第10話 サイッコーにはじけられるとこ

「そうか! みつかったか! よかったなぁ……」

「ありがとうございマス……」


 礼を言ったジョーの語尾が変な感じになったのは、目じりに涙を浮かべながら喜んでくれている、シドのテンションに付いていけなかったからだ。椅子に座ったまま、ジョーの右手を両手でつかみながら、目の前ですでに号泣している。いつも親身になってくれていたが、ここまで感情移入されるとジョーのほうが正気に戻ってしまう。


 あれから今日は休みのカーラとも別れ、ギルドへやってきたジョー。時刻はおおよそ正午あたり。


 冒険者ギルドは、依頼手続きと達成の報告を行う、朝と夕方が繁忙時刻であり、真昼間はヒマなのだ。ジョーの仕事はむしろ、昼から夕方にかけて活性化される。ジョーの出勤時刻が昼ごろなのは、それが理由である。午前中に来たところで、仕事が無いのだから。


『第三王女、行方不明。誘拐か!?』

『イソナ村、壊滅! 王都衛兵団、怠慢!?』


 などといった、物騒な見出しが並ぶ新聞を読んでいたシドに表情を読まれ、洗いざらい吐かされたジョー。その結果がこれである。


 未だに右手を掴まれたままのジョーは、どうしたもんかとフリーのもう片方の手で頬をカリカリ掻いていると、突然シドの動きが止まった。何かに気付いたかのような、シドの目は血走っている。次いでと言っては何だが、眼力が異常に強い。


 ジョーの目を力強く見たまま、シドは言葉を連ねる。口の端から血でも出て来そうな感じだ。正直目を逸らしたいジョーだが、強さだけではない何かを訴えかけているような気がして、体だけが若干反った状態である。


「……ジョーよ」

「はい……」

「お前さん……ギルド、辞めちまうのか?」

「は?」


 ジョーからしてみれば、思考がどこをどう通ればここを辞めるということにつながるのか、皆目見当がつかない。だが、負の怨念でもこもっているのかという感じのシドの言葉を聞いて、疑問は氷解した。


「だってそうだろうっ……姉さんが見つかったってことは、金を貯める必要がなくなるってことじゃないか! ということは、ここにいる理由もなくなってしまうだろう!?」

「ちょ、近い近い!」


 腹の底から絞り出すような声で叫ぶシド。しかしその必死さゆえ、そろそろ手を離せとも言いづらい。至近距離まで接近を許したジョーは、後ろに体を逸らせることしかできない。別れたくない、未練がましい男のような状態の、若干息臭なシドの口臭をまともに浴びながら、否定の言葉を吐き出す。


「いやいや。飛躍しすぎでしょ。ここを辞めるつもりはありませんよ。帰る場所もやりたいこともないですし」


 何より、親身になって世話を焼いてくれたギルドのみんなに、背を向けるなどしたくはなかった。一部、どうにもならないことで、毛嫌いしてくる者たちもいないわけではないのだが、人の多い所での社会生活もそこそこになると、どこへ行っても全ての人間に好かれるということはない、ということもさすがに分かってくる。


 新しい人間関係を築くのも面倒だという、わりと後ろ向きな理由も、ジョーにはあった。


「そうか……そうか……」


 感極まった感じで、ついにジョーの手を離したシド。椅子の背もたれに体重をかけると、涙にぬれた目元を手で拭う。思わず手をさするジョーだが、ようやく息臭地獄から解放され、ホッとする。


 ようやく小芝居が終わったようなので、そろそろ刃物を研いだり、道具の手入れをしようと解体場へ向かおうとするジョーの後姿に、シドから声がかけられる。


「よし。宴だ。いいとこ連れてってやるぞ、ジョー」

「はぁ?」

「鍛冶部のアイツと錬金部のアイツ。俺とお前で、サイッコーにはじけられるとこ連れてってやるよ」

「……頭領やら主任と、ですか?」


 シド曰く、鍛冶部のアイツこと『ワレリー』のことを、ジョーは頭領と呼んでいる。理由はみんながそう呼んでいるからというだけの話であるが。


 鍛冶部とは、ギルドで買える武具などを作る部署である。基本的な造りのものばかりのため、装飾などを欲しがるものは、市井の工房へと仕事を頼みに行くのだが、どうせ壊れるから装飾など要らない、あるいは伝手がなく怪しいものをつかまされたくはない、などといった理由からギルドのアイテムを購入する者も意外と多い。注文依頼も可であるし、材料持ち込みも承る。信頼度はピカイチだ。


 そういったものを生み出す部署のボスが、頭領のワレリーという人物である。


 鎚を振るうだけあってガタイが良い。見た目などはシドとあまり変わらないが、ただ一つだけ、大きな違いがある。そしてそれは、強烈なコンプレックスとなって、ワレリーを苛んでいるのは、皆が知ることである。


 もう一人の主任とは『マルク』といい、錬金部の部長である。頭領も主任も結局、ボスはボスなのでどちらが偉いということはない。本来は『部長』という肩書なのだが、なぜか違いがわかる男をアピールしたがる上に、同じ肩書はイヤだという個人的な理由もあって、お互いにボスとわかる別の呼び名を呼ばせているのである。ちなみにジョーは普通に、解体部の部長となる。


 マルクたち錬金部の仕事は、主にモンスターの内臓を用いた触媒づくりと、効能がほどほどであるが故に、廉価なポーション類を作ることである。これも市井に出れば、幾らでも高性能なものを売っている店もきちんとある。お互いの領分を侵さない工夫というわけだ。


 マルクの風貌は、一言で言えば『ガリガリ』である。鍛冶部の連中のように体を使うわけでもない。だが、仕事に夢中になるあまり食事すらおろそかにするので、お前がポーションを飲まなきゃならんのではないかというくらいに、活力を感じられない姿をしている。ただ、その割には付き合いが悪いというわけでもなく、こういった誘いにはちゃんと応じるあたり、見た目で損をする人物なのかもしれない。


 そんな四人で、サイッコーにはじけられるところとはなんなのか?


 その中に女性がいないということ。そして、そこそこいい歳をした男たちであること。そういったことを加味して考えれば、案外、行先の想像はつくかもしれない。

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