第5話 勧誘
「ふぅん……村が、か」
「……」
ジョーの脳裏に、ありありと光景が思い浮かぶ。まだ忘れるなんてありえないのだ。事件が起こって一週間もたっていないのだから。
上を向いたまま顎をかき、何やら考え込んでいるシド。そう間もないうちに、何か思いついたような表情を浮かべた。
「なぁ、ジョー」
「っ、はい」
言葉と共に、顔を近づけられたジョー。説明の段階で、自己紹介は済ませているのだが、いきなり距離を詰められたジョーは、返事には現れなかったが、かなり戸惑った。唾液がかかりそうなほどの超至近距離から、シドはある提案をジョーに持ちかけた。
「お前さん、
「バラシ、ですか?」
とてもいい笑顔で勧誘してくるシド。有体に言えばとても胡散臭い。だが、ジョーは田舎で今まで育っているので、その胡散臭さに気が付いていなかった。
「冒険者ギルドってのは、多種多様なモンスターが持ち込まれる。それはなぜかと言えば―――」
今の人類の身の回りの様々なものには、モンスターの死骸が使われている。
―――肉
―――骨
―――皮
―――内臓
など。
あらゆる部分が、使用されていると言ってもいい。
それはなぜか?
かつて、動物の骨や牙、皮で武具を作っていた時代があった。その時は、そういった動物に対抗するための手段として、動物の死骸から作った武具を使用していた。
何時の頃からか、地上には動物よりも凶暴で、頑丈なモンスターと呼ばれるものが跋扈するようになった。動物の武具などまるで歯が立たない。なれば、モンスターの死骸を利用し、対抗手段を生み出そうと考えるのもそう変な話ではない。
他にも利用できるところはある。肉は食料として。内臓は薬として。モンスターの研究は進み、やがて捨てるところが少ない資源となっていった―――
「そこで、できたのが冒険者ギルドだ。『冒険者』なんて言葉、はじめはただの皮肉だったらしいが、いつの間にか定着してな。モンスターを調達する者たちを指すようになったんだ」
ちなみに街の雑用などはごくごく最近できた制度のようで、とにかく伝手のない者が賊に落ちないようにするための、セーフティネットになったということのようである。スラム出身であろうが、孤児であろうが、ちゃんと仕事をしてくれるなら差別はしないというのが、組織の理念らしい。
「で、だ。その要となるのが、バラシの仕事なわけだが……」
ギルドは素材問屋の性質も持っている。持ち込まれたモンスターを解体し、必要とするところへ売る。そして利益を得る。シンプルに言えばそういうことだ。その解体の仕事に、ジョーは誘われているということらしい。
「給料も他の仕事よりは割高だ。金を必要とするお前さんには、もってこいだと思うぞ。商店なんかは、信用がないと雇ってもらえないし、他の職種なら誰でも出来たりするものなら、給料は安い。その点バラシの仕事は誰にでもできるわけじゃないし、ギルドの後ろ盾もあるしな。伊達じゃないぜ、ギルド職員の肩書は」
冒険者にもそういった技能を持つ者はいるが、日がな一日バラし続ける者に勝てるはずもない。専門知識、特殊技能といったものがどうしても必要になる。
聞けば聞くほど、とても良い話に聞こえてきたジョー。のめり込みすぎたことにハタと気付いたジョーは、隣に座るイーサンの顔を見ると、何とも言えない顔をしていた。それに気づいたイーサンは頭をカリカリとかくと、シドに一言言った。
「ちゃんとデメリットも話せよ、シドさん。そんないい仕事になんで、欠員が出るのかって話も」
「あ、バカ! 余計なこと言いやがって!」
クワっと目を見開き、イーサンに噛みつくシド。イーサンから放たれた言葉を聞いて、「確かに」とちょっと一歩引いた感じになったジョー。それを見たシドは、「あ~あ……」と明らかにがっかりした様子を見せた。
誰も言葉を発しないが、視線が集まっていることに気付いたシドは、しぶしぶ、本当にしぶしぶ話し始めた。
「においが、な」
「え? におい?」
「匂いがきついんだよ。血とか内臓を扱うからな。おまけに普通の動物よりはるかに臭い。それに耐えらんねえんだよ」
現在はそろそろ現場を離れたいと主張する職長と、身売りをした借金奴隷だけで現場を回しているらしい。要はその後釜に座れそうな人物を探していたというのが、真相のようだ。
シドはパンと両手を合わせると、ジョーに向かって頭を下げた。
「頼む! 給料がいいのは本当なんだ! こんなきつい仕事、給料高くないと誰もやってくんねえから! あとは歩合、歩合な! やればやるほど、希少であればあるほど、追加で出来高払い! どうよ! 悪くねえだろ!」
必死である。シドからすれば、今の職長がいなくなれば、ギルドが回らなくなる。王都には上位と下位ギルドがあり、おまけに地区別に各位三つずつある。ここが回らなくなれば、他に獲物が回され、最悪このギルドはつぶれてしまう。
国が影響力を持つために、ある程度の予算を振り分けてくれてはいるが、それでも部署によっては専門的なものもあるため、給料を賄いきれない。どうしてもギルド独自の売り上げが必要なのだと、シドは洗いざらいぶっちゃけた。
あまりの必死さにだいぶ引いているイーサンとは違い、ジョーはほだされた。スれてない田舎の少年であることが、シドにとっては幸いした。
「わかりました」
「え?」
まるで拝むように両手をこすり合わせていたシドだが、思いがけない返答を聞いて思わず伏せていた顔を上げる。
「やります。バラシの仕事。ちゃんと教えてもらえるんですよね」
「勿論だ! さぁ、こっちだ。契約といこうじゃないか」
「お、おい、ジョー君」
急展開に付いていけなかったイーサンの隙を突き、ジョーをあっさりと拉致したシドは、ジョーの拇印をゲットすることに成功した。
こうしてジョーは、ギルド職員となったのである。
「ちゃんと給料高かったろ?」
「まぁ、そうですけど。匂いは想像以上でした」
おかげでジョーは、ギルドの女性職員から距離を置かれる羽目になっている。仕事はじめはともかく、仕事を終えた後は食事処に入ることは禁止だ。
『仕事終わりのジョー、入るべからず』
なじみの屋台ですら「近寄るんじゃねえ!」と警戒される始末。なので、晩御飯は自炊である。今のように仕事前なら問題はないのだが、やはり寂しい。
とりあえず、今日は大物が入ってきそうだし、ちょっと忙しくなるかなと、ジョーは型をクルリと一回しして、少しだけ気合を入れた。
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