第6話 ギルドのマスコット 『カーラ』

「ジョーくん。ごはん一緒に食べましょう!」

「……カーラちゃん。やめた方がいいんじゃない? ほら……お友だちが凄い目で見てるよ」


「俺を、だけど」と小声でぼそりと言ったジョーだが、カーラと呼ばれた少女の耳には入っていないようだ。全く意に介した様子もなく、いそいそと手に持った弁当をジョーの正面に置き、「お邪魔します」と行儀よく一言かけると、すとんとジョーの正面に座った。ジョーはいつものスープイン麺料理を食べていた。


 直後、何やら負の感情の乗った視線が、ジョーにグサグサと突き刺さる。仕事前しか入ることが出来ないギルドの食事処なのに、なぜか男女を問わず、ジョーを視線だけで追い詰めてくる。


(解せぬ……)


 明るいブラウンの髪を青いリボンでツインテールにまとめている目の前の少女。背は低いのに、全く釣り合わない胸の果実。そんなアンバランスな魅力にあふれた、ギルドのマスコットであるカーラは、なぜかジョーに付きまとっていた。


 具体的に言えば、ジョーが見習いを卒業してからだ。


 バラシの仕事は、ギルドマスターであるシドが言ったように匂いがキツイ。内臓から、血液から、下手に内臓を傷付ければ、糞尿が部屋の中であふれだす。決意だけは立派なやつが、報酬目当てにナメてかかった結果、次の日から来なくなるなんてザラであった。


 故にシドは悩んでいたわけだ。だが経緯自体、両手を上げて喜べるような出来事ではなかったが、紆余曲折の末、ジョーがついにその座に収まってくれた。


 普通の職員より多い基本給、誰にでもできるわけでもない故につく技術料、おまけに数をこなしただけ追加される歩合給。何とかギルドに居付かせるために、シドが大盤振る舞いを行った結果、とてつもない給料がジョーに支払われるようになった。身分を考えれば、とんでもなく分厚い御手当である。


 それに食いついたのが、ギルドのマスコット、カーラであった。


 酒飲み、ばくち打ち、娼館通いという、ダメ男の三大要素をコンプリートする父を身内に持つカーラは、とかくまじめな男と交際したいと考えていた。すでに言っても聞かない父には、すっかり愛想を尽かせている。


 酒を飲まない、ばくちを打たない、そして女を買わない。そういった男性を伴侶に求めていた。もしそうなった時、申し訳ないので、父親との縁も切りたいと切に願っていた。冗談抜きで、カーラはダメ親父を見捨てるつもりである。


 そんな隠れたバックボーンを持つカーラが、求める三大要素を持っていそうなジョーに目を付けるのも、そんなにおかしな話でもない。皆が仕事後の匂いを理由に距離を取る中、その距離をあっさりと乗り越え、ジョーに近づくようになったのである。


 ジョーも年頃なので受付をやれるほどの容姿を持つカーラに言い寄られ、うれしいっちゃうれしいのだが、そういったバックボーンを知らない。なので、何でこんなかわいい子が、何かにつけスキンシップを図ってくるのか、意味が分からず戸惑いつつも、相手の行動を妨げることもないと、何とも玉虫色の対応をしている。その結果が、剣呑な周囲の視線の嵐というわけである。






 ジョーが感じるプレッシャーは、カーラにはかかっていないらしく、とても満足そうに、持参した弁当をつついている。


 なんやかやで、一端拒否はするものの、結局受け入れるというやり取りにすっかり慣れたジョーは、昼を一緒するという所までがワンセットとなってしまっている。


 ジョーは、どうでもいい世間話をしながら麺をすすり、カーラの弁当も半分ほど減った頃、カーラがじっとジョーを見ていることに気が付いた。厳密に言えば、ジョーの髪を、である。


「珍しいよね。ジョー君の黒髪って」

「ん? まぁ、そうだな。なんでもご先祖は東からの移民らしいから」

「そうなんだ。この辺の色じゃないもんね」


 王国内にいる人の髪色は、比較的色の薄い髪色をしている人が多い。金や銀、茶や灰、ちょっと変わったところだと、青や赤といった具合だ。黒というのは極めて珍しい。


 だが、知り合ってから二年余り。別に今、話題に出すようなことでもない。そのようなことを言うと、「そうなんだけどね」とおかずの何かの肉の照り焼きを口に入れながら、続きを話す。


「今日、朝市で黒髪の女の人を見たからさ、なんとなくジョー君を見てそのことを思い出したんだ」


 ピタリと手が止まるジョー。キリキリキリと錆びついたカラクリのように、じわじわとカーラのほうに顔が持ち上がっていく。いつもと違う様子のジョーに、眉を顰めて「どうしたの?」と様子を窺うように、聞いてくるカーラ。未だかつてこのような反応を、ジョーから引き出したことがなかったカーラは、何か怒らせることを言っただろうかと、やや肝を冷やす。そうとは知らずに、ジョーは口を開いた。


「黒髪の女……その人を朝市で?」

「え? う、うん。ここいらじゃ珍しかったからね。よく覚えてるんだ」

「そう……」


 そう一言言い残すと、そのあと何も言わずに麺を食べきったジョー。何やら気まずいのか、カーラも普段の軽口が全くなくなってしまった。何か思うところがあったジョーのようだが、しっかりとスープまで飲みきったのは、作ってくれた人に対する礼儀なのか、もったいない精神なのか分からないが、とにかく料理は全て堪能した。


「ごちそうさん」

「あ、うん。お粗末様」


 別にカーラが作ったわけではないが、定型の挨拶を交わすと、ジョーはトレイを食事処のカウンターに持っていくと、そのまま仕事場へと向かう。


 その背を見ながらカーラは、


「……何だったんだろう?」


 ジョーの逆鱗に触れていませんようにと願いながら、カーラは残りの弁当をしっかりと平らげた。

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