第11話 決着

 怪物が放つ真空波に当たれば身体が砕け散るのは3人とも理解していた。すなわち、勝負は一瞬でつく。他にどのようなスペルを使えても、それは同じ。致命傷になるのはわかっていた。


 最初に走り出したのはベイクだった。一直線に怪物に向かって走る。手には何も持たず走る。ガジは、またあの作戦だと理解した。今度は難しい。かなり。ベイクは恐らく至近距離でスペル・ブレイクをとり行って隙を作る気だろう。そうなると、その負担を軽減するのはレオの術攻撃だ。ガジはレオを見た。レオは理解していた。既に詠唱に入っていた。


 怪物の右の空中で火の粉が上がりそうになる。奴は察知し、右手を上げて真空でかき消した。弾ける音と焦げ臭い匂い。


 左手はすでに真空波を放っていた。ベイクが走るのと同じくらいの速さで彼に迫った真空波を、ベイクは予期していたとばかりにしゃがんで避けて、踏み出した足を軸にして、足払いを掛けようとした。しかし、怪物の左手は下に向いていて、ベイクに2発目の真空波を放っていた。ベイクは地面を転がってそれを避けて、背後に回った。


 怪物は反転し、両手を上と下に向けて真空波を放つ。ベイクが地面に居るか、空中に居るか、確認してからでは遅いからだ。

 彼はどちらにも居なかった。次の次を読んで、背後にはもう居なかった。

 一瞬見失ったその時、ガジの大剣が背後から、怪物の肩から胸にかけて払い落とされ、骨と皮に近い肉体が鈍い音を立てて裂けた。


 ガジは既に足元で行動を起こしているベイクが視界に入ったので止まった。ベイクは左足を両腕で抱え込み、でんぐり返しを斜めからする様に怪物の足を膝下から、チキンのように引きちぎった。

 そして、バランスを崩した怪物の首を、ガジは力一杯、真一文字に叩き切った。


 怪物の首はまるで競技の球のように勢いよく転がって行った。


 「どおする。死なんのだろう?封印できるのか」


 ガジはベイクの方を急いで向いて言った。息が切れていて、焦っている。


 「燃やしきれますかね」


 レオもベイクを仰ぐ。


 「うむ」


 ベイクはゆっくり顎をかきながら怪物の首の方へ歩いていく。ベイクが首を覗き込むと、怪物の首は、傷口から一滴も血を流さずにニタニタ笑っていた。


 「どうした。私はどんなに細切れにされても、炭にされても、私だった物が存在する限り再生するぞ。貴様らに封印する術はあるのかな。ははは」


「うむ。封印はできんな」


 ベイクは真顔で答えた。


 「私はな、かつてナーランドの当主だった人間だ。私が如何様に国を守ろうとしたか、誰も理解を示す者などいなかった。それどころか、私は不意打ちに遭い永遠に封印されてしまった。私は許さぬ」


「国を守るために魔道を?」


「そうだ。こんな小さな国ではな」


「悪魔の秘術に手を出したのか?」


 と、ベイク。


 「悪。なんとでも言え!」


「御加護を」


 そう言うとベイクの身体が白く輝き出した。


 「げっ。嘘だろう!そんな馬鹿な!貴様の様な奴が!」


 かつてのナーランド公は首だけなのにブルブル震わせながら喚き立てた。


 「いやだ!いやだ!」


「なんと...」


 ガジは首のたもとでしゃがみ込むベイクの輝く背中を見ながら、全ての緊張が解けて、ただ唖然とするしかなかった。


 「神聖術。そうか、貴方様は王宮の、新聖騎士、ホーリーナイトだったのですね」レオは呟いた。白い輝きは増していく。


 「ベイク。そうか、ギュスタヴ・ベキャベリ。あんたの本名か?」


 ガジは訊いた。


 「そうだ。悪しき魂よ。時の回廊に戻りて、人としての摂理を受け入れよ」


 怪物の首が瞬き、何十年かの時が今、彼にのし掛かった。神の力により、魔道から引き戻されて、不死ではなくなった。首も胴体も、白い炎に焼かれて、煙もなく消え去ってゆく。


 「教皇と対峙して暗殺されたと言われている新聖騎士団長ギュスタヴ・べキャベリ。かつての王宮No.3だった。今の王の戴冠式で王の傍で尺を持っていた白装束の青年。俺はあんたを見ている」


 ガジは膝をついて、その先程とは打って変わって神々しく感じる青年を見た。なんと言う事だ。生きている内に神聖術を見るとは。


 「帰ろう。これを使うと眠くなるんだ」


 ベイクはふらふらしながら、来た道を歩き出した。



 ベイクも引き揚げられた3人の弔いに参加した。洞窟に、封印されていた物についてはナーランドや市民に語られる事は無かった。知らない方が良い事もあろう。洞穴は塞がれる事になったが、中にはもう何も無い。そしてベイクの素性も皆の知る所になかった。


 市街の外、農村地帯を囲む柵の出入り口。ガジは1人でベイクを見送る事にした。衛兵を引き連れて来ても良かったが、そうしたかったのだ。


 「もう少し居れば良いのに。街の西には温泉が湧き出ていてな」


 ガジは言った。


 「いや、もう久しぶりに寝たし、食べた。また放浪するよ」


 ベイクは真新しい服に身を包んでいた。バックパックにはパンパンにパンや腸詰、果物が入っている。ガジの奥さんがくれたのだ。


 「ありがとう」


 ベイクがそう言うのでガジは戸惑った。


 「いや、それはこちらだ。国を挙げて感謝出来ないのが申し訳ない。家族が居なかったら弟子にして欲しいものだよ。あんたみたいな豪の物にはもう出会えないだろうな」


「今まで腐っていないつもりだったが、腐っていた。何もする気が無かった。したい事も無いし、人のために動いたり、自分の為にさえ生きていなかった。運命を呪っていたからな。これからは人助けをしていくとは言わないが、何かをして生きる、する事を探す為に、彷徨ってみるよ」


ガジは少し涙ぐんでしまったので、早く切り上げたかった。


 「良い旅を。また立ち寄ってくれよ」


「ああ。ありがとう」


 ギュスタヴ・ベキャベリはまた歩き出した。

 空には入道雲が偉そうに鎮座していたが、近寄ると湿った空気でしかなかった。空も真っ青だか、層がそう見せるだけなのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

呪いの剣 〜ギュスタヴ・サーガ〜 山野陽平 @youhei5962

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ