第六話 お嬢様とメイド長

「どうして一時間も遅れたのですか?」


 急いで食堂に向かうと、メイド長が仁王立ちしていた。

 やっば、こりゃかなり怒ってるな。

 形の良い眉が、ググッと釣り上がっている。

 角度からすると、怒り度80%ってとこかな……?

 ここ数ヶ月では一番だ。


「ははは……ゲームしてたら、つい」

「ゲームでございますか」

「そうそう。つい時間を忘れちゃって」


 たちまちため息を溢し、額に手を当てるメイド長。

 怒りを通り越して、半ば呆れてしまっているような感じだ。

 ううむ、このパターンできたか……。

 こうなると、怒られる時間は短いんだけど強烈なおしおきが来るんだよな。


「いいですか、お嬢様。あなたは聖桜院家の跡を継ぐのですよ。ですからその自覚を持って、皆の規範となるような生活を心がけなくてはなりません」

「……はい」

「それがゲームにかまけて時間を守れなくなるとはどういうことですか! これからは……そうですね、ゲームは一日一時間までとしましょう」

「えっ!? ちょっと待って、それは困るよ!」


 一日一時間って、大昔の教育ママじゃないんだから!

 そんなんじゃ、ボス戦ひとつこなせやしないよ!

 VRMMOは何かと時間がかかるんだから。


「何とか時間制限はしない方針で……やりすぎないようにちゃんと気をつけるからさ」

「いいえ、お嬢様は一度ハマると止まらなくなりますからダメです。前にもゲームにハマって引き篭もったことありましたよね?」

「あ、あの時は夏休みだったしセーフ!」

「セーフではありません!」


 まったく、昔のことを持ち出してきてからに……!

 今から三年ぐらい前、私はWorld Of Deathというゾンビハンティングゲームにハマった。

 あの時は、だいたい二週間ぐらい部屋に籠もっていたと思う。

 ゾンビ狩るのが気持ち良くて、ついつい一日十五時間ぐらいやっちゃったんだよね。

 最後には気絶して、いつのまにか違う部屋のベッドで寝せられてた覚えがある。

 確かにちょっとやりすぎちゃったけど、まー、今はそんなことしないし。

 うん、絶対にしない!


「大丈夫だよ。私だって高校生になったんだし、中学生とは違うよ」

「そうですか? 相変わらず野菜が苦手な子供舌で、授業もよくサボっていると聞きますが」

「それとこれとは関係ないでしょ! だいたい、授業の方はそもそも聞く必要がないからだし」


 こう見えて、私の成績はかなり良い。

 全国模試でも上から数えられるぐらいだ。

 通信教育や飛び級も認められるようになってきたこのご時世。

 学校に行く必要自体が、そもそもあんまりなかったりするんだよね。

 律儀に通っているだけでも褒めて欲しいぐらいだよ。


「またそんなことを言って……それだから友達ができないのですよ」

「で、できないんじゃない! 作らないだけ! とにかく時間制限には断固反対! 絶対に嫌だからね!」

「それなら実力行使させていただくまでです。奥様から預かった権限で、アカウントをロックするように手配いたします」

「ぐぬぬ……!」


 参ったなぁ、どうにか時間制限だけは免れたいんだけど。

 何かメイド長を言いくるめる方法はないかなぁ……?


「だったらさ。メイド長も一緒にNavi Onlieをやらない?」

「私がですか?」

「そうそう。ちょうどソフトが一本余ってるんだよね」


 確実に手に入れるために一千本分の権利を抑えたんだけど、そしたら二本も当選したんだよね。

 サブアカも取れないようになってたから、片方は泣く泣く死蔵していた。


「一緒にやれば、私がやり過ぎないように監視できるでしょ。それなら制限しなくても大丈夫じゃない?」

「……それも一理ありますね。わかりました、ではご一緒させていただきます」

「よし、時間制限回避!」

「やり過ぎたらログアウトさせますからね、お嬢様」


 容赦なく釘を刺してくるメイド長。

 けど、私は知っている。

 なんだかんだ言って、実はメイド長も結構なゲーム好きだってこと。

 自室のベッドの下に、ゲーム機とソフトを山ほど隠し持っていることを……!

 Navi Onlineを始めたら、きっと私以上にハマって時間制限のことなんか言わなくなるに違いない。


「じゃ、明日から一緒にやろう!」

「承知しました」

「足を引っ張ったら承知しないからね!」

「ご安心ください、腕には自信がございます」


 腕って、すっかりやる気になっちゃってるなぁ。

 思った以上の食いつきっぷりだ。

 もしかしてメイド長、Navi Onlneをやろうとしてやれなかった口なのかも。

 大人気ゲームだから、その可能性は結構ある。


「よし、目指せ世界一位!」


 ―――○●○―――


 麗奈が決意を新たにしていた頃。

 都内某所にあるウィザードソフトウェアの本社では、緊急MTGが行われていた。

 議題はもちろん、いきなり十億突っ込んできた謎のプレイヤーについてである。


「皆さんもご存じの通り、本日の14:20から15:30の間に約十億円分の初心者応援セットが購入されました。買ったのはID00018907、ユーザーネーム【シェリー】です」


 プロジェクターによって映し出された少女の顔。

 まだ幼さの残るそれを、その場にいた全員が食い入るように見つめた。

 とても整った顔立ちをしていたが、手を加えたような形跡は見受けられない。

 つまるところ、まだ未成年であろう少女がいきなり十億円を突っ込んできたということになる。


「ほんとに、このユーザーが十億も? 何かの間違いじゃないの?」

「いえ、システムは正常でした」

「課金処理はされた? お金ちゃんと振り込まれたの?」

「はい。カードで引き落とされてますね」

「良く落ちたな……」

「限度額のないカードのようですね。ユーロピアトレインのブラックですよ、ブラック!」


 興奮した様子で言う若手のスタッフ。

 ユーロピアトレインのブラックカードと言えば、世界でも百人ほどしか所有してないと言われる最高峰のカードである。

 一般人がかかわる機会などほぼないに等しい代物だった。


「それはいいけれど……なんで初心者応援セットを十億円分も? もしかして私たちへの寄付とか?」

「目的はゴールドでしょう。既に、初心者応援セットを売って得たゴールドでアイアンセットを買い揃えています」

「……マジかよ」


 あまりのことに、社会人らしからぬ言葉遣いをしてしまうスタッフ。

 ある意味でリアルマネートレードともいうべき事案だが、これほどの金額は聞いたことがなかった。


「それで、被害というか……影響の方はどうなの? 初心者がそんな高価な装備を買い揃えること、想定外だろう?」

「はい。小鬼王クエストが解禁されちゃいましたね」

「あー、そこ解放されちゃったか! 参ったな、あとひと月は持つはずだったんだけど」

「このままいくとバランスぶっ壊されるかもしれません。どうします? 回収しますか?」


 初心者セットを売って多額のゴールドを稼ぐというのは、明らかに想定外である。

 このような場合、運営側としては購入金額を返金してゴールドを回収するという処理が一般的だ。

 しかし、金額があまりにも大きい。

 スタッフたちの眉間にしわが寄る。


「ここはきちんと回収すべきです! RMTやチートに厳しく対応するのが、うちの運営方針だったじゃないですか!」

「だが十億だぞ! それだけの利益を手放すというのもな。それに、機嫌を損ねなければもっと課金してくれる可能性は高い!」

「ですが、放置していたら他のユーザーからのヘイトが溜まります! Naviは今後全世界へ展開していく超ビッグタイトルなんですよ! その看板に傷がついたら、十億どころの損失では済まない!」


 激しく意見を戦わせるスタッフたち。

 やがてそれを見ていた現場の最高責任者ことプロデューサーは、ポンと手を叩き――。


「よし、しばらく様子見しよう!」


 『Navi Onlineプロジェクト』担当プロデューサー、御城(ごじょう)聖(ひじり)。

 長い物には巻かれろがモットーのザ・中間管理職であった。

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お嬢様、VRMMOを兆課金で攻略する! 〜VRMMOに66兆6000億円課金しました〜 kimimaro @kimimaro

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