第8話 ブラインドライオン

 「この水が邪魔だな」


 ベイクは小さく呟いた。人が何とか通れるぬかるんだ、地下水の浸食でできた穴を、目をつむって、裸足で歩いているベイクを、ガジとレオは後ろから見つめながら続いた。ランタンは2つ、ベイクとしんがりのガジが持つ。3人は手分けして死んだ仲間たちの荷物、食料や工具などを持てるだけバックパックに詰めた。


 この穴の先に出口があるなんて保証は無かった。行き止まりかも知れない。急に土砂が崩れてきて生き埋めになるかも知れないし、また足元の地面が消し飛んで、地下水脈に投げ出されるかも知れなかった。

 それでもベイクには2人を信じさせる何かがある。彼は確信的で、それでいて無鉄砲だ。無機質な人間だが、自分達の仲間の死に怒る彼は温かい、熱い物に満ちていて、まるでそれを押し隠しているかの様に感ぜられた。だからついて行くのだ。


 「風が」

 

 ベイクは目を閉じたまま言った。


 「何処かに繋がっているな。水脈ではない。水の音もしないし、温度が低くなってきていない。少しづつ...少しづつ、壁と地面が硬くなってきている。わかるか?」


「わからん」


 ガジは申し訳なさそうに言った。


 「これは、このすえたカビの匂いは...どうやらまた洞穴に帰ってきた様だ」


目の前の狭い所を潜り抜けた瞬間、レオとガジはぬかるんだ地面から解放された足がスーッと楽になり、洞穴に戻ったのが分かった。だがしかし、先に出たベイクが居ない。ガジがランタンを振り回して探すと、ベイクが曲がり角の手前で人差し指を口に当てて、平手を下に振る合図をしていた。ベイクがすでにランタンを消していたので、ガジは急いでランタンを消し、ベイクの背後にしゃがみ込んだ。


 暗闇。真っ暗な暗闇から、何かの息の声が聞こえた。そうだ、寝息だ。


 「ライオンが寝てる」


 ベイクはひそひそ声の半分くらいの大きさで呟いた。


 「目が無いライオンだ」


ガジは流石に怯んだ。広野でライオンに出会すならまだしも、狭い洞穴でしかも真っ暗闇で猛獣と対峙するとは。


 「逃げるか?」


 ガジは訊いた。暗すぎてベイクがどちらに居るかもわからなかった。


 「またあの作戦だ。お前ら1人ずつなんだから抜かるなよ」


 暗闇だったがベイクがすっと立ち上がったのが分かった。そしてランタンを付けて曲がり角の地面の真ん中に置いた。それから、すたすたと曲がり角を曲がり、ガジとレオが見えない所まで歩いて行った。

 一瞬2人は呆気にとられたが、急いで立ち上がり、ガジは大剣を背から抜き、レオは術詠唱に入った。


 あの作戦。次の瞬間けたたましいネコ科の遠吠えが洞穴中を、びりびりと振動させた。ガジとレオは完全に怯んだ。

 しかし次の瞬間、その獣が、まるで情けない高い声でいなないたと思うと、何かを吐き捨てる音と共に、ガジ達の足元に毛が付いた何かペラペラした物が飛んできた。

 すでに付けていたランタンで、ガジが見やると、それはどうやらライオンらしき物の、耳だった。あいつ...噛みちぎったのか。


 「兵長!」


 レオが叫ぶと、顔を上げて、焦点も合ってないままに、ガジは前方に飛び出していた。空中で目にしたのは、曲がり角の向こうから帰って来たベイクだったが、またも獣にのしかかられている。今回はライオン、ベイクの言う通り目の無いライオンだったが、全身がオスライオンの立て髪の毛質になっていて、毛むくじゃらだった。


 レオの術がライオンの顔に着火した瞬間、ガジはそのまま動かないでくれと願った。ベイクが真下に居るのでガジは右上から左下へ、勢いよく大剣を振り下ろし、肋骨を切り裂いた。そして着地して、怪物が仰反る間も与えず後ろ足の根本を切り裂いて、前足の根本に剣を突き刺した。獣は顔を焼きながら悶えてベイクから退き、全身で地面をバンバン叩いた。

 生命力が強く、事切れるまで、ガジは22回もトドメを刺さなければならなかった。


 「あんた!馬鹿か。獣の耳にかじり付くなんて!」


 ガジは強い剣幕で言った。無鉄砲すぎる。


 「ははは」


 ベイクは膝に手を当てて立ち上がろうとしていた。


 「太腿を裂かれた。大した傷では無いが」

「見せてください」


 レオは消毒し始めた。


 「あんたのやり口は耐えられん!」


「噛みちぎったのはわざとさ。お前らがビビるのは分かっていたからな。演出さ」


「ベイク。あんたも刀を持ってくれ。いつかこの作戦はあんたまで真っ二つにしちまいそうだ」


「はは。それはできん。理由は晩飯の時に教えてやるよ」


ベイクはまた太腿に布を巻き始めていた。

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