第9話 休息

 「何だっけかな」


 ベイクは干し肉を頬張りながら、あぐらをかいて言った。まだ裸足で、この先もブーツを履く気はない様だった。ガジは彼の真っ黒な脚を見ながら葡萄酒を飲んでいたが、所々擦りむけていて食欲が無くなりそうなので目をランタンに向けた。術兵のレオは食欲がないのかバックパックを枕にして、片足を組んで天井を見つめていた。

 一行が休んでいるのは嫌に長い螺旋階段を降りたすぐ側の、何故か落ち着く壁の側。しかしここが安全だという保証はどこにも無い。向こうにはずーっと長くて暗い回廊が続いていて、何かが自分達を待っているかの様に、魂を欲しているかの様に静かに待っている気がした。


 「呪いだよ。呪い。なんか軽々しく言っちまったが」


 ガジは急きたてた。


 「あー、ああ。そうだな、先ず、あんたらは錬金術のゆうところの、アレルギーという物を知っているか?」


 ベイクは講釈でもしようかという口調で言った。


 「わからん。錬金術は苦手で、アカデミーでもちんぷんかんぷん過ぎて、教官がこっそりパスしてくれたよ」


 ガジの発言に、レオは少しガッカリしてしまった。


 「体の抗体の、物質に対しての反応ですよね?」


 レオもやはり苦手だった。彼はアカデミーでもそれ程成績が良かったわけでもなく、術が使えるというだけで自分の進路を決めた。まあ、こんな田舎では術が使えれば大体領団の術兵には採用される。


 「では、金属アレルギーというのを知っているか?」


 もはやベイクはガジに話してはいないかの様に、レオの方を向いていた。


 「知ってますよ。同僚に居ますよ。酷くて、下着を着て楔帷子を着ても、その模様にくっきりただれて、上半身が真っ赤になる奴が居ますもん。まさか、ベイクさん、金属アレルギーで剣が使え無いんですか?」


「じゃがましい。続きがあるんだ。軽度のそれとは、若い頃から知っていた」


「若い頃って、今いくつだ?」


 もはやガジはわからない話にチャチャを入れるしかなかった。


 「34だ」


「なに、俺より10も下か!」


「五月蝿い!あー、それでだな。世の中には色んな術を研究して編み出す奴が居るんだ。空気を燃やしたり、水を凍らしたりするのに飽きてな。惚れ薬を作って感情をコントロールしたり、まあ、、錬金術とミックスしたりするんだ。俺の命を狙った奴もやはり魔道に行きかけたやつだった。王宮を出入りしていたからかなりの使い手だったらしいが」


 2人はしんとして、話を聞いていた。王宮という単語が出てはガジもチャチャを入れられない。あんた何してたんだ?と訊きたい様な、気を使いたくないので訊きたくない様な。


 「そいつは直接殺したりせずに、俺に術をかけた。それが周りくどいので俺もスペル・ブレーク出来なかったんだよ。つまり、体内の抗体反応を異常なまでに促進させるという、一見何の効果があるのかわからん術を俺にかけた。俺が整体を受けている時、衝立の向こうに隠れて居て、何かしているのは分かっていた。おかしな事になれば即座に斬り殺してやろうと思ったが、何をされたのかわからないので断罪出来ない。報復も出来なかった」


「つまり、金属アレルギーを増長させられたと?」


 レオは訊いた。


 「そうだ。今の装備に金属が無くて良かった。俺の体は金属の成分が体にイオン化して入ると、とんでもないくらいに排除しようとして、蜂に二度刺された人の発作の様に、泡を吹いて心臓麻痺を起こす。4回試して、4回死にかけた」


ガジは真剣に聞きながら、ランタンにオイルを足した。レオも座り直していた。


 「廃業さ。色んな金属を試したし、探し回った。部下達もみんな最初は心配してくれたが、最後に戦場でぶっ倒れて、気づいたら王宮の救護室だ。4回もそんな離脱をして、負けちまってた。夜中に何も持たずに王宮を出た。あの日、大通りをどうしようかと歩いて、街の正大門に向かったのを今でも覚えている。噴水の音や、路地で寝る婆さんのイビキ、すれ違う野良犬にさえ、負い目があった」


 「そんな、そいつを探し出して...」


 レオは目頭が熱くなっていた。

 「復讐するか?殺したって、剣を持ったって、時間が戻る訳じゃない。自分が何をしたかったか考えてるさ。だから今ここに居る」


「ベイクさん...」


「殺したくなったら探すさ。剣を取らなければならない日が来たら」


ごごご


 ベイクはガジをぶっ叩いてやろうかと思ったが、部下を亡くしているので寝さしてやる事にした。

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