頼むから3回まわってワンとなけ

サトクラ

頼むから3回まわってワンとなけ

 拝啓 田舎に一人暮らすお母さん、今年は雪不足が深刻な問題となっていますが雪像作りは順調ですか?わたしは目が覚めたら知らない部屋に連れ去られていました。世も末ですね。


 故郷でチェーンソー片手に雪像作りをしているマイマザーに思わず助けを求めながら辺りを見回してみたが、やはり知らない場所のようだ。

 おかしいな。ついさっきまで愛しのマイハニーことミカちゃんとベッドでイチャイチャしてたのに。腕の中にいたミカちゃんおらんし、夢かな。うん。


「………。」


 現実逃避ぎみに知らないベッドに横になって目を閉じてみたが、いっこうに夢が覚める気配はない。それともさっきまでのあの幸せな時間の方が夢で、いつものように誰か知らないおねーさんの家に転がり込んでしまったのだろうか?昨夜はそんなに飲んだ記憶はないが。もしかしたら前後の記憶が消し飛ぶほど泥酔してしまったのかもしれない。


 それならば室内で目が覚めたこの状況は、過去のあれやそれやに比べれば随分マシだ。いつだったか、目が覚めたらゴミステーションの中だった時は流石に意味が分からなかった。

 一緒に飲んでたであろう人は居なかったので、見捨てられたか捨てられたのか。冬も盛りの真夜中に酔っ払いを放って帰るなんて、とんだ人でなしがいたもんだ。きっと根性の悪さが分かるような酷い顔をしているに違いない。顔どころか話した内容も覚えていないので確かめようもないが。

 唯一分かったことといえば、ゴミステーションの中は存外暖かいということぐらいだ。


 ゴミステーションで独り寂しく目が覚めた日は、家に帰ってすぐ風呂に入ったが、都合2日間は異臭が取れなかった。ちなみにミカちゃんは帰宅したわたしと目が合った瞬間に、ものすごい顔をしてダッシュで逃げたし、それから1週間は絶対に近づいてきてくれなかった。いつもならわたしがお風呂に入っていると、必ず乱入してきたのにそれもなし。ひとりの入浴が寂しすぎてちょっと泣いてしまったのは此処だけの話だ。


 しかしこの部屋、天井も壁も床もさらには家具に至るまで、全てが白で統一されていて寝起きの目にはチカチカするな。もう少し色味が欲しいし、どうせ統一するなら木目調が良かった。

 なんて思いながら部屋を物色していると、これまた真っ白なテーブルに1枚の紙が置かれていた。えー、なになに。


 −−−おめでとうごさいます。貴方を『ネコが3回まわってワンと鳴かなければ出られない部屋』に招待いたしました。


 あ。これ先週一緒に飲んだナギちゃんと面白半分で応募したやつだ。当たったんだ、へー。ちょっとMっ気のあるナギちゃんが「どうせ出るならちょっと恥ずかしいのがいい。」とか言って、募集一覧の中から選んだやつの1つだった気がする。これ視聴者はどっちがネコかなんて分かんないから証明しないといけないね。深夜枠かな?なんて笑っていたのが懐かしい。え、じゃあこの部屋の何処かにナギちゃんいるのかな?見当たらないけど。


「ナギちゃーん?」


 部屋中に響くように呼びかけると、ベッドの方から「んー」という声が聞こえた。このちょっと鼻にかかったやや低めの声はっ!急いでベッドに戻ってみれば、目が覚めた際に跳ね除けた布団がモゾモゾと動いていた。わぁ、そんなとこにいたの。


「ミカちゃん、そんなとこにいたんだねー」


 なるべく優しい声を意識しながら、布団を捲り上げてミカちゃんの顔を覗き込んだ。あぁ、不機嫌でいらっしゃる。いつもならまん丸で可愛いお目々が、今はジト目でこちらを睨んでいる。わたしがベッドにいたミカちゃんに気づかないどころか、他の女の名前を読んでしまったことを理解しているみたいだ。賢いね。


 ミカちゃんがここにいるということは、今頃ナギちゃんは高層階のあの無駄にデカいテレビの前で自分が応募した番組に、わたしとこの子が出ているのを見ているということだ。やだ、独り身って言ってたのに。嘘がバレちゃう。


 しっかし、こんなご機嫌ナナメなミカちゃんがわたしの言うことを聞いてくれるとは到底思えないんですが。


「ミカちゃん、ごめんだけど3回まわってワンってないてもらっても良い………?」


 駄目元で恐る恐るお伺いをたてると、途端に昨日使ったオモチャが凄い勢いで顔面に飛んできた。避けようと首を反らしたものの、取手の部分がベチッと頬にぶつかって落ちる。

 うわっ、ベッドの上にあった物はそのまんま持ってこられてるんだ!?はずかしっ。とっ散らかったベッドの上を思い出して内心身悶えながら、右肩に引っかかったオモチャを床に放ると、慌ててミカちゃんに謝罪の言葉を重ねた。


「ごめんね、ミカちゃん。嫌だったよね。」


 まるで夜の闇を溶かしたような綺麗な毛並みを整えながら、これは長丁場になりそうだと気合を入れ直す。ミカちゃんは頭を撫でられて少し機嫌が治ったのか、わたしの手にすり寄りながら膝に乗り上がると、そのまま丸くなって目を閉じてしまった。よく眠れるように背を優しく撫でながら、この部屋を出るための条件を思い返した。


 そもそも「3回まわって」は何とかなりそうな気がするものの、「ワンとなく」がこの上なく難度が高い。犬の真似をしろだなんて、ナギちゃんはともかくミカちゃんには無理だろう。






「ミカちゃん猫だもんね。〝ワン″なんて発音できるわけないじゃんね………。」


 ぽつりとそうひとりごちると、膝の上のミカちゃんがすっくと伸び上がった。お腹でも空いたのかな?と思いながら、その吸い込まれそうな不思議な虹彩の瞳を見つめていると、ミカちゃんはキリリとしたキメ顔で−−−わんっ!と一声鳴いた。


「えっ?」


 一緒に暮らしはじめて10年以上経つけど、そんな声初めて聞いたよ。ミカちゃん「わ」って発音出来たんだね。

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