苦しみ

白川津 中々

 死にたいと思った。

 道を歩いている途中、ふと思ったのだ。生きていても苦痛しかないぞと、どこからか飛んできた陰鬱が俺に呟いているに違いなかった。


 そりゃ死んだら楽でしょうけど、死ぬのは苦しいでしょう。


 けれども君、死なないと苦しいぞ?


 そんな頓珍漢な問答をしていると、確かに死んだ方がいいように思えてくる。しかし、死ぬのは苦しいのだ。一度首を吊って死に損ねたことがあるのだがあれは実に苦しく、できれば二度と経験したくない苦しさであった。そもそも人間とは苦しみを回避するようにできているのだ。それを自ら進んで苦しんでいくなどと、正気の沙汰ではない。


 正気。

 その言葉を思い浮かべた俺は、自身がすでに狂っていることを自覚した。

 だってそうじゃないか。俺の頭の中に何かが入ってきて、そいつが生きるのは苦しいぞと語りかけてくるだなんておかしいだろう。これを狂気といわずなんというのか。そうか。俺はとうとう狂ったのだ。狂えたのだ。狂ったのであれば苦痛も苦ではないだろう。思う存分苦しみに苦しむ事ができる。そうだ。苦しめばいいのだ。苦しんで死ぬだ。苦しい人生に終止符を打つために苦しんで死ぬのだ。苦しむために苦しめばいいのだ。苦しみの中にある苦しみをかみしめ俺は苦しみながら苦しむのだ。そうだ。苦だ。苦だ。苦しみだ。苦苦苦苦苦苦。苦苦苦苦苦苦。


「さぁ死ぬぞ! 苦しんで死ぬぞ! 苦しみから苦しみへ! 苦しみよこんにちは! さようなら苦しみ!」


 走る。息が苦しい。肺が痛い。肩が痛い。足が痛い。苦しい。苦しい。このまま死にたい。いや、これが死か。死の苦しみか。そうか俺は死ぬのだ。生の苦しみから死の苦しみへ飛ぶのだ。苦苦苦苦苦苦。苦苦苦苦苦苦。


 疲れて休む。苦しみが消えていく。


 あ、苦しくない。


 俺は笑った。苦しみの解消が自然と笑顔となった。

 おかしな話だ。苦しみ求めていたのでなぜ笑うのだ。これでは死ねぬ、苦しめぬ。


「死なないと。苦しまないと」


 俺は再び走り出し道路に飛び出した。おあつらえ向きに車。あ、轢かれた。あ、イタイイタイ。クルシイ。クルシイ。あ、これが死か。苦しみか、そうかそうか。クルシイ。苦しい。苦苦苦苦苦苦。苦苦苦苦苦苦。

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