第7話 新たなる情報
「ふわぁ……ねむ……」
昼出勤で、てっぺん帰宅のジョーにとって、朝市クラスの早起きは、なかなかシンドい。しかし、昨日のカーラの話を聞いて、来ないわけにはいかなかった。
『黒髪の女』
ジョーの居る王国で少しずつ見るようになったのだが、ジョーも黒い髪をしていた。理由というのも至極簡単な話だ。
王国の東側に広がる大砂漠。その向こう側の国で政変が起こったのである。弱者がとことんまで奪われるような政権に変わったため、国を脱出する者たちが続出。一か八かで砂漠越えを行う者たちが現れ始めたのだ。
国に殺されるか、砂漠でのたれ死ぬか。まともな人生の可能性があるとすれば、後者であった。その結果が、最近王国に増えてきている黒髪というわけである。
ジョーの先祖―――といっても二代前の祖父と祖母だが―――も、砂漠越えの成功者である。そのような者たちが、国に溢れかえるわけもない。従って、カーラが見かけた黒髪の女というのが、探し続けた姉である可能性はかなり高いとジョーは見ていた。
(朝市とはなぁ……)
衛兵長イーサンとの話から、姉が奴隷に落とされたのではないかと推測したジョーは、奴隷オークションが開かれる度に参加していた。この行動のせいでジョーにあらぬ噂がたってしまっているのだが、ここでは割愛する。
正直なところ、あのような状況で行方不明になった姉が、朝市に出没するなど、ジョーの考えの埒外であったのだ。
なんとなくこのままではダメだろうと、四年もたってようやく諦めるしかなかったジョーに開かれた新たなる道。
行かないわけにはいかなかった。
「おう、ジョー。どうだ? 一本」
「あぁ、テッドか。そうだな……三本くれ」
「ヘイ、毎度! たれ? 塩?」
「塩」
「通だな、あいかわらず」
「お前の焼き方がいいせいだよ」
「へへっ。ちょっと待ってな」
ジョーのたたく軽口に、まんざらでもなさそうに、串肉を焼いていく屋台の男。『テッド』という名で、串焼き屋を営んでいる。元々は、小さいながらも一国一城の主だったようなのだが、独占していた商売のタネに大手商会が目を付け、嫌がらせの挙げ句に、自分の店を畳む事になったという過去を持っていた。
ジョーがそれだけの事を知っているのは、それなりの付き合いがあるからだ。カーラには悪い―――とはそもそも思っていないが、酒を飲みに行ったり、それこそ娼館に連れ立って歩く程の仲である。マブであると言っても良いとジョーは思っている。向こうがどう思っているかは知らないが。
とにかくそれほどの仲なのは、間違いない。
「そういえば、なんだけど……」
「あ? なんだ?」
「この辺で、黒髪の女って見なかったか?」
客商売をしている者は、結構いろいろ見ているもので、そういった情報を一定量持っているものだ。扱い品を購入したので、それなりの情報を持っているといいなと、期待半分で聞いてみたのだが……
「あぁ……オルディス男爵様んとこの美人さんな。なんだ? ジョー。お前どっかから、話仕入れてきたのかよ?」
肉の焼き具合に集中しながらの世間話のつもりだったのだ。
―――テッドにとっては。
ガッと、テッドの襟を掴むジョー。いきなり視界の外からそのような狼藉を受け、何が何だか分からないテッドは、ひっくり返していた串を手放し、ジョーの手をタップする。
「お、お、おい! 何だよ、ジョー! 離せ……よ!」
無理くりジョーの手を振り払うテッド。やや息が荒くなっており、不機嫌さを隠そうともしていないが、こんな真似をされれば、そうなるのも当然だ。
ジョーも長年求めていた情報を小出しにされたと、沸点が一気に上がって実力行使に出てしまったが、すぐに冷静さを取り戻し、一気に沈静化した。今は、妙な気恥ずかしさに満たされてしまっている。
モメた際に、ジョーが頼んでいたナゾ肉の塩焼きは、残念ながら地面に落ちて食べられなくなってしまった。「あ〜あ……もったいねぇ……」と未練がましいテッドを尻目に、掴みかかった状態のまま、微動だにしないジョー。
ジョーの様子がおかしい事に気がついたテッドは、ジョーを裏手に誘った。もちろん有無を言わさず。
「で? オルディスんとこの黒髪の女がどうした?」
「なぜ、分かった……?」
「わからんわけ無いだろうが。今まで全く口にしなかったことを、急に言い出すわ、いきなり胸ぐら掴んでくるわ。結構長い付き合いなんだぜ? 今までこんな事無かったろうが」
「元商人ナメんな」と笑顔で言ってくるテッド。人によっては致命的なヒビが入りそうなものだったが、ジョーとテッドの間には幸いにも入らなかったようだ。
ジョーも余計な力が抜けたのか、巻き込んだ詫びというわけでもないが、洗いざらい話した。
「不幸自慢じゃ負けねぇつもりだったが、お前も結構なモン背負ってんな」
一通り聴いたテッドの第一声がそれだった。腰のベルトにぶら下げた串の入った入れ物をいじりながら、目をつむり、何やら考え込むテッド。やおら目を開くと、ジョーの胸に人差し指を突きつけた。
「とりあえずお前の姉ちゃんだが、今日は来ない」
そのままのポーズのまま、ジョーが知りたい情報を出してくれた。
「なぜ?」
「来る日が決まってるのさ。彼女たちが来るのが三日に一度。昨日見かけたから、次ここに現れるのは明後日って事になる」
いろいろ聞きたいことがあったジョーだが、先程の暴走の一件もあり、一旦全部聞くことにした。知り合ってすぐに話していれば、余計な回り道をせずに済んだのだが、話の性質上、あまり大っぴらにできないのは、仕方がないことではあった。
とにかく明後日に、もう一度ここに来ることに決め、二人は別れ、お互いの職場へと戻った。
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