第11話 禁断の果実

 目の前の建物を見上げ、あんぐりと口を開いたままのジョー。連れの三人は、彼の様子を見て、ニヤニヤしている。「してやったり!」という表情だ。


 ―――王都最高級娼館『禁断の果実』


 触れてはいけないが故に触れたくなる。その比喩をそのまま名に掲げた楽園が、ジョーの前に建っていた。どうやらここがシド曰くの、『サイッコーにはじけられるところ』らしい。


「どうじゃ? ジョー」

「どうって……」


 ちょっと歳がいってはいるが、体のほうはまだまだ現役。シドと同じ筋肉ダルマのワレリーが、ジョーの肩をバンバンやりながら、感想を聞いてきた。痛いと言っておきたいジョー。


 あれから数日。予定外の仕事もなく、きっちりとオフを合わせた四人は、夜にもかかわらずギンギラギンに輝く不夜城をめざし、ここへとやって来た。


 王都の歓楽街の一番奥。そんなところにあるにも拘らず、夜になればどこに居ても見えるもう一つの城。不敬と言われるかもしれない中、それが許される、まさに手の届かない場所。そんなところに禁断の果実は堂々と、そして儚く存在していた。


 歓楽街に足を踏み入れた時点では、そんなことを微塵も思っていなかったジョーだが、奥に行くほど単価も上がっていく施設を、わき見もせずにひたすら前進する先輩たち。客引きの際どいカッコのお姉さんの手を振り払いながらも、まるで初めから決まっていたかのようにズンズン進むパイセンたち。


 途中からジョーもうっすらと感づいてはいたが、「まさか」「そんなことあるわけない」そんな思いと共に後ろをついていった結果、そんなまさかが起こったわけである。


「金融課の女史に気付かれでもしたら、大変なことになるからね……絶対に口チャックだよ……」

「ウス……」


 ヒョロ長、というのがまさにふさわしい表現の男。錬金課のマルクである。シドやワレリーのような「無駄に健康」とは真逆の風体をしている。風体にふさわしく、声に力はないが、腕と知識は確かな部長職である。ただ、ここについて来ている以上、それなりに異性関係はあるということだろう。ギルドの金を横領しているわけでもあるまいに、やけに金融課の女史を警戒しているようだ。


(逆に良いモン持ってそうだよな)


 ちらりとマルクの股間に目をやるジョー。ああ見えてやり手かもしれないと、どうでもいい評価を上げる。


 館というか、もはや城と呼んでもいいような巨大な建物を前に、行動を止めてしまった四人はどう見ても不審者だった。こんな高級娼館、当然門番がいるもので、いかついスキンヘッドのコワモテが、手に身の丈以上のハルバードを持って不審な四人に詰め寄ろうとしたところで、服を大胆に着崩した凄い美人女性が、コワモテを静止。聞き分けよく、定位置にコワモテが戻るのを確認すると、営業スマイルでシドに声を掛けた。


「あら~シドさん。おいでなし~」

「カレンちゅわ~ん♡ おいでなしたよ~♡」

「うわぁ……」


 かけられた声にデレッデレの挨拶を返したシド。己が両手を組み、腰をくねくねしている。営業スマイルだと全然見抜けていないようだ。この間、ジョーに親身になっていたシドのイメージが完全にぶち壊され、混乱の極致に陥ったジョー。


 ―――こんなマスター見たくなかった。


 ジョーの正直な感想である。






「……こんなとこ来て、お会計大丈夫なんすか?」


 禁断の果実のシステムは、まずテーブルを囲んでお酒を嗜む。当然もてなしてくれる女性は、入れ代わり立ち代わり。ある程度時間が経ったところで、気に入った女性の指名を入れ、相手も了承すれば、しっぽりした時間を過ごせるというものである。


 食事、酒、女体。それら全てを味わうならば、とてつもない金銭を要求されるはずである。ジョーの懐ではとても太刀打ちできないはずだ。


(まさか、ギルドの上層部ぐるみで美人局……?)


 普通に考えて、解体屋などという誰もなりたがらない職種に、きちんと向き合うジョーを嵌める意味などない。逃げられてしまえば、ギルドの収支が大変なことになってしまうからだ。素材をきれいにバラす。その技術はギルドの骨子ともいえる。


 だが、確かにそこに存在するのになかなか関われないような、こんな場所に連れて来られれば、こういった心配を抱えてしまうのは仕方がないとも言えた。


 これまで姉の身に何かあった時のために、慎ましい生活を送ってきたジョーは、ここまできらびやかな世界に身を置いたことはなかった。テッドと共に、「一体いくつなんだ……?」というようなおばちゃんが出てくる娼館に世話になったくらいである。勿論値段もそれなり。お年頃なので、吐き出すことは必要なのだ。たとえ相手が誰であろうとも。若ければ誰でもイケるものである。


 せわしなく、キョロキョロと視線を散らかすジョーを、ほほえましく見る残りの三人。内心は『俺にもこんな時があったな……』というエモいものだった。


 そんなノスタルジックな雰囲気が蔓延するテーブルに、一人の美女がやって来た。


「いらっしゃい、シドさん。ワレリーさんにマルクさんも。……あら? 見慣れないお方……こちらは?」


 勿論、美女の視線の先には、またしてもあんぐりと口を開くジョー。長い金髪を団子にしてつむじのあたりでまとめたヘアスタイル。その括りから少しだけはみ出したほつれ毛が、異様にセクシャルさを感じさせる。若干タレ目な目元には、泣きぼくろ。鼻筋、厚めな唇。肉感的なボディをわざと着崩した東洋風の衣装で包む。……いや、包みきれていなかった。あちこちが「もうちょっと……!」という微妙なチラリズムであふれていて、無駄にリビドーを刺激させてくる。凄い自己演出である。


 だれも、ジョーを紹介してくれなかったので、女性は勝手に自己紹介を始めた。


「初めまして。ダフネと申します」

「……はぁ」


 ジョーはすでにいっぱいいっぱいであった。

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(未完)解体(バラシ)屋ジョーのブラックな時間外労働 お前、平田だろう! @cosign

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