第10話 魔界
目的の場所が近づいているのが感じられた。
泥塗りだった地面と壁はいつしか石造りでびっしりと敷き詰められており、まるで修道院の回廊のごとく、天井が丸くなっている。もはや窓が無いのが不思議に感じられた。
途中、またもや落とし穴や、杭の立った天井が落ちる罠、迷路に思わせる通路等、3人を阻みそうな仕掛けがあったが、尽くベイクが未然に察知した。これ程までに集中して、事に当たるのは何年ぶりだろう。退役して以来かも知れなかった。
もはやベイクはブーツを投げ捨てており、布の服に裸足で、先頭を歩いていた。その後にレオが続いたが、食料を消費したため、バックパックは萎んでいた。ガジはというと、後方で自分もスペル・ブレイクを試みながら後方を気にはしているが、あまりうまくいかない。訳1日暗がりの洞窟に居るために感覚が麻痺しているのかも知れない。
丸天井の回廊は、徐々に床が均一でつるつるした床に変わっていき、アーチを抜けると、広い空間に出た。床には赤い絨毯が敷き詰められており、ドームになった高い天井には、天使、数えきれない程の純白の翼を持った美しい男、美しい女の顔をした天使が渦となってドームの頂点を目掛けて羽ばたいている壁画が描かれていた。
なぜ、それが分かるかと言うと、アーチの向こうは明るく、この空間には壁に2メートル幅で明かりが灯されているのだった。そしてその火は蝋燭に青白い炎を灯しており、その壁は真っ黒、に見える、人が書いたとは思えない細かい文字がまた2メートルの高さ、360度びっしりと書かれているのだ。そこから壁画が始まっている。
3人はそこが、奥に通路が無いことを確認しなくても聖域である事を理解した。王の玉座程もある広い空間、真っ赤な床の中心に3段迫り上がって、昨日まで引きずってきた棺を置くのにちょうど良い祭壇の様なものがあった。それはくすんだ金色だったが、もちろんその上には何も無い。
3人は息を飲んだが、何もないこの聖域で、一体何をすれば良いのだろうと訝しんだ。そして、あの棺の中身は何処へ行ってしまったのだろう。魔道に走ったナーランド家の人間、封印された何十年前の悪魔は蘇ったのか、はたまた誰が別の人間がここに入り込んで、何か企んでいるのか。
「どうする?」
「いないな」
「どこ行ったんだ」
「居るさ」
後方で身の毛もよだつしわがれ声がした。
ガジは一粒の汗が毛穴から吹き出る前に大剣を手に振り向いたが、鞘から抜き切る前には、レオのスペルが発動していた。
次の瞬間、パンという大きな破裂音がドームを響き渡り、ガジとレオは鼓膜が破れるかと思った。
それの傍の空間には煙が立ち、焦げ臭い匂いがしていたが、それは薄ら笑いを浮かべるだけで何ともなっていなかった。手をかざしたレオが唖然として硬直していた。
「燃える空気を消した」
「真空波だ。気を付けろ。よく見ろ。よく見れば空間の向こうが歪んで見える。水みたいにな。落ち着け。離れろ」
ベイクは早口で指示した。
それは一糸まとわない姿の痩せた人型の生物だったが、肌は人のそれではなく、青白い血管の様な色をしていた。鷲鼻で頬がこけており、目は窪んで奥に落ち込んでおり、黒目と白目の境目が分からないほどに濁っていた。唇が無く歯が剥き出しになっている。肋骨が出っ張っているが奇妙にもガスが溜まっているのか腹が異常に膨らんでいる。陰部は腐ったのか何も無く黒ずんでいるだけで、身体中の体毛がなかった。
「俺のメッセージが伝わった様だな。棺桶を戻しに人間が来るっていうのは名案じゃないかね。歴史に葬られて無くてよかった」
その人だった者はしわがれ声でも流暢に喋った。まるで会話に飢えていたかの様だ。
「貴様が棺桶を放り投げたのか?ベッドが無くなってさぞ困ったろうに」
ガジが言った。
「たらふく寝たからな。いや、寝さされたと言う方が正しいか。もういいだろう。食わしてくれ。腹が減ったからな」
怪物が一歩踏み出した。
「教えろよ」
ベイクが言った。
「どうやって棺から出た?」
「かかか」
乾いた笑い。
「簡単さ。大事に育てる事だよ。自分の子供の様にな。何年も何年も、繁殖させて食べさせてな。身体は動かんし、術は結界で封じられていたでな。子供達に、食べさせる身体が無くなるかの勝負だったな」
「何を...」
ガジには意味がわからず、大剣を握った手に汗を感じた。
「防腐処理にミスったか」
ベイクが呟いた。
「なかなか頭が良くて会話が楽しいぞ。そうだ、意識の中で俺は身体が腐るのを感じた。そう、身体を分解するバクテリアが密閉された棺の中に居るのをある時感じたのさ。後はつまりそこにガスが発生する。いくら強力な封印の秘術を持ってしても、限界があり、それより上のガス圧が掛かれば棺が開いた。10000トンの蓋の固さの棺でも上回るカロリーがあれば良いからな。殆ど身体は無くなっていた。今やっと人型になったところさ」
「意味がわからん」
ガジは歯軋りをした。
「自分の腐るガス圧で棺を開けたんだ」
「そんな」
「貴様ら、ここは聖域だ。有利だろう。私は術が使えん」
「うそを...。さっき真空波を」
レオが言った。
「俺の記憶が確かなら結界は赤い炎で囲む。ここの壁の炎は青。逆結界だな」
ベイクが訊いた。
「そおだ。それを知って侵入してくるとは。ここは私の領域。魔道を抜けた魔界だ。手練れの者よ。魔を味わいながら死ね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます