電話


 電話が鳴った。彼は吸っていたタバコを揉み消してから、アイスコーヒーを一口飲んで、リビングに急いだ。こんな夜遅くに電話をしてくるくらいだから、田中からの電話だと彼は思った。田中はだいたいこの時間は飲んでいること多く、決まって今狙っている女のことを話すのだ。

「なんだこんな時間に」と彼は言った。毎回このセリフを言わないと気が済まないのだ。それから「もしもし」と改めた。

「どなたですか」と女がたずねた。

「さあ、あなたこそ誰ですか」と彼は緊張気味にそう言った。「番号は合ってますか」

「ちょっと待ってください」と女が言った。五秒ほど経った後に彼の携帯番号を言った。

「合ってますね」と彼は言った。その後、彼はキッチンで消したタバコの煙を一瞥した。

「どうして私の番号を知っているのですか」と彼は言った。

「ごめんなさい。分からないんです。仕事終わりにこの番号のメモが置いてあって」

「誰が書いたのですか?、というかイタズラではないのですか」

「さあ分かりません。私も最初はそう思ったのですが、電話しないのも不安に思いましたので」

「そうですか。だとしても私の番号がそこかしらにあるのは不安ですね。そのメモは捨てておいてもらえますか」と彼は言ったが、女の返事はなかった。「もしもし、聞こえてますか?」

「もしもし、聞こえてます」

「では、このメモは捨てておいてください。これでいいですね。もう夜も遅いし、私も暇ではない」彼は警戒を込めた棘がある言い方でそう言った。ただ変なことに巻き込まれたくなかった。彼は残ったアイスコーヒーを飲んだ。

「すみません、いきなり見ず知らずの人から電話がかかってきたものですから。夜も遅いし、それに私としては勝手に番号が知れ渡っているのが不安なだけです」と彼は言った。

「私だってそれはわかりません」と女は言った。「だれかのイタズラかもしれないし、デスクに置いてあったものですから」

「分かりました」と彼は言ってから、キッチンに向かった。「ただそのメモを捨てて頂いたら、それでいいんです」

「あなたって面白い方なんですね」と女は言った。

「は?、私がですか」と彼は少し動揺気味にそう言った。彼は急に自分の声がこの小さいで部屋で響いていることに気づいた。

「本当にそう思います」と彼女は言った。「そういうのはわかるの」

 彼は携帯を反対側の耳に移した。

「宜しければお名前を頂けますか?」

「・・・・結城と言いますが」と彼は言った。

「お名前のほうも教えて頂ければば幸いです」と彼女は言った。

「亮介です」

「結城亮介。素晴らしいお名前ですね」

「申し訳ないですが、もう切らしてもらってもいいですか」と彼は言った。

「待って、おねがい。私は佐藤美奈です」

「佐藤さんですね、よろしく。ただもう切らないと、他の人から電話がかかってくる予定なんです」

「すみません。突然お電話してしまって」と彼女は言った。

「構いません」と彼は言った。「ただ少しばかり驚いた」

「すごく優しい人なんですね」と彼女は言ってから、数秒間黙っていた。

「結城さん、あなたとはゆっくりとお話してみたいです」

「それは、どうですかね」と彼は言った。

「少しだけでいいんです。なぜ私のデスクにメモが置いてあったのかが気になるんです。それに私は全てをあなたに伝えたわけではないの」と彼女は言った。

「どういうことですか?」と彼は声に張りを付けて言った。「もしもし?」

 電話はすでに切れていた。

 歯磨きをしてから寝支度をしていると、田中から電話がかかってきた。毎度のごとく田中は酔っていて、何を言っているのかあまり聞き取れなかった。彼はさきほどの電話のことをあえて触れなかった。

 朝目が覚めてから、顔を洗っていると電話が鳴った。

「もしもし、結城さん、昨日の電話はすみません。やっぱりあなたと私は会ったほうがいいと思います」


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ロスト・シティー Sargent @Sargent

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