第8話 再会with男の子

 心ここにあらずといった状態で、仕事をこなすこと二日。ジョーは再び、朝市にやって来ていた。


 朝市は、隙間なく並んだ布と柱だけで組んだ軒に、それぞれが扱う商品をこれでもかと並べられている。取り扱われる品は、新鮮な果物や野菜、捌きたての肉に魚と、主に食材が中心となる。そしてそれらを求めて、日が昇った直後から街の住人は、活動を開始するのである。


 そんな人でごった返した市に、探し人が来るかどうか、ジョーの内心は、期待と不安で荒れ狂っていた。


「ちょ、すいません……」

「邪魔!」

「うおっ」


 質が良く、そして安い。誰もが求める品を、血眼で探し求めるご婦人方の熱量に圧されながら、ジョーは市場を流離う。


(こんな所で、本当に見つけられるのか?)


 テッドから話を聞いただけだと、凄く目立つ黒髪美人という印象を受けたが、いくら珍しい黒髪とはいえ、これだけの人出では、とても特定の個人を見つけられそうな感じが、全く感じられない。


 途方に暮れる、まさにそんな感じのジョーに、聞き慣れた声がかけられた。


「おはようございます! ジョーくん」

「うえっ、カーラちゃん?」

「はい! あなたのカーラちゃんですっ!」

「イヤ、ちょっと……こんなとこで誤解を招くようなこと言わないでくれる?」

「大丈夫です! 誤解じゃありませんから!」


 あまりの人出に、空気というか空間を求めて抜け出たのは、肉を扱っている商店だった。捌きたてで筋やらが剥き出しの肉が、軒に引っ掛けた竿にぶら下げられている。


 そこにどうしてだか、カーラがいたのだ。先程の危険な発言をギルドの関係者に聞かれると厄介だと、慌てて周りを見渡したが、幸いなことに市場の喧騒にかき消されたようで、ジョーたちに注目が集まっている感じは見られない。


 ホッとしたところで、ジョーは改めて、カーラと向き合った。


「なんでこんなとこに……?」

「何言ってるんですか! お財布の中は有限なんですよ! 安くていいもの探すのは当たり前じゃないですか!」

「当たり前なんだ……」


 自分が食えればいいだけのジョーには、ちょっと理解できなかった。自炊が安いとは言うが、料理のできないジョーにできることは、せいぜい安い定食屋を探すくらいのことである。


 そこいらのご婦人方と同じ熱量でジョーに詰め寄るカーラに、ちょっとだけ引いていると、ジョーの後ろから声をかけられた。


「すみません。ちょっと通してもらってもいいですか?」

「あ、すみませ……ん」


 店の前での迷惑行為に気付いたジョーは、ペコペコ頭を下げながら謝意を口にした。だが言葉はスルリとは出てこず、詰まったようになってしまう。ジョーとイチャコラ(ここの肉屋の店主から見れば、そうとしか見えない)していたカーラは、ジョーがガン見している黒髪の美女を見て、一瞬ムッとするも、「おやっ?」とあることに気付く。


「あぁ、ルミネちゃん、いらっしゃい。いつもありがとうね」

「いえ、そんな。旦那様がここのお肉美味しいって、言っておられますから」

「あら、嬉しいねぇ。今後ともご贔屓に」

「それはもう」


 コロコロと笑う横顔に、ジョーは見覚えがあった。あったどころの話ではない。かつては同じ屋根の下に暮らしていたのだから。ぱっと見は変わってしまったが、面影は間違いなくある。震える手を女性に向けて伸ばしながら、おそるおそる声を掛けた。


「……姉ちゃん、だよな?」

「え……? ……ジョー、なの?」


 この年代の少年少女は、見ない期間が年単位あると、一瞬わからなくなるものだ。ジョーも、ルミネと呼ばれた女性もすぐに気づけなかったのは、面影は残っているものの、ジョーはすでに19になっており、少年というよりむしろ青年と言ってもよく、ジョーより三つ年上のルミネも同じ理由で、すでに大人の女性と言っても、全く問題ない風貌になってしまっていたからだ。


 ちなみに、何かに気づいた感のあるカーラも「なるほど」と納得していた。






「……そうだったの。じゃあすれ違っていたのね、ずっと」

「いや……俺もずっと、奴隷のオークションばっかり探してたから……」


 ジョーたちは場所を移し、とある有名な甘味処に来ていた。店のチョイスはカーラである。


 二人は今までの事を互いに報告しあっていた。ジョーはギルド職員に。そして行方が知れなかったルミネは、とある貴族のメイドとなっていた。


「オルディス男爵……」

「そう。時々ウチの村にも来ていたのだけどね」

「えっ? そうなの?」

「あら。ジョーはお会いしたことなかったかしら?」


 どうやらそのオルディス男爵とやらとは、尽くすれ違っていたらしく、ジョーは会ったことは一度もなかった。


 ルミネとは割と頻繁に会っていたようで、王都から出かける行きと帰りに、よく村に立ち寄っていたようだ。


「ほーん……」

「それでそのイーサンさん? の言ったように、盗賊に村が襲われて、私達は奴隷商に連れて行かれそうになったのだけど……」


 たまたま通りすがって、男爵も襲われそうになったが、それを返り討ちにし、行くところがなくなった彼女たちを、屋敷で引き取ったという事のようだ。


 すごい偶然だな、というのがジョーの第一印象だった。因みに村にはすでに誰もおらず、廃村となっていた故に、村に帰るという選択肢はなかったようである。


 なんともドラマチックな展開だが、まぁ全てのタイミングが合えば、そういうことになるかと、ジョーは一応納得した。


 だが、ジョーにはもう一つ、どうしても聞いておかなくてはならないことがあった。


「は〜い、ジャックくん。あんよがじょうず♪ あんよがじょうず♪」

「キャッキャッ」


 ジョーが横目で声のする方を見ると、よちよち歩きで言葉もおぼつかない男の子と遊んでいる、カーラの図があった。


「あの男の子は一体……?」

「私の子よ」

「え?」


 再会してわずか。まだ午前中なのに、一体何度驚くことになるんだろうと、ジョーは思った。

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