僕はイノキチ≡3≡3≡3
僕の名前は、イノキチ。
正確には『イノキチ二世』
このイノキチって名前は、父さんから譲り受けたものなんだよ。
どうして?って?
それはね、僕達一家と山に住む人間の一家との関わりがあって……それでねぇ。
そうだ、ちょっと今からその話をするね。
聞いてくれる?
≡3≡3≡3≡3≡3≡3
僕達一家は、ある山に住んでる。
あ、今は僕は独立して、これでも新しく一家を構えてるんだけどね。
その前は父さんと母さん、それから弟と4匹で住んでいたんだ。
山の食糧事情も、なかなかに厳しくてさ。
ある日、僕達家族は食糧確保の為に山を降りて少し中腹まで遠征に出掛けたんだよ。
そこには人間の家族が住んでいた。
お父さん、お母さんとその娘。
そこのお母さんが家庭菜園を作っていて、そりゃもう、美味しそうな、サツマイモ、ピーマン、ナス、きゅうり、ニンジンなんかがあってさ!
大体、僕らイノシシは雑食でね、大抵のものは食べるんだ。
ドングリや栗の実、キノコ、柔らかい植物の新芽や根なんかを、いつもは食べてる。
タケノコ、ワラビも掘って食べる。
ヘビやミミズなんかもね。
でも、季節的になかなか見つからなかったり、見つかっても少ししかなくて足りなかったり、そんな時には山を降りるわけ。
人里は気をつけないと危ない。
人間にとってもだろうけど、僕たちにとってもね。僕らは元々は警戒心が強く臆病だ。
ただ、
これはお互いにとって悲劇だ。
山に住む僕らと人間には、ある程度の距離感が必要なんだよね。
でも人間の開発や、それで食料が減った事で、僕らは山を降りてくることが多くなってきてしまった。
それでトラブルが起こる。
この一家は、その点、少し違っていた。
ここの
その時に家の中から、ちょうど外を見ていた
「わあ、イノシシだ」って呟くのが聞こえたんだって。
相手は家の中だし距離もあったので、父さんは少し立ち止まったけど、そのまま走り去った。
そしたら後ろで
「ほらほら、イノキチが来てる」
という声が聞こえた。
どうも、『イノキチ』っていうのは自分に付けられた名前らしいってわかった。
それから、父さんは『イノキチ』を名乗るようになった。
父さん曰く
「あの人間がワシに敬意を示して呼んだのだ。 これはなかなかあることでは無い。 これからはこの『イノキチ』という名前は代々の雄イノシシで継いでいくこととしよう。フムッ!」
鼻息荒く宣言したのだった。
*
僕らは、この家庭菜園で、かなり美味しいものを食べることができた。
ただ、
まぁ、人間からすれば、そんなもんなのかもね。
それでも、ここの家の人達と僕らが酷い衝突をせずに済んだのは、お互いにある程度の距離を置くことを守っていたからだと思う。
父さんも、あの高い頑丈な柵が菜園に取り付けられてからは、近寄らないようにと母さんや僕らにも厳しく言い渡した。
アレをされたら、どうしようも無いし、父さんなりの『イノキチ』の名をくれた人への敬意もあったのかもしれない。
*
──それから
僕も弟も大きくなって、そして、それぞれに一人立ちしていった。
『イノキチ』の名前は僕が継ぐことになった。
イノキチ二世!僕は誇らしい気持ちで、名乗りをあげたものさ!
今は僕も連れ合いを見つけて一家を構えてる。
そして、そんなある日に、僕は久しぶりに連れ合いと山を降りた。
そういえば、あの一家どうしたかな?
あそこの近くには大きなドングリ(カシ)の木があったなぁ。
なんとなく懐かしくなって、ドングリ(カシ)の木の所まで行ってみるとドングリが沢山落ちていて、僕らは夢中で食べていた。
すると、遠くで、囁くような声で
「もしかして……イノキチ?」
って声がしたんだ。
僕は一瞬固まった。
人間が、この名前を呼んでいる。
連れ合いはビクンとして、同じく固まっている。
見ると、遠くの木の影に人間がいるのが見えた。
いや、どうも少し違うみたい。
ああ、娘の方だ。
たまに見かけていたっけ。
僕は連れ合いに声を掛けてから、山へ向かう林の中に駆け込んだ。
娘はじっと立ったままで、僕らを見送っていた。
林に駆け込む前に、一度だけ止まって見てみると、娘は微かに笑ったようだった。
*
人の世界と獣の世界、境界線は必要だけど、こんな束の間のすれ違いも、たまにはいいな。お互いの領分を守りながら侵さずに。
*
僕はイノキチ。イノキチ二世だ。
僕は、この名前が結構気に入っている、
今度産まれてくるウリ坊にも、この名前を譲れたらいいなと思ったりしてる。
≡3≡3≡3≡3≡3≡3
(了)
僕はイノキチ≡3≡3≡3 つきの @K-Tukino
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