第9話 姉の現状

「……私の子?」

「そう」

「……」


 あまりの急展開に、声が出ないジョー。どこかでえらい目に合っているかと思いきや、息子をこさえていたとはさすがに想定外である。それならそれで、どうしても聞いておきたいこともあった。


 カーラに遊んでもらっている息子のジャックを、愛おしげに見るルミネに、ジョーは問いかけた。


「ちなみに父親は……?」


 なんとなく想像はつく。貴族の屋敷で若い女性が雇われているのである。そこにはも含まれているのではないか?


 ゲスの勘繰りであれば、それはそれ。平民の妬み嫉みが混じった、誹謗中傷の類である。勿論、大っぴらに言っていいことではないが、そう思っている平民は、案外多い。その内の一人であるジョーは、相当思い切ってそのセリフを口にした。内心冷や冷やものである。ジョーの内心を窺ったのか、ルミネは苦笑して口を開く。


 返ってきた答えは、想定だった。


「旦那様よ」

「あ、そう……嫁、ってこと?」


 一応、聞いておきたかった。真実の愛的な話も、少数ではあるがないわけではないと、ジョーは知っている。ただ、お芝居という娯楽の中だが。実はカーラが夢中なのである。


「何言ってるの。お妾さんよ、側室でもないわね。まったくぼかさないなら、愛人」

「おうっふ」


 奴隷よりはマシだが、貴族の愛人というのも、なんだか人生の『先』というものを感じさせない。つい変な声が出てしまうジョー。だが、ジョーの内心とは裏腹に、ルミネの返事はあっけらかんとしたものだ。無理矢理させられているという悲壮感を感じない。


 憤りを感じないでもないジョーだが、何より目の前の本人がそれを受け入れている様子とあって、どうにも感情のもって行き場が無い。本人が納得づくなら、外部がでしゃばる意味もない。自分の彼女や妻がそのような境遇に甘んじるなら、怒りの持って行きようもあるが、そもそも相手が貴族だし、そんなことをしたら、首を飛ばされても文句は言えないのだ。


 結局ジョーには、本人に確認することしかできない。


「……それでいいの?」

「もう今更だしね。奴隷にされておかしな性癖を持ってる貴族に買われて、おもちゃにされるよりよっぽどマシだと思うわ」


 達観していた。確かにルミネが言う最悪よりは全然マシなようだ。お給金はもらえて、働いている間は男爵が運営する孤児院にジャックを預けられる。住む所も、今のジョーより全然いい。


(そんないい貴族がいるんだ……)


 ジョーの貴族観は、お国から生活費をもらって働きもせず、食に女に好き放題という、偏見に満ちたものだったが、姉の甥御を見る優しい表情を見て、少し考えを改めた。少しだけだが。


「そっか……じゃあうまくやれてるんだ」

「えぇ。それに認知もされてるし、庶子とはいえジャックは青い血を引いているの。もしかしたらもあるかもね」


 冗談っぽく言うルミネ。いきなり不穏当なことを言いだす姉に、ジョーは周りをチラチラと窺う。どうやら杞憂だったようで、ジョーたちに注目をしている者はいないようだ。少しだけ気を抜くと、ジョーはテーブル越しにルミネのほうへ顔を寄せた。


「(そういうのはさ、家の中とかでやれよ)」

「平気平気。どうせ誰も聞いてないわよ」


 声を潜めて、口元を手で隠しながらぼそぼそと言うジョーだが、田舎で育った女らしく、雑な面をちょくちょく出してくるルミネ。だが、久しぶりの姉弟のやりとりに、うれしくなったジョーは、カーラのことも忘れて、姉との四年ぶりのコミュニケーションを満喫するのだった。






「ばいばい、ジョーおじちゃん」

「グハッ!」


 胸に手をやり苦しそうにしているジョー。もちろんワザとだ。ジョーはまだ二十代にもなっていない若人だが、間違いなく『叔父』という括りには入るため、まったくおかしなところはない。そう、何も問題はないのだ。


「これでジョー君もおじちゃんだね」というカーラの言葉をルミネが聞いて、抱っこしたジャックの手を持って、ジョーに向かって振っている。「あうあ~」とよくわかってない顔で、為すがままのジャック。


 あれからカーラを交え、少し世間話をした後、ジョーの勤務時間がやって来たので、そろそろお開きということになったのだ。


「すみません。姉を引きとめてしまって」

「いえ。生き別れの家族と出会ったのです。少しくらいはいいでしょう。旦那様にもルミネさんが叱られないよう、口添えしておきましょう」


 ここには、先ほどまでの四人に加え、もう一人余分にいる。侍女長の『ヘザー』と名乗っていた。


「ルミネさん。今回は大目に見ますが、きちんと節度をわきまえなさい。気持ちは分からないでもないですが、仕事中なのですから」

「すみません……」


 少ししょんぼりしたルミネの顔を見て、どういう状況か本能で理解したのか、ジャックがぐずりだした。


「ふ、ふぇ」

「あーごめんね、ジャック。さぁ、シスターのところに行こうね。じゃあね、ジョー」

「あぁ、また今度、ゆっくり飯でも食べよう」

「うん。それじゃ」


 そう言うと、ヘザーと共にルミネはここを後にした。この後、連れ出したジャックがいた孤児院に、もう一度預けて仕事に戻るようだ。


 二人が見えなくなるまで見送った後、ジョーは足早にギルドへと向かった。早く行かないと昼ご飯が食べられなくなってしまうのだ。

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