垂直式オフサイド・デス

ちびまるフォイ

地面に寝転がるアンカーポイント

私達は高層ビルの屋上に取り残される形となった。


「そろそろ、備蓄していた食料も尽きそうだな……」


「高度を下げるなんて嫌よ!?

 もしも、この屋上の高度に私達より多い人間がいたらどうするの!?

 一歩でも下に下がったら死んじゃうのよ!?」


「でも、このままビルの屋上でずっと過ごすわけにもいかないだろう」


「私はこの高度から下がらない!」


「移動するなら全員で移動したほうがいいんだよ!

 人数が多いほうの高度が優先されるんだから!」


「私達の知らないところでもっとたくさんの人がいたら、

 みんないっぺんに死んじゃうじゃない!!」


私達が高層ビルの屋上へと追いやられた理由。

それは、人を即死させる謎の現象。


仮に、10人いるうち、9人が高層ビルの屋上。

1人が屋上より低い場所へ行ってしまうと、その人は死んでしまう。


逆に、9人が1Fに同時にいる場合には1Fは安全。

人数が多いほうが基準となる。もちろん、屋上も安全のまま。


つまり高い位置にいるほどに安全度は増す。


「……私からも良いでしょうか」


私はパニック一歩手前の全員に対して声をかけた。


「食料もそうですが、医薬品の回収にも行きたいのです。

 それに……これはごく個人的なことなんですが……」


「個人的なこと?」


「私は、ここより低い高度で死んでしまった娘を回収したいと思っています」


屋上で生き残っている全員が息を飲んだ。

いまや地上は高い場所に逃げ遅れた人の死体で埋め尽くされている。


「……行こうぜ。ここに残りたいやつは残ればいい」


「バカ! そんなことして人数を分断したらそれこそ……」


行動するなら10人でいっぺんに高度を下げたほうがいい。

人数が多い高度が基準となるのだから。


「高度を下げたとき、急にパニックになって逃げられたらそれこそ終わりだろ」


「私はここに残るから!! 死にたければ勝手に降りれば!?」


「食料分けてやらねぇからな」


私達はお互いの暴走を抑えるために手と手をつないだ。

誰かひとりが勝手に下がったり、上がったりしないように。


電源はまだ生きているのでエレベーターで高度を下げる。


階段だと1段ずつ同時に降りる必要があるため非常に危険だ。


「娘さんが亡くなった時、あんたは近くにいたのかい?」


「ええ、まだ現象をただしく把握する前でした……」


私は重い口を開いた。


「……とにかく、高い場所であれば安全であることは知ったので

 娘の手を引いて近くの百貨店の屋上へと向かいました。

 当時、エレベーターは逃げ惑う人でごった返していたので階段で……」


話していると情景が蘇ってくる。


「私が先に階段を登ったんです。それがよくなかった。

 私のいる高度が基準となってしまい、1段低い場所にいた娘はそのまま……。

 どうして抱きかかえていなかったのか。悔やんでも悔やみきれません」


「それは辛いな……」


「皮肉ですよね。医者である私が人の命を救えないなんて」


「それは……しょうがないだろ。医者だって一人の人間だ」


「なので、娘の遺体は自宅に返してやりたいと思うのです」


「協力するよ」


エレベータが地上に到着した。


ここまで誰も死ななかったことから、

現時点で死亡する高度はもっと低い位置にあるのだろう。

もしくは私達が今の基準になっているのか。


「よし行こうぜ」


おそるおそる前へと進み出す。

斜面は高度が下がるので特に危険だ。


「先に、医薬品がある病院に行ってもいいでしょうか。

 食料で動けなくなる前に回収しておきたいのです」


「ああ、いいぜ」


いい大人が両手をつなぎ合わせて移動する様子は

こんな状況でなければおかしな画になるだろう。


病院につくとストックされていた医薬品を回収する。


「食料も持ち帰ることですし、こちらで摂取しておきましょう」


私は未使用の注射を手にした。


「それは?」


「栄養剤です。備蓄食料ではどうしても栄養が偏りますから。

 それに、この先で食料がバランスよく回収できるかもわかりません」


「そうだな。先生、頼むよ」


全員にひとしきり注射したあとで時間を確認する。


「先生はこの場所の土地勘があるのか?」


「ええ、この近くに住んでいましたから。

 ショッピングモールの場所も知っています。行きましょう」


「待ってくれ。高度は下がらないんだよな?」


「……少し下がります」


「どうする? 行くか?」


「先生、他に食料が回収できそうな場所はないのか。

 今の高度と近い場所にあるコンビニとかでも……」


「コンビニのものは日持ちしません。

 それにモールのほうが他にも生活必需品を回収できる可能性があります。

 急ぎましょう。暗くなると先が見えなくなって高度差がわかりにくくなる」


私以外の人はお互いの顔色を伺った。


食料を集めるために高度を下げて地上にやってきたが、

できることならさっさとまた安全な高度まで上昇したいのが本音だろう。


それを抑えているのはお互いに繋がれた両手。


「いや、行こう。今冒した危険で、今後長く安全で居られるなら行く価値はある」


「ありがとうございます。急ぎましょう」


私は頭を下げた。

メンバーを先導して道なりを進んでいく。


横一列に広がりながら坂を少しづつ下っていく。


チキンレースのようなギリギリの恐怖を感じながらも足を一歩ずつ前へ。

しばらく歩くと、ついに目的地へと到着した。


「着きました。みなさん、本当にここまでありがとうございました」


「着いたって……どう見てもただの一軒家じゃないか。

 目的地はショッピングモールのはずだろ?」


「いいえ、ここが目的地です」


「どういうことだよ先生?」


ここまで協力してくれた全員に嘘をつくことは失礼だと感じ、私はすべてを話すことにした。


「ここは、私の家なんです。窪地で低い場所にあるので

 みなさんが協力してくれなければたどり着くことはできませんでした」


体に薬が回り始め、崩れるようにして道に倒れてゆく。


「なにを……」


「みなさんがここで動けなくなっていれば、

 少なくともこの高度までは安全。私は娘をこの場所まで連れてくることができます」


私は手をつないだまま人柱となった彼らに深く感謝し

静かに娘のもとへと向かった。

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