貸し出されている自分用のアバターボディなのに、凄くイケナイことをしている気分になってきた。近年流行のロリドワーフを再現してるだけに。
(あと一ヶ所。男として、アレだけはチェックせねば)
ふにっ。
両手だけを実体化させているイーノが触れたのは、ユッフィーの胸にある二つの豊かな膨らみ。以前、宿敵に敗れて故郷アスガルティアを失ったショックで引きこもりになっていた賢者オグマを色仕掛けで元気にさせた、ドワーフの背丈の割には巨乳なおっぱい。
以前大ヒットした夏のアニメ映画でも、女子の身体と入れ替わった年頃の男の子はまず、自分の手でおっぱいの触感を確かめたではないか。
ふにふに。
イーノの手が、ユッフィーのおっぱいを揉み続ける。なるほど、好色で知られるドヴェルグのオグマが夢中になるのも納得できる。しかしそのとき…!
まるっきり変なおじさんと化していたイーノは、背後に視線を感じていた。
「イーノさぁん!?」
その場に一瞬、気まずい空気が流れる。エルルちゃんに見られた!!
「きゃああ! このおじさん、変なんですの!!」
とっさにユッフィーのアバターボディへ戻ったイーノが、ユッフィーの声で悲鳴をあげる。わけがわからない一人芝居と言うなかれ。これもなりきり、ロールプレイ。変なおじさんだから、変なおじさん。
「イーノさぁん、もしかしてぇ…わたしぃのお胸が小さいからぁ?」
いやいや、とんでもない。男性にとっては大きさに関わらず、好きな人のが一番。
「エルル様、これには理由がありまして…」
ユッフィーが、あたふたしつつもエルルに事情を説明すると。
「そぉだったんですかぁ」
食事ができたので、ユッフィーを呼びに行ったらなんかやってた。声をかけるのもまずいかと思い、物陰からこっそり見ていたら気付かれた。エルルちゃんの事情は、そんなとこだ。
エルルは、イーノの数少ない心許せる理解者の一人だ。イーノがある事件の目撃者として氷都市に夢召喚されるとすぐ、女神アウロラの言い付けで彼のお世話役になって。そのままお見合い結婚で新婚さんのような扱いになっている。なお氷都市は同性婚やポリアモリーに理解がある土地なので、ユッフィーとの仲も極めて良好だ。
彼女は、無職でADHDで氷河期世代かつ独身のおっさんであるイーノにびっくりするほど親切にしてくれた。今までは身寄りのない難民だったけど、家族ができたと喜んでもくれた。まさに、闇夜のオーロラみたいな心の灯りだ。
「今のところ、氷都市に来て下さる勇者候補生の中の人は、どうやら全員男性みたいですの」
ユッフィーとして、イーノはエルルに現状を語る。イーノ以外にお姫様役を引き受ける者がいない以上は、自分がやるしかない。
絶対にそうだとは断言できないが、イーノのオンラインRPGプレイヤーとしての直感では。アバターボディの中に入っている地球人たちの言動やしぐさ、会話の内容から「この人は女性だ」と判断できる材料を見つけられないでいた。もし女性がいたとして、お姫様役を快諾してくれるかは分からない。
幸いにも多くの人は、ユッフィーの中身を気にしていない。というか、中身が同じように40代近辺のおっさんなのだろう。オンラインゲームでは女性アバターの方が着せ替え要素に恵まれているから、中身が男でもうちの子、俺の嫁として可愛がる人は少なくない。実際、勇者候補生たちはお色気お姉さんや美女に美少女ばかりだ。
異世界に行ったら、ゲームのような世界だったのではない。これは本当の異世界で地球人たちに楽しく冒険&問題解決してもらうために、ゲームっぽい演出を駆使する「異世界で運営になった男」の奮闘記なのだった。
「ユッフィーさぁんがぁ、ホンモノのプリンセスになればいいんですぅ。どこか未開の土地にぃ、ヨルムンド王国を建国してぇ♪」
エルルが楽しそうに笑う。わたしぃは王女様の側近の侍女ですよぉと、ささやかな胸を張って、けれど誇らしげに。
「それもまた、一興ですわね」
彼女と一緒なら、千里の道のりも歩んでゆける。旅の仲間たちだって、大勢いる。イーノの脳裏に浮かんだのは、王族の血を引くことなく名君となった中世ペルシャ風ファンタジーの王子様。
「わたしぃはぁ、ユッフィーさぁんを信じてどこまでもお供しますよぉ!」
多元宇宙は広い。偽物のお姫様がケア・パラベルの玉座に座って本物となる日は、案外遠くないのかもしれない。
ゆうなり日常編 イーノ@ユッフィー中の人 @ino-atk
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